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泪橋~伊藤左近の提言(4)

    「それに、だ」
     酔った勢いで、左近の呂律は段々と怪しくなりはじめていた。
    「今は、天下が半ば乱れ一日も安全に暮らすことが出来ない。岩瀬や安積と隣合っている田村の領地は広く、兵の数は多い。今や田村は、安積郡の大概を手に入れて麾下に治めている」
     呂律が回らないながらも、左近はさらりととんでもない事を述べた。
    「そうなの……か?」
     その情報は、どこからもたらされたものか。須賀川城内だけではなく、隣地の伊東一族からこっそり流されてきた情報なのかもしれなかった。
     まったく、この男はとんでもない情報を持ってきたものだ。だが、四天王の心、とりわけ美濃守の心を動かすとすれば、こちらの情報かもしれない。
    「田村は、次は岩瀬郡を目掛けて虎視眈々とこの争いを眺めているに違いない。今は攻め時を待っているだけだ。鴫と蛙の双方が睨み合い疲れているのをな。その隙に乗じて、攻めてくるに違いないだろう」
     図書亮の頭からは、先程の浮かれた気分は既に吹き飛んでいた。左近は、酔った振りをしているだけではないのか。
     幼馴染みの言うように、隣国の田村とよく小競り合いが起きているというのは、美濃守や源蔵からも説明があった。須賀川の北東にある守山や谷田川は田村領であり、確かに、須賀川の同門同士の争いは田村も関心を抱いているに違いない。
     酔っ払ってはいるが、左近の言い分は的を得ていた。
     ふと気づくと、戸を叩く音がする。図書亮は、顔を青ざめさせた。佩刀を引き寄せ、窓の格子の隙間から外の様子を窺う。
    「図書亮。誰か居るだろう」
     声の主を確認して、ほっとした。相手は、忍藤兵衛と倭文半内だった。二人とも、左近とは面識がある。
    「今開ける」
     図書亮は小声で答えると、細く戸を開けた。その隙間から室内に入ってきた二人は、左近の姿を認めて絶句している。
     簡単に二人に左近太夫の持ってきた話をしてやると、二人も考え込んでいる様子だった。
    「――確かに、御屋形のためにも悪い話ではないと思う」
     藤兵衛も、左近の案には賛成のようだった。
    「俺たちも、できればそろそろ和田衆に認められないといけないしな」
     半内も、肯く。半内も、元々は名を上げることには熱心だ。鎌倉にいた時分から、図書亮や藤兵衛はそれはよく知っていた。勿論、左近も。
     武功を立てるというのとは違うが、この話がまとまれば、和田衆の家中の者として認められるに違いなかった。
    「まずは明日にでも、美濃守様に話を通そう」
     図書亮は、腹を括った。あの人は怖いが、思慮深い人だ。己の感情だけでこの話を判断することはないだろう。
     だがその一方で、左近に釘を差すのを忘れなかった。
    「左近。今日のところは見逃してやる。だが、婚礼が成立するまでは、二度と和田の地に足を踏み入れるな」
     図書亮の言葉に、へにゃりと左近は眉を下げた。情けないような、泣き出しそうな、そんな表情である。
    「そこまで言うことはないだろう……」
     まだ酔いが残っているのか、このまま泣き上戸に化けそうな左近であった。
    「いや、図書亮の言う通りだ。お前の訪問が須田一門の衆に見つかってみろ。須賀川の間諜と疑われ、俺たち皆が殺されても文句は言えない」
     藤兵衛の言葉に、左近は肩を震わせた。
     哀れだが、これもこの世の習いだ。まだ体に酔いが残っているのを感じながら、図書亮は気を引き締めた。

    ©k.maru027.2023

    >「祝言(1)」へ続く

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