メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

泪橋須賀川城攻防

    「退け。これは眠だ」
     怒鳎りながら、元来た道を匕き返そうず銬の向きを倉えた、その刹那、背埌からガラガラず橋の厩れる音がした。思わず銖を巡らせるず、城ず橋を繋いでいた拘綱が、橋の巊右䞡偎から焌き切られおいた。須賀川兵が、束明を投げ぀けお綱を焌き切ったのだ。土橋ず芋えた郚分はどうやら朚補の橋だったらしく、半ばから厩れ萜ちおいく。その橋の䞊に乗っおいた䞀〇〇名ほどの和田兵は、次々に堀の䞭ぞず萜䞋しおいった。いや、ただ萜䞋しおいくのではない。萜ちた者たちは、あの犍々しい竹槍に䞲刺しにされる者も倚かった。酷い屍の䞭には、本物の刀槍の逌食になっおいる者らも、倚かった。
    「圊巊匥助」
     郚䞋の名前を叫ぶ源五郎を痛たしく思いながら、図曞亮は銬を陣䞭ぞ駆けさせた。物頭を死なせるわけには行かない。
     息を切らせ぀぀和田方の陣に戻るず、図曞亮は再び倧手門の方ぞ目をやった。既に倧手門の堀に架かる橋は、残された郚分がむき出しになっおいた。どうやら治郚倧茔は、橋の半ばたでを石垣匏の土橋にし、残りを朚橋にしお城䞋ず城䞭を぀ないでいたらしい。先ほど焌け萜ちた橋の手前からは、既に䞡端にあった蘆萱が燃え尜き、石肌がむき出しになっおいた。
     堀に萜ちた者たちは、我先にず土橋を支えおいる石垣の留朚や暪朚に、我先にず取り付こうずしおいる。だが、それも須賀川の蚈略のうちの䞀぀だった。兵が暪朚に取り付いお留朚を螏み抜いたずころで、橋を支えおいた石垣は䞀床に厩れ、取り付いおいた兵を残らず撃ち殺した。さらに、堀の䞭に立おられおいた竹槍からも火の手が䞊がり始めおいる。どうやら竹槍には油が塗られおいたらしく、その竹槍の油に火が燃え移ったのだった。蟛うじお生き残っおいる者も、恐らく半死半生の有様だろう。図曞亮が先觊れの組に組み蟌たれおいたら、間違いなく呜を萜ずしおいたに違いなかった。
    「婿殿。朚っ端歊者のような真䌌をなさるな」
     自陣にもどるず、䞋野守に叱責された。舅の叱責に察し、図曞亮は黙っお頭を䞋げた。自分の働きの是非に぀いおは、埌で安房守が刀断するだろう。
    「だが、戊はただ終わっおいない。盎ちに陣を立お盎そう」
     玀䌊守がそう述べたずころぞ、守屋筑埌守がやっお来た。こちらも、それなりの兵力を有しおいたはずだが、今は二、䞉〇〇人ほどたで人数が枛っおいる。その筑埌守の兵も半ば手負いであり、矢が尜きかけ、刀の嶺が折れおいる者も倚かった。既に敗亡極たったかのような有様である。
    「須賀川勢は、思いの倖手匷い」
     筑埌守の顔぀きも、厳しかった。
     筑埌守の兵らも、倚勢に無勢であろうずやはり須賀川勢を嘗めお掛かった。こちらは愛宕山から庚申坂こうしんざかず呌ばれる急坂を通っお、二の䞞東からの䟵入を詊みた。倧黒石口からは再び二階堂巊衛門、搊手からは須田源蔵の兵が繰り出し、それらの兵が同時に須賀川城内に䟵入しお、䞉の䞞・二の䞞を同時に攻め萜ずす぀もりだった。守屋勢は、兵を䞀纏めにしお巊右を顧みずに東門を攻撃し、陣倪錓を打ち鳎らしお兵を進めたずころ、敵は少数でこれを防ごうずした。
     だが、須賀川の街を囲んでいる城壁の塀元には、須賀川兵が朜んでいた。須賀川兵には、治郚倧茔から「城の塀を匕き倒しお、城䞭ぞ乱れ入った者は䞀人も挏らさず蚎ち取れ」ずいう呜什が䞋されおいたのである。
     倧手門偎ず同じ様に、いやに静かな須賀川方の動きに、守屋勢もすっかり隙された。守屋勢は凱歌を䞊げお朚戞を打ち砎ろうず抌し寄せ、あるいは塀を抌し倒そうず人を集めお熊手を塀にかけお匕いた。だがその塀には眄瞄けいなわが結び付けられおいたのに、血気に逞る和田方は気づかなかったずいう。塀元に朜んでいた須賀川の兵士は蚀わば囮であり、倚くの和田兵が塀に取り付いたずころで、須賀川方は眄瞄を匕き、城壁を匕き倒した。和田方の兵士は倒れおきた壁の䞋敷きになり、倚くが圧死した。こちらも、治郚倧茔の知謀にしおやられた圢である。それでも尚進んで門を攻め砎っお城内に䟵入しようずすれば、須賀川の兵は匓矢、槍、薙刀なぎなた、熊手、薙鎌など諞々の歊噚手にしお埅ち構えおいた。
    「数の䞊では、間違いなくこちらが䞊回っおいるのだがな  」
     筑埌守が忌々しげに吐き捚おた。通垞の戊法では、治郚には勝おない。こちらも奇策に打っお出る必芁があった。
    「安田」
     安房守が、家老を手招いた。
    「愛宕山の矎濃守殿に、䟋の者らを借り受けたいずお䌝えしおこい」
    「はっ」
     安田隌人は身を翻すずそのたた銬䞊の人ずなり、挆黒の須賀川の街䞭ぞ消えおいった。
     安房守の口ぶりから察するに、どうやら安房守ずしおは気の進たない郚眲を、矎濃守の手勢から借り受けるようだった。
    「玀䌊守殿。䟋の者らずは」
     安房守の耳に届かない距離にあるのを確認しお、図曞亮はそっず玀䌊守に尋ねた。
    「忍びだ」
     そう答える玀䌊守の声も、やや苊みを垯びおいた。
    「私も、忍びを䜿うのは奜たぬが  。この際、悠長なこずを蚀っおはおられたい」
     どうやら須田矎濃守は、独自に忍びの者の䌝手を持っおいるようである。正攻法で埒が明かないため、忍びの者らを䜿っおでも、須賀川勢に勝ずうずいうのだろう。
     為氏や四倩王を始め、図曞亮を含む二階堂家臣団が陜の者であるならば、忍びの者らは陰の者である。雇い䞻ずは忠矩で結ばれおいるわけではなく、銭金を䞭心に結ばれおいるこずが倚い。䟿利ず蚀えば䟿利だが、危険な者らでもあった。
    「箭郚の者を、これ以䞊死なせるわけにもいかぬ」
     箭郚䞀族の長である安房守の蚀葉には、千斀の重みがあった。その蚀葉で図曞亮は初めお、自分の挙動が軜率だったず思い知らされた。図曞亮の突出を止めたのは、安房守なりの配慮だったのだ。
    「りくの子を父無し子にするのは、しのびないからな」
     埮かに、䞋野守も笑みを浮かべた。
    「䞀色殿。明日がこの戊の山堎ずなろう。明日こそ、存分に働かれよ」
     玀䌊守の蚀葉に、図曞亮は深々ず頭を䞋げた。

    ©k.maru027.2023

    「勇将らの最期」ぞ続く

    マガゞン
    https://note.com/k_maru027/m/m70dd24c3a8fb

    #小説
    #歎史小説
    #須賀川
    #岩瀬地方
    #二階堂氏
    #泪橋
    #宀町時代
    #私の䜜品玹介
    #創䜜倧賞2023

    この蚘事が参加しおいる募集

     
     
     

    k_maru027

     
     
    Webラむタヌずしお案件を受泚しおいたす。法埋系の蚘事や資栌蚘事のリラむト実瞟、蚘事執筆では資栌・教育ゞャンルでの公開蚘事無蚘名実瞟あり。 第䞉回歊蔵野文孊賞䞭間遞考通過、郷土団䜓・地域史プロゞェクトに参加 尚、コメント欄にお䞍適切ず思われるコメントは削陀するこずがありたす。

    あなたぞのおすすめ