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【青橙ノ余白 | Bar青燈ノ記憶#14】FCユトレヒト

    外の電気をつけたら、今日も店が開く。

    看板はない。
    でも、この店はこれでいいと思っている。

    Bar「青燈ノ記憶」。

    佐世保の四ヵ町アーケードを抜けて、三回くらい角を曲がった先の路地。
    説明するたびに遠くなる場所にある。

    中は薄暗い。
    というか、だいたい暗い。
    たぶん明るくする気がない。

    カウンターは4席。
    ボックス席が2つ。
    それだけ。

    あとは、DAZNを見るためのiPadと、
    壁に掛かったユニフォームが1枚。

    照山選手の48。

    今日は遠くの弓張岳で蝉が鳴いている。


    扉が開く。

    「こんばんは。」
    「いらっしゃいませ。」

    いつもの常連だった。

    カエデは氷をグラスへ落とす。

    カラン。

    「そういえば。」

    カエデがスマホを見ながら言う。

    「また練習試合がありましたね。」
    「ああ。ユトレヒトだろ。」

    常連は席へ腰を下ろす。

    「相手のページにハイライトが上がってたよな。」
    「はい。私も見ました。」

    グラスへウイスキーを注ぐ。

    「あと、いくつか現地で見た人のXの投稿も。」
    「俺も見たぞ。」

    常連が少し笑う。

    「サンタナが早速やりあってたな。」
    「あそこまでサンタナさんが怒るなんて、よほど何かあったんですかねぇ。」
    「俺は、いいと思ってたけどな。ストライカーだし。」
    「まぁ、そういう見方もありますね。」

    カエデは炭酸をゆっくり注ぐ。

    シュワッという音が店に広がる。

    「でも。」

    少しだけ考えてから続ける。

    「蛍さんとエドゥアルド選手が間に入ってましたよね。」
    「ああ。」
    「さすがだなと思いました。」

    常連はグラスを受け取りながら笑う。

    「エドゥアルドは興奮する時もあるけどな。」
    「ええ。」
    「こういう時は意外と冷静なんだな。」
    「そうですね。」

    カエデも少し笑う。

    「ただ、蛍さんは大変ですよね。」
    「何が?」
    「こういう時に治めないといけませんから。」

    常連は一口飲む。

    「まぁ、それがキャプテンの役割だからな。」
    「そうですよね。」

    それから、しばらく会話が途切れた。

    店の中には、氷がグラスに当たる音だけが響いている。

    カエデはスマホの画面をもう一度見る。

    「そういえば。」
    「ん?」
    「投稿で、蛍さんとサンタナさんが活躍してたって見ましたよ。」
    「ああ。」

    常連がうなずく。

    「特にサンタナは、PKも決めてるしな。」
    「ええ、上手でしたよね。」
    「ただ。」

    常連がグラスを置く。

    「負けちゃったけどな。」
    「あ。」

    カエデの手が止まる。

    「……そうなんですよね。」

    少しだけ俯く。

    「私、ちょっと不安になってしまって。」
    「今の時期は、いいんじゃないか?」
    「そうですか?」
    「ああ。」

    常連はあっさりと言う。

    「むしろキャンプで課題が出た方が、俺はいいと思ってるけどな。」
    「確かに……。」

    カエデは少し考える。

    「でも、負けるとやっぱり気になっちゃいますよ。」
    「去年だってそうだったじゃん。」
    「去年?」
    「キャンプの成績は良かったけど。」

    常連はグラスを揺らす。

    「シーズン始まったら、散々だっただろ。」
    「ああ……。」
    「結局、下平さんも解任されちゃったしな。」

    カエデは少しだけ表情を曇らせる。

    「そうでしたね。」

    少し間を置いてから、小さく笑う。

    「あれは残念でした。」
    「ああ。」
    「ただ、昇格できたのは、やっぱり高木さんのおかげですよね。」
    「まぁな。」

    常連は少しだけ考える。

    「あと、選手たちもみんな頑張ってたしな。」
    「そうですね。」
    「だから。」

    グラスをカウンターへ置く。

    「今のキャンプの成績なんて、そんなに当てにならんよ。」

    カエデは静かにうなずいた。

    「そうですね。」

    少しだけ安心したように、スマホの画面を閉じる。

    その時だった。

    「あ。」

    常連が何かを思い出したように言う。

    「そういえば、翁長はずっとCBなのか?」
    「え?」
    「ハイライトの最後の方、3バックの中央にいるように見えたけど。」

    カエデは少し驚いた顔をする。

    「私も気になっていたんですよ。」
    「やっぱり?」
    「はい。」

    グラスを磨きながら続ける。

    「大南選手と土肥選手を補強したので、てっきりWBに戻るのかと思っていたんですが。」
    「ああ。」

    常連は少し考える。

    「百年構想リーグのプレーを見たら、CBに置きたくなるのも分かるけどなぁ。」
    「そうなんですよね。」

    カエデも苦笑する。

    「運動量も豊富ですし。」
    「うん。」
    「もうそろそろ、WBでも見たいですよね。」
    「ああ。」

    常連はうなずく。

    「一応、MF登録だからな。」
    「そうですよね。」
    「いつかはWBに戻るかもしれんが。」
    「んー……。」

    カエデは少しだけ考える。

    「でも、この調子だと。」
    「うん。」
    「高木監督は、しばらくCBに置きそうですよね。」

    常連は少し笑った。

    「CB好きのマスターとしては、どうなの?」
    「え?」

    カエデが顔を上げる。

    「いや、それはもちろん。」

    少しだけ考える。

    「翁長選手がいてくれるのは、ありがたいですよ。」
    「だろ?」
    「でも……。」

    カエデは壁に掛かった48番を見た。

    「翁長選手のファンの人は、WBでプレーするところも見たいのかなと思います。」
    「ああ。」

    常連も少しだけ笑う。

    「好きな選手には、好きな場所でプレーしてほしいもんな。」
    「そうなんですよ。」

    カエデはグラスを磨きながら言う。

    「選手がチームのために頑張ってくれるのも嬉しいですけど。」

    少しだけ間を置く。

    「その選手が一番輝く場所でプレーしているところも、見たいですから。」

    常連は何も言わなかった。

    カエデも、それ以上は言わなかった。

    ただ、二人ともスマホの画面に映る、遠いオランダのピッチを思い浮かべていた。

    まだ、キャンプは途中だ。

    チームも。
    選手も。

    きっと、まだ途中。

    だから今は、勝ったとか負けたとか。
    CBなのかWBなのか。

    そんな答えを急がなくてもいいのかもしれない。


    グラスの中身はまだ残っている。
    でも今日はもういい気がした。

    また明日、店が開くかは分からない。
    
たぶん開く。

    でも保証はない。

    ただ、電気がついていればそれでいい。

    Bar「青燈ノ記憶」は、今日も閉店する。


    ◆あとがき

    Bar「青燈ノ記憶」第14話でした。

    今回は、FCユトレヒトとのトレーニングマッチのお話です。
    試合のハイライトや、現地で観戦された方の投稿を見ながら、あれこれ想像しているうちに、気付けばカエデと常連さんに話してもらっていました。

    サンタナ選手の熱さ。
    その場を収める山口蛍選手とエドゥアルド選手。

    そして、試合結果を見て少し不安になるカエデと、「キャンプの結果なんて、まだ分からない」と少し冷静な常連さん。
    このあたりは、筆者の感情を代弁してもらいました。

    勝てば嬉しい。
    負ければ不安になる。
    でも、キャンプはまだキャンプ。
    昨年も、キャンプでは好調だったのに、シーズンが始まってから苦しい時間を過ごしました。

    だからこそ、今は結果だけで一喜一憂するよりも、どんな課題が見つかっているのかを見ていく時期なのかもしれません。

    そして、もう一つ気になったのが翁長選手のポジションです。
    百年構想リーグではCBとしてのプレーが印象的でしたし、チーム事情を考えれば、しばらくCBで起用される可能性もあるのかなと思っています。
    ただ、翁長選手のファンの方からすると、やっぱりWBでのプレーも見たいですよね。

    選手がチームのために必要とされること。
    そして、その選手が一番輝ける場所でプレーすること。

    その二つが、いつか重なるといいなと思います。

    まだキャンプは途中。

    新しいチームの形も、選手たちの立ち位置も、これから少しずつ見えてくるのでしょう。

    ……それでは、また店の電気がついた夜に。

    最初の扉🚪
    【青橙ノ余白 | Bar青燈ノ記憶#1】無意識
    昨夜の話🕯️
    【青橙ノ余白 | Bar青燈ノ記憶#13】ヨーグルト
    次の一杯🥃
    【青橙ノ余白 | Bar青燈ノ記憶#15】キャプテン・副キャプテン

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    V・ファーレン長崎サポーター。記録に残らないものを、記憶に残す。たぶん万人受けはしない。それでも、あなたの「好き」になれたら。 観戦記だけど、観戦記じゃない。 90分とその余白を綴っています。 初めての方は「青橙ノ地図」からどうぞ。

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