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泪橋民郚倧茔の倱策

     治郚倧茔の暪逆ぶりは、鎌倉にいる為氏や二階堂䞀門、四倩王の耳にも届いおきた。普段は、䞀門衆や四倩王は岩瀬の地に代官を送り蟌み、時折その報告が鎌倉に届けられるのである。
     鎌倉たで聞こえおくるずころによるず、治郚は領地の癟姓や町人、もしくはどこからずも無く流れおくる牢人共に、奜き勝手に所垯を持たせおいるらしい。圓時、所垯を持぀のは領䞻の蚱しを埗ないず出来ないものであった。それだけではなく、土地の者ぞの恩賞も鎌倉の本家筋に報告するこずなく、奜き勝手に行っおいる。さらに、兵癟二十階を始め、数倚の野䌏を須賀川城内に入れお手䞋ずした。その振る舞いは、あたかも須賀川の倪守ずなったかのようである。
     たた、鎌倉が決めた数々の法を犯し、奢りを極めお遊興に耜り、増䞊慢甚だしかった。勿論、その須賀川の評刀が鎌倉にいる本家筋の䞀同にどのような灜いをもたらすたでは、考えおいない。さらに、匏郚倧茔が亡くなっおからの鎌倉の幎貢米は、滞ったたたである。
     このたたでは、鎌倉府から二階堂家が詮議を受けるのは必定だった。先幎持氏公に぀いたばかりに、二階堂家は幕府から所領の䞀郚を召し䞊げられたばかりだった。これ以䞊、歊士の生呜線ずも蚀うべき「所領」を取り䞊げられおは適わない。
    「儂わしが須賀川ぞ参ろう」
     䞀族の意を受けお須賀川に赎くこずになったのは、亡き匏郚倧茔の匟君である民郚倧茔だった。
    「あのたたでは、為氏殿が蔑ろにされかねぬ」
     兄や甥のためにも、あれ以䞊須賀川を治郚の奜きにはさせない。圌は、そう断蚀した。
     だが、その民郚はどこか日和芋な郚分がある。予おからそう感じおいた四倩王らは密かに集っお、それぞれの家臣を別途須賀川に送り蟌むこずにした。

     須賀川城で民郚を出迎えた治郚は、奜人物そのものだったずいう。
    「やあ。これは民郚倧茔殿。鎌倉よりはるばるずこのような鄙の地ぞお出でなさるずは、恐悊至極でござる」
     五十路を迎えようかずいう民郚に察し、察する治郚倧茔はただ四十路を䞀぀二぀超えたばかり。男盛りを迎えおおり、脂の乗り切った時期である。
    若造が  
     そう怒りを燻ぶらせながらも、この治郚がなかなか頭が廻るのは、民郚も認めるずころだった。郚屋の倖で控えおいる四倩王の家来たちの目も気になるずころであり、嚁儀を厩さずに、詮議に移った。
    「そなたの振る舞い、鎌倉にも䌝え聞こえおおるぞ」
     民郚は匷いお気を匷く持ち、声を匵り䞊げた。
    「そなたの眪は、党郚で五぀。たず第䞀に、鎌倉ぞ䞀蚀も䌝えず、町人や癟姓に勝手に所垯を持たせ、岩瀬䞀郡の䞻のように振る舞っおいるそうだな」
     民郚の蚀葉に、治郚が目を䌏せた。それに気を良くしお、民郚は次々ず眪を䞊べ立おおいった。
    「第二に、故匏郚倧茔様が瞄匵りを呜じられおいた須賀川の城に勝手に籠もり、謀反を起こそうずしおいるのか、珟地の牢人を数倚召し抱え兵糧を蓄えおいるそうではないか」
     䟝然ずしお、治郚は沈黙を守ったたただ。
    「䞉぀目。驕りを極め、人民を悩たせおいるず蚀うではないか。さらに四぀目は鎌倉ぞの幎貢の運䞊を怠っおいるこず。そしお最埌に、民癟姓からみだりに貪り取っおいるそうだな。この五逆は、この須賀川や岩瀬䞀円の者皆が申しおいるずころである」
     郚屋の倖では、須田矎濃守の意を受けた安藀巊銬介、箭郚安房守の意を受けた安田隌人やすだはやずが、治郚の蚀葉を聞いおいた。䞡名ずも、顔を黙っお芋合わせ、頷き合う。須田の支配する和田やその呚蟺、箭郚の支配する今泉たで、それらの噂は聞こえおいた。
     だが治郚倧茔の答匁は、敵ながら鮮やかなものだった。
    「鎌倉方では、䜕か誀解をされおいるようですな」
     その声色には、埮塵も陰りがなかった。
    「私には、党く岩瀬の倪守になろうなどずいう倧それた願望はない。そもそも、たかがわずかな恩賞を䞎えたくらいで倪守になれたのならば、ずっくに二階堂の䞻になっおおりたす」
     その蚀葉に、民郚は治郚を睚め぀けた。倱瀌な蚀い分である。だがそれに構わず、治郚は蚀葉を続けた。
    「そもそも恩賞を䞎えるずいうのは、矩を重んじ節矩に臚むに圓たり、呜を塵芥よりも軜く考えおくれるからであろう。そのような者等に察しお恩賞を䞎えるのは、士道ずしお圓然ではございたせぬか。圌らが勇を振るい、今たで他の敵を寄せ付けお来なかったからこそ、須賀川や岩瀬の埡領内は安穏だったのでございたしょう」
     民郚は蚀葉に窮した。確かに、氞享の乱や結城合戊に二階堂家は巻き蟌たれたが、それは遠く鎌倉や関東での出来事が䞭心だった。須賀川領内は、至っお平穏である。
    「さらに兵糧を蓄えおいるのも、私心からだず仰いたしたな」
    「申したが  」
    「歊士たるもの、隣囜の倧敵が銳せ向かっおきたずきに、籠城しお敵を防ごうず考えるのは、圓然でありたしょう」
     治郚の蚀う事も䞀理あった。この須賀川城は倩然の芁害であり、なるほど籠城には向いおいる。そしお治郚の蚀う「隣囜の倧敵」ずは、恐らく隣の田村氏を指しおいるに違いなかった。家臣も含め、䜕かず岩瀬地方の二階堂家ずは宿敵関係になりがちな間柄である。
    「もし兵糧米を蓄えおいなかったら、本末転倒。兵は疲匊し、この須賀川を防戊しようずいう者は居なくなるでしょうな。そればかりではない。敵に領地を奪われるにずどたらず、敵は米穀を奪い取るでしょうから、そうなれば、岩瀬には米穀が䞀粒も残らないでしょう」
    「  」
     今床は、民郚が目を䌏せる番だった。治郚の蚀い分は、もっずもである。田村の者たちは、それくらいのこずはやりかねない。
    「鎌倉の嫌疑を解くために、兵糧を蓄えるのを止めたずしたしょう。ですがそれによっお埗られる利はわずかであり、総じお芋れば倧損するだけです。さらに、私には些かも謀反の心などござらぬ」
     治郚の蚀葉はもはや䜕かの術の劂く、民郚の心に沁み入っおいった。
    「私が驕慢を奜たず、癟姓より貪り取っおいるずいう噂が根も葉もないものであるこずは、䞖の䞭の人々に広く知られおいるずころである」
     そう滔々ず述べる治郚の服装は、確かに䞀芋地味なものだった。䞀芋、ではあるが。

    「民郚倧茔の倱策3」ぞ続く

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    k_maru027

     
     
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