【青橙ノ余白 | Bar青燈ノ記憶#7】いつかは
外の電気をつけたら、今日も店が開く。
看板はない。
でも、この店はこれでいいと思っている。
Bar「青燈ノ記憶」。
佐世保の四ヵ町アーケードを抜けて、三回くらい角を曲がった先の路地。
説明するたびに遠くなる場所にある。
中は薄暗い。
というか、だいたい暗い。
たぶん明るくする気がない。
カウンターは4席。
ボックス席が2つ。
それだけ。
あとは、DAZNを見るためのiPadと、
壁に掛かったユニフォームが1枚。
照山選手の48。
今日は外からは雨のザーッという音が聞こえる。
天の川は雲の上に隠れている。
今日は開店してしばらく経っても、常連は来なかった。
珍しいなと思っていると、入口のドアが静かに開く。
「こんばんは。」
「いらっしゃいませ。」
いつもより少しだけ声が低い。
「今日はずいぶんとお疲れですね。」
「ああ。」
苦笑いする。
「部下がダブルブッキングしちゃってさ。」
「あら。」
「先方に謝りに行って、なんとか収めてきた。」
「大変でしたね。」
「まあ、責任者だからな。」
それだけ言うと、深く息を吐いた。
カエデは何も聞かず、氷をグラスへ落とす。
カラン。
静かな音が店に響いた。
「今日はハイボールで。濃いめでいいかな。」
「かしこまりました。」
少し多めにウイスキーを注ぎながら、カエデが思い出したように言う。
「そういえば、蛍さんの密着動画、ご覧になりました?」
「ああ、見た見た。」
「BMW、かっこよかったですね。」
「HOTARU EDITIONだろ。」
「買うとサイン入りユニフォームも付いてくるらしいですよ。」
「買えばいいじゃん。応援するんでしょ。」
「無理ですよ。」
「店に飾れるぞ。」
「うちのバーにはそんな予算ありません。」
「夢がないな。」
「現実的なんです。」
二人とも少しだけ笑う。
炭酸をゆっくり注ぐ。
シュワッという音が広がった。
「ヴィヴィくんの話も良かったですね。」
「ああ。」
「インスタは絶対にいいねするらしいですよ。」
「好きなんだな。」
「『あんなに愛されるマスコットはいない』って。」
「それは分かる。」
グラスを差し出す。
「どうぞ。」
常連は一口飲む。
その時、店の照明がチカチカと点滅した。
「あら、何かしら。」
「どこかで雷でも落ちたか?」
「まぁ、あんまり酷そうだったら早めに閉めましょうかね。」
「じゃあ、酒も早めに飲まないとな。」
常連がグイとハイボールを煽る。
「いつもよりも濃いめですから気をつけて下さいね。」
「さすがに、もう、酒で失敗する年じゃないよ。」
いつもより、濃い色の液体がグラスの中に残っている。
「そう言えば途中になっちゃいましたけど。」
カエデが続ける。
「蛍さん、ヨーグルト、大好きらしいですよ。」
「急に親近感あるよな。」
「納豆も朝昼晩食べる日があるとか。」
「健康だ。」
少し考えてからカエデが言う。
「うちのバーにもヨーグルト置いてみましょうか。」
「え?」
「……健康?」
「バーで健康って言われてもな。」
二人で少し笑う。
その笑いが静かに消える。
グラスの氷だけが音を立てる。
「でも。」
カエデがゆっくり言う。
「最後の話が、一番印象に残りました。」
「ああ。」
「ヴェルカが優勝した時の話です。」
『嬉しいより先に悔しかった。』
動画の中で、山口蛍選手はそう話していた。
「珍しいですよね。」
「何が?」
「ああいう本音を言うの。」
常連は少しだけ考えた。
「責任ある立場ってさ。」
グラスを見つめる。
「うまくいった時は、みんなのおかげ。失敗した時は、自分の責任。」
カエデは黙って聞いている。
「会社でも。サッカーでも。案外、同じなのかもしれないな。」
店の中が静かになる。
「だから、あの『悔しかった』って言葉が、すごく本音に聞こえたんでしょうね。」
「そうだな。」
少しだけ間が空く。
「……見たいですね。」
「ん?」
「優勝。」
常連は静かに笑う。
「いつかは。」
「ええ。」
その二文字だけで十分だった。
グラスの中身はまだ残っている。
でも今日はもういい気がした。
常連はまだ飲んでるし、それでいい気もする。
また明日、店が開くかは分からない。
たぶん開く。
でも保証はない。
ただ、電気がついていればそれでいい。
Bar「青燈ノ記憶」は、今日も閉店する。
◆あとがき
Bar「青燈ノ記憶」第7話でした。
本当は昨日、これを更新する予定でした。
今回は少しだけ、常連さんにも仕事帰りの顔を見せてもらいました。
店ではいつも軽口を叩いていますが、店の外では、それぞれの一日があります。
そんな一日が終わったあとに、サッカーの話をしながら少しだけ肩の力を抜ける場所が、このバーなのかもしれません。
また店の電気がついていたら、ふらっとお立ち寄りください。
……果たして店の照明は雷のせいだったのでしょうか。
最初の扉🚪
【青橙ノ余白 | Bar青燈ノ記憶#1】無意識
昨夜の話🕯️
【青橙ノ余白 | Bar青燈ノ記憶#6】新しい風
次の一杯🥃
【青橙ノ余白 | Bar青燈ノ記憶#8】きっかけ
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