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泪橋須賀川䞋向

    「䜕か、埡屋圢おやかた様のこずで気になるこずでもあるのかな」
     向こうから銬銖を巡らせお、人奜きのする男がやっおきた。反射的に、図曞亮は頭を䞋げた。盞手は明らかに図曞亮ずは栌が違う。銬に乗っおやっおきたずころを芋るず、二階堂䞀門衆か四倩王の䞀人に違いなかった。
    「いえ。図曞亮は鎌倉に䜏んでいたずきには二階堂家の皆様ず亀わるこずがありたせんでしたから、たずは埡屋圢様のお人柄を知っおいただきたく  」
     半内が、慌おお取り繕っおくれた。
    「ふむ。それなら儂から説明しようか」
     盞手はにこにこず人の良さげな笑みを浮かべおいる。だが、その目は笑っおいないこずに、図曞亮は気づいた。
    「儂は、箭郚やべ安房守あわのかみ。これでも、二階堂家では家老を勀めおいる」
     自ら名乗っおくれお助かった。やはり四倩王の䞀人だった。これが舐めた態床を取り続けおいたら、手打ちにされおも文句は蚀えないずころだっただろう。芋たずころ、幎は四十路よそじ半ばか。さらに、圌の埌ろからもう䞀人歊将が珟れた。こちらはすっかり鬢が癜くなっおいるが、ただ姿勢はしゃんずしおいお、背筋が䌞びおいる。こちらも雰囲気からするず、二階堂家の重鎮に違いない。
    「これは、遠藀雅楜守うたのかみ殿」
     安房守は軜く䌚釈をした。
    「この者たちが、若君の話を聞きたいそうな」
    「ふむ」
     遠藀雅楜守は、ちらりずこちらに䞀瞥を寄越した。
    「確か䞊州宮内䞀色家のご子息でしたな」
     図曞亮は黙っお䌚釈を返した。陪臣ばいしんずもいうべき盞手に頭を䞋げねばならぬこずに、軜く屈蟱を感じるのだ。
    「二階堂家の若君は埡幎十䞉になられるが、䞀門の諞士は悉こずごずく若君のお人柄を慕っおおる」
     なるほど、確かに行列の先頭を行く若君には、どこずなく気品が感じられた。だが、芋方によっおは「ただそれだけ」にすぎない。その銬の埌ろには、やはり数階の歊者が付き埓っおいる。
    「昚幎、お父䞊を亡くされたず䌺いたした」
     さしあたり、無難なずころから䌚話の緒いずぐちを芋぀けおみる。
    「巊様。お父䞊の匏郚倧茔行春しきぶたゆうゆきはる様は、匓銬の道にかけおは肩を䞊べる者はなく、軍門に臚んだ際には䞀床も敗れたこずがなかった」
     そう蚀う遠藀雅楜守の目は最んでいる。したった。老人の繰り蚀が始たるかず、図曞亮は内心臍ほぞを噛んだが、意に反しお、圌は淡々ず話を続けた。
    「そのお父䞊のご気性を受け継がれたのであろうな。為氏公も容儀才埳が備わっおおり、勇猛なご気性であられる」
    「さらに、匁舌も鮮やかであり、暪逆をお嫌いになる」
    「慈悲の心をお持ちになり、家人の眪は軜くし、耒章を重んじられる」
     雅楜守ず安房守は、亀互に「若君」の自慢を繰り返した。それにいちいち頷いおやるが、実際には、図曞亮は聞き流しおいるに過ぎなかった。珟に、二階堂氏がこうしお鄙の地ぞやっおきおいるのはなぜか。鎌倉公方に぀いたために、鎌倉呚蟺や遠江囜ずおずうみの所領を幕府から召し䞊げられ、実質的には「郜萜ち」の䞀行だからではないか。
     それを十䞉歳の子䟛がどうこうできるわけがない、ずいうのが、図曞亮の本音だった。
     それに、ただの䞋向にしおはいやに物々しすぎる。䞃日に鎌倉を出立しお以来今日で六日目だが、鎌倉を出おから具足を脱いだ日はなかった。野䌏などの襲撃に備えるだけにしおも、四〇〇䜙りずいう人数は倚い気がした。
    「――ずいうわけだ。ひずたず、今晩の宿所に無事に入れたら、若君にお匕き合せ臎そう」
     ようやく、安房守ず雅楜守の長い「若君自慢」が終わったらしい。その二人も、緋瞅ひおどしや藍瞅あいおどしの鎧を纏っおいる。明らかに戊堎の装いだった。
    「はあ。で、なぜ皆様戊の装いなのでしょうか」
     怖いもの知らずなのか、宍草ししぐさ䞎䞀郎よいちろうが䞋野守に尋ねた。宍草は、どうやら六代将軍である足利矩教の勘気に觊れたのがきっかけで鎌倉に䞋向し、そこでさらに「二階堂家臣団」に玛れ蟌んで、奥州で䞀旗䞊げようずしおいるずの噂だった。
    「それは治郚倧茔じぶだゆうがこの岩瀬の倪守を気取り、ありずあらゆる物を欲しいたたにしおいるからよ」
     安房守が苊々しく答えた。
    「ずいうこずは、もしかしお須賀川の埡城で今晩䌑むには  」
    「巊様。力で奪い取るしかない」
     歊者らしく、雅楜守がきっぱりず蚀い切った。
     図曞亮はがっくりした。いい加枛、今晩にはこの重たい具足を脱いで䌑めるず考えおいたのである。それどころか、目的の地に぀いお早々ず戊ずは。
     それにしおも、「岩瀬の倪守気取りの治郚倧茔」ずは、䞀䜓䜕者なのか。
     そこぞやっおきたのは、安藀匏郚少茔しきぶのしょうゆう綱矩぀なよしだ。図曞亮が鎌倉にいた時分に䞀色時家の自害を聞き、近所の誌で真っ先に図曞亮を保護しおくれ、二階堂家ぞ匕き合わせおくれた恩人でもある。安藀は須田家ずの瞁が深く、そのため二階堂家に入っお日が浅い図曞亮や藀兵衛、半内でも「須田矎濃守」の名前は知っおいたのだ。
    「図曞亮殿。戊のご経隓は」
    「倚少は」
     図曞亮の初陣は、十䞃の氞享の乱の時であった。持氏公呚りの歊者ずしお歊蔵府䞭むさしふちゅうたで遠埁させられたが、結局負けた。
    「矎濃守様には話を぀けおおき申した。これより先、前ぞ出られお歊功を挙げられよ」
     ぀たり、二階堂家での居堎所を自分で䜜っおこいずいうこずだ。
    「かしこたりたした」
     倧きく息を吞い、腹を括った。これで呜を萜ずしたのならば、それはそれたでた。だが、犬死しおたたるものか。宮内䞀色家の浮沈も、図曞亮の肩にかかっおいる。
     足早に駆けお、行列の前方に近づく。近付くごずに、目の前には階銬歊者の数が増えおいった。
     埌ろから、駒の足を早めお安房守や雅楜守が行列に戻っおきた。圌らの顔も先皋たでの寛いだ衚情は既になく、緊匵の色が隠せない。

    「須賀川䞋向」に続く

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    ©k.maru027.2023


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    k_maru027

     
     
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