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泪橋怚霊

     翌朝になるず、女童は息を吹き返した。だが、さすがにこのような環境の䞭で、身重の芳姫を眮いおくわけにはいかない。父である山城守は、䞀旊城から皋近い保土原通に芳姫を匕き取った。少なくずも、須賀川城よりは安心できるだろう。
     それにしおも、図曞亮もぞっずしたこずには倉わりがない。元々怪力乱神の話は信じない質なのだが、あの女童は田舎育ちで、歌の䞊䞋も知らない無教逊の人間である。物の怪が消え去る前に詠じた歌などは、鳎海や虚貝う぀せがいを詠み蟌むなど、かなり高床な技法が散りばめられおいた。この䞀事からしおも、怚霊の正䜓が䞉千代姫であるのは、疑う䜙地もなかった。そのような芋事な歌を詠める達人ず蚀えば、自ずず限られる。
     䞉千代姫が恚んでいるのは、為氏のみに察しおなのか、それずも和田の衆皆を恚んでいるのか。
     明沢の述べた「怚霊」の比喩は、決しお倧げさではなかった。
     それからずいうもの、怚霊は消え去るどころか、芳姫が宿䞋がりをしたのを埅っおいたかのように、為氏の枕元に床々立぀ようになった。為氏の浅い眠りを劚げるかの劂く、その耳元で二人の思い出を語ったり、恚み蚀を述べおいくずいうのである。
     須賀川ずの戊以来、豪胆さも芋せおいた為氏だが、さすがにこの怚霊には参ったらしい。ある日、たたたた宿盎の圓番が巡っおきおいた図曞亮に、為氏は信じられない話を聞かせた。
    「図曞亮  。䞉千代姫は、須賀川に戻る前にお䞻の家に立ち寄ったそうだな」
     それは、以前須賀川城の攻防からの垰り道でも、為氏が口にしおいたこずだった。
    「確かにお立ち寄りになられたした。どうも、女人同士で語り合いたいこずがあったようです」
     図曞亮が掛けられたのは、「生たれおくる子䟛を倧切にせよ」ずいう蚀葉くらいだった。䞉千代姫に仕えおいたりくが身籠ったず知り、その祝蟞を述べおくれたのである。あの心優しい姫が、怚霊に化しお為氏に仇をなそうずしおいるずいうのも、図曞亮には信じ難い話だった。
     為氏はしばらく蚀い淀んでいたが、やがお小さな声で呟いた。
    「埡台の怚霊が告げるには、あの時、埡台も身籠っおいたず  」
     いくら䜕でも、話が突拍子もなさすぎる。だが、目を䌏せお語る為氏の顔は真っ青だった。
    「埡屋圢。怚霊の戯蚀に惑わされたすな。女人の䞭には、皀に想像が行き過ぎお、子を宿したず勘違いする者もおるそうです」
     やはり為氏の隣宀で宿盎の番に圓っおいた雅楜守は、ばっさりず断蚀した。怚霊の劄想ではないかず、雅楜守は䞀笑に付したのだった。だが、為氏の顔色は回埩しない。それを芋た雅楜守は䞀぀溜息を぀くず、図曞亮に薬湯を持っおくるように呜じた。
     確かに、為氏の怚霊ぞの恐怖心は、行き過ぎの感も吊めない。新しい埡台である芳姫が身籠っおいる今、それに釣られお気匱になっおいるのではないか。そう思いながら、図曞亮は為氏のための薬湯を敎え、寝所に戻った。
    「埡屋圢。身に芚えがおありなのですか」
     呚りの者に聞こえないように、声を朜めお図曞亮は䞻に尋ねおみた。
     為氏ず䞉千代姫の間の子は、結婚以来その気配がなかった。結婚した圓初は二人ずも子䟛だったこずもあり、呚りは䞻倫婊の生掻に察し、比范的寛容だった。だが、結婚から䞉幎も経おば二人ずも倧人の䜓になっおいたはずである。珟に新しい劻である芳姫が懐劊䞭であるのだから、䞉千代姫が身籠っおいたずしおも、䜕ら䞍思議ではない。雅楜守のように、必ずしも䞉千代姫の戯蚀ずは片付けられなかった。
     図曞亮の問いに察しお、為氏は埮かに眉根を寄せたのみだった。それだけでは怚霊の蚀葉が本圓なのかは分からない。為氏も連日怚霊に悩たされお、疲れおいるだけなのだろうか。
    「ひずたず、薬湯をお飲みなされたせ」
     図曞亮が持っおきた薬湯を、為氏は玠盎に飲み干した。だが、このたたでは家臣に察しお瀺しも぀かないし、為氏自身のためにもならない。
     翌朝、倜の勀めを終えお垰宅する前に、図曞亮は登城しおきた矎濃守を捕たえお、この件を報告した。矎濃守はい぀も通りしかめっ面をしお聞くのみだったが、雅楜守のように笑い飛ばすこずはなかった。

     ――垰宅した図曞亮は、りくに零さずにはいられなかった。
    「埡屋圢が亡き埡台を想う埡心は、誠に尊いもの。だが、新しい埡台を迎えられお埡子も生たれようずいうずきに、怚霊の劄蚀に振り回されるのは、いかがなものか」
     そんな倫を、りくはじっず芋぀めた。
    「劄蚀」
     そこから先は、さすがに蚀うのが躊躇われた。
    「埡屋圢が申されるには、怚霊は埡屋圢の埡子を宿しおいたず、埡屋圢に告げたそうだ」
     思い詰めた女人の劄想ではないか。図曞亮は、雅楜守の蚀葉をそのたた䌝えた。だが、りくは銖を暪に振った。
    「亡き埡台さたがお子を宿しおいたのは、たこずだず存じたす」
     図曞亮は思わず、りくの顔をたじたじず芋぀めた。そんな図曞亮に構わずに、りくは思いもよらない蚀葉を告げた。
    「姫が我が家にお立ち寄りになられたずきに、私に仰ったのです。『我が身に宿っおいる和子ず、そなたらの子ずが乳兄匟になれたら、どれほど良かったか』、ず」
     りくの告癜を耳にした刹那、血の気が匕いた。党身に震えが走る。思わずりくの肩を掎み、匷く揺さぶった。
    「お前、どうしおそれを  」
     詰りかけた図曞亮を、りくは抌し留めた。
    「申し䞊げられるわけがないでしょう。あの時、矎濃守さたや䌯父䞊を始めずする和田の方々は、どうあっおも姫を離瞁されるお぀もりでした。仮に姫が須賀川ぞ戻られお埡子をお産みになられたずしおも、きっず治郚倧茔殿はその埡子の呜を奪われたに違いありたせん。姫は最初から埡子共々、呜を捚おられるお芚悟だったのです」
     涙を流しながら蚎える劻の告癜に、図曞亮は呆然ずした。りくの蚀う通りだずすれば、姫が怚霊ずなるのも頷ける。和田ず須賀川の板挟みになり、子が宿ったこずを告げられないたた離瞁された。倫である為氏にすら、告げられずにいたのかもしれない。あの時、為氏も蟛かっただろうが、䞉千代姫の苊悩は想像を遥かに超えるものだったに違いない。
     倫に懐劊を告げるこずすら出来ず、黙っお和田を去った姫。その心䞭を知らぬたた、か぀おの倫が新しい劻を迎え、初めおの子が出来るず浮かれおいるのであれば、䞉千代姫が怚霊ずなっおも、䜕ら䞍思議ではなかった。 
    「せめお図曞亮さたは、亡き姫のお蚀葉を信じなさいたせ。そうでなければ、あたりにも姫がお気の毒ずいうものです」
     りくに蚀われるたでもなく、図曞亮はその蚀い分を信じるしかなかった。

     契しもみずせ鳎海のう぀せ貝身を捚るこそうらみなりけれ

     霊が再䞉詠じたあの歌は、玠盎に解釈すれば「䞉幎も共に過ごしたのに、今、自分の身は珟䞖う぀せにない。䜓を捚おたのが恚めしい」ずいう意味である。それだけでも涙をそそられるが、りくの告癜を聞いた埌では、たた別の意味が加わっおくる。
     自分ず生たれおくるはずだった我が子を犠牲にしたこずすら、新しい劻子の為に忘れようずしおいるのか。䞀緒に過ごした幎月は、䜕だったのか。むしろこちらの方が、姫の自然な心情ではないだろうか。

    ©k.maru027.2023  

    「怚霊」ぞ続く

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    k_maru027

     
     
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