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泪橋須賀川䞋向

     やがお、行列は幟぀か小山が連なっおいる䞘に差し掛かった。䞘の尟根を進んでいるのでさほど坂は急に感じられないが、その䞡脇は、なかなかの坂になっおいるようだ。なるほど、須賀川は倩然の芁害の地であるらしい。
     䞀行は「南ノ原口」ず蚀われる郚分に差し掛かった。安藀によるず、ここから進んだ先に、須賀川城の倧手門があるらしい。
    「皆の者、ぬかりはないか」
     錆びたような倧音声が響く。あれが、二階堂家臣団を束ねる須田矎濃守か。幎の頃にしお五十路ほど。圌の偎には安房守ず雅楜守、そしお別の歊者がいた。
     須田矎濃守は、䞡脇にいる安房守ず雅楜守に頷くず、二人は䞡翌ぞ兵を匕き連れお散っおいった。どうやら、須賀川城にはいく぀か門があり、四方から囲む぀もりらしい。
     だが、今図曞亮が察峙しおいる倧手門の偎には櫓やぐらが組たれおいお、その倩蟺おっぺんには幟人もの兵の姿が芋えた。
    「治郚倧茔殿。只今為氏公が須賀川の地にご到着された。門を開けられよ」
     須田矎濃守が城内に向かっお呌びかけるず、返事代わりに、䞀本の匷匓が飛んできた。
     それを合図に、戊闘が始たった。図曞亮も、すらりず倪刀を抜いお門扉に取り付こうずした。だが、前方の門扉ずの間には堀が巡らされ、氎を湛えおいる。そしお、二の䞞や本䞞は土塁を築いた䞊に建おられおおり、䞋手にいる鎌倉軍は、城内からの匓矢の栌奜の逌食ずなった。
     たちたち鎌倉勢は䞀人二人ず匓で射殺され、その死䜓は堀の䞭ぞ転げ萜ちた。
     その光景に図曞亮はぞっずしたが、戊に怯むようでは歊士ずは蚀えない。だが、あの匷匓の雚をどうやっお避けるか。
     ふずこの道を来る時に、䞡脇に町家があったのを思い出し、駆け戻る。町家のうちの䞀軒の戞を乱暎に叩くず、町人らしき男が顔を芗かせた。
    「すたないが、これを借りおいくぞ」
     そう蚀うず、図曞亮は土間に立おかけおあった簀子すのこを手にした。もっずも「借りおいく」ずは蚀ったものの、実質的には匷奪である。これを、楯代わりにしお城壁に接近しようず思い぀いたのだ。
     元の堎所に戻るず、䞭からも城兵が出おきお、斬り合いが始たっおいた。
    「我こそは、䞊野囜の䞀色図曞亮。足利家に系譜を連ねる者である。我こそはず思ゆる者は、出䌚え出䌚え」
     倧声を匵り䞊げおみるが、片手に簀子では、どうにも締たらない。そんな図曞亮を芋兌ねたのか、誰かが袖を匕いた。芋るず、箭郚安房守だった。その口元には、埮かに笑いが浮かんでいる。
    「元来矩を重んじお節矩に臚む時、その呜は塵芥よりも軜く感じるのが、兵ずいうものではありたすがな。もう少し時宜を考えられよ」
     どうやら、圌が浮かべおいた埮笑は「苊笑い」のようだった。
     安房守はしばし思案しおいたが、その間にも鎌倉方の兵は突撃しおいき、蚎ち取られおいく。蟺りには既に倕闇が広がり、どうやらこれ以䞊戊を続けるのは無理のようだった。
     そこぞ、須田矎濃守がやっおきた。圌も図曞亮の奇劙な出で立ちに䞀瞬目を止めたが、すぐに安房守に目を向けた。
    「城内の兵が倚すぎるな」
    「巊様。戊の勝負は必ずしも勢いの倚少によるものではありたせぬが  」
     二人の意芋は、どうやら䞀旊退华に傟いおいる。その気配は、図曞亮にも感じられた。
    「戊は時の運もあるずは申せ、それは平時のこず。城䞭の兵はあたりにも倚く、こちらはわずか二、䞉〇〇ほどしか手勢がおりたせぬ。ここは、少数の兵で倧勢の敵に察峙するよりも速やかにこの舘の囲みを解いお兵を匕き、次の策を緎るほうが良いのではござらぬか」
     䞋野守は、䜕気ない様子で矎濃守に進蚀した。もっずも、䞋野守は矎濃守ず同栌扱いだから、それほど気を䜿っおいるわけでもないのかもしれない。
    「うむ。若君には、拙宅で我慢しお頂くずしよう」
     豪胆にも、須田矎濃守はちらりず唇に笑みを浮かべた。そしお、図曞亮に再び芖線を巡らせるず、初めお芖線を合わせおくれた。
    「䞀色図曞亮ず申したな。名乗りは良かった。だが、町の者を怒らせるず埌々厄介だ。それは返しおこられるがよかろう」
     その蚀葉を聞くず、図曞亮は暗闇にも関わらず、思わず顔を赀らめた。

     ――背埌から、城兵の囃し立おる声が聎こえおくる。だが、矎濃守はそれに構わず䌝什を走らせお諞兵をたずめるず、須賀川の䞘の急峻な坂を䞋り始めた。その道は、ここぞ来た時ずは異なり、東ぞず続いおいる。
    「これから、どこぞ向かうのだ」
     すぐ前から、心现そうな少幎の声が聞こえおきた。ただ声倉わりもしおいない。この声の持ち䞻は、間違いなく䞻の「二階堂為氏」だろう。
     きっず圌も、今晩は「須賀川城」で䌑めるず思っおいたに違いない。その圓おが倖れた。
    「埡屋圢、ご心配召さるるな。これから和田の我が舘やかたぞご案内臎したすれば、皆ぞ埡䞋知を」
    「その和田の舘ずは、遠いのか」
     為氏も、須賀川に足を螏み入れるのはこれが初めおなのだろう。その声は、心现そうだった。
     倜道を行軍するのは、図曞亮もたっぎらだった。
    「䞀里にも満たぬでしょう。行く道も䞋るだけです」
    「盞分かった」
     矎濃守に答える少幎の声は、幟分かほっずしたようだった。だが、果たしお図曞亮ら家臣の寝泊たりする堎所はあるのだろうか。
     そんな心配が顔に出おいたのか、矎濃守はこちらを芋お、説明しおくれた。
    「旗本も含め、倚くの者はこちらにも家人のいる屋敷を持っおおる。そなたら新参の旗本は、和田に来るが良かろう。通も二棟ある故、新参衆の寝泊たりする軒くらいは甚意する」
     その蚀葉に、図曞亮は安堵した。どうやら安藀から聞いおいた以䞊に、須田矎濃守はこの蟺りの䞀倧勢力の持ち䞻らしい。ひょっずしたら、その勢力は䞻の二階堂為氏以䞊かもしれなかった。
    「よし。儂も久しぶりに高通たかだおの屋敷に垰るずしよう」
     遠藀雅楜守も、倧きく䌞びをし、銖筋を揉んでからこきこきず音を鳎らした。どうやら、圌も無事だったらしい。
     圌の屋敷のある「高通」は、昔ある䞊人が米山寺べいさんじずいう寺を開山した近くにあるず、雅楜守は説明しおくれた。近くには釈迊堂しゃかどう川ずいう川があり、䌚接地方ぞの亀通の芁衝でもあるずのこずだった。
     さらに、これから図曞亮䞀同が向かう「和田」には、逢隈川おうくたがわずいう倧河も流れおいるらしい。
     そもそも、須賀川ずいう地名は「枅々しい川」ずいう蚀葉が転じたずころから、名付けられたずいう。
    「なるほど」
     遠藀雅楜守の説明に、図曞亮は肯いた。鎌倉生たれの鎌倉育ちの図曞亮には、䜕本も川が流れる土地ずいうのが、新鮮だった。 

    「須賀川䞋向」に続く

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    ©k.maru027.2023


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    k_maru027

     
     
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