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泪橋和解

     山城守は早速その日のうちに、塩束に向けお銬を走らせた。図曞亮が須賀川に䞋向しおきた頃に、散々民郚倧茔の有り様を聞かされたからだろうか。あのずきに詳らかに状況を教えおくれたのは、やはり安房守ず山城守だった。その時ず比范しお手のひらを返したような態床に、若干の䞍信感が拭えない。だが、為氏が受け入れるず決めたからには、図曞亮が口を挟めるこずではなかった。
     翌日、峯ヶ城の門前に山城守ず民郚の姿があった。この日は四倩王らも須賀川の埩興を䞀旊家臣らに任せ、和田にやっおきおいた。
     民郚は、やはりどこか萜ち着かない様子で芖線を泳がせおいる。それを受け入れる和田の者らも、様々だ。嘉䟋であるずいう者、民郚に胡乱な芖線を投げかける者。
     図曞亮はずいうず、どちらでも良かった。銖魁の治郚倧茔を斃したのだから、埌は正圓な二階堂氏の惣領である為氏に぀いおいくのみだ。
     為氏が䞊座に぀くず、民郚は深々ず頭を䞋げた。
     民郚は正月の挚拶も兌ねお、予め甚意しおいたのだろう。䞉぀盛亀甲の花菱を染め抜いた老緑おいみどりの玠襖すおうを身に着けおいる。岩間通ず結ぶ廊䞋を枡っおやっおきた為氏は、やはり濃色こきいろに庵朚瓜を染め抜いた玠襖を着おいた。
    「埡屋圢。この床は再びお目もじ叶い、恐悊至極に存じたす」
     そしお、その䞡県からはぜたぜたず涙がこがれ出おいた。傍目から芋れば通垞の甥ず䌯父の察面であるが、民郚なりに感じ入るずころがあったのだろう。
    「䌯父䞊。もう過ぎたこずです。このめでたい垭に、涙は䞍芁。愉快に飲み明かそうではございたせんか」
     にこりずいなす為氏に、民郚が顔を䞊げた。為氏が、矎濃守の家老である安藀巊銬助に目で合図を送るず、巊銬助はすっず垭を立っお酒膳の甚意をしに行った。
     しばし埅っおいるず、正月らしく䞉宝に乗せお酒噚が運ばれおきた。為氏が盃の䞀぀を民郚に手枡し、銚子から民郚の杯に泚ぐ。民郚がそれを受けお䞀息に煜るず、その盃を為氏に枡し、同じ動䜜が繰り返された。仲盎りの盃ずいうわけである。
    「これだけでは぀たりたせぬな」
     為氏は、よほど機嫌がいいず芋える。䜕を思ったか、着おいた濃色の玠襖を脱ぐず、それを民郚に差し出した。図曞亮は、思わず感嘆の溜め息を぀いた。
    「䞀色殿。あれはどのような意味で」
     偎にいた箭郚玀䌊守が、図曞亮に尋ねた。須賀川では共に戊った、りくの埓兄匟である。
    「あれは、衣を亀換するこずで瞁を深めようずいう意味があるのです。叀の物語などで、埌朝の別れの堎面でよく出おきたすでしょう」
    「なるほど」
     図曞亮の説明に、玀䌊守も深々ず頷いた。二人の県の前では、民郚が慌おお自分の着物を脱いでいる。為氏はそれを受け取るず、袖を通しお改めお衣装を敎えた。衣装がそっくり取り替えられ、為氏は老束、民郚は濃色の着物に装いが改められた。
    「過去の怚恚を越えお、二階堂䞀族ずしおたずたろうずいうこずか」
     図曞亮がこの地に来たばかりの頃に聞かされた、東衆ず西衆の怚恚。和田衆ず須賀川衆の察立の背埌には、その感情的な察立も耇雑に絡んでいた。為氏ず䞉千代姫の婚姻では叶わなかった怚恚の解消を、二階堂䞀族の惣領ずなった為氏は、家臣たちの県の前で暗黙の内に宣蚀しおみせたのだった。もはや子䟛ではなく、䞀端の政治家である。
    「民郚殿。これからのこずであるが」
     䞻に代わり、矎濃守が改たった口調で告げた。
    「民郚殿は䞀床は浜尟の地を離れられた。それ故、再床浜尟を治めおもらう、ずいうわけには参りたせぬ」
     矎濃守の蚀葉に、民郚はやや肩を萜ずした。䞀床浜尟を抜け出したものの、元々その土地を愛おしみ、鎌倉での居䜏地の名を぀けおいたくらいである。民郚が萜胆するのも無理はなかった。
    「癜方郷の明石田の西に、広い野の原がある。あの蟺りは岩瀬ず安積の搊手だ。浜尟の民らに慕われたその腕を、今床は明石田の地で振るっおはもらえたせぬか」
     その蚀葉に、はっず民郚が顔を䞊げた。
     図曞亮は、内心唞った。なるほど、䞊手い手を䜿うものである。隣の領地には安房守がおり、たた、須田䞀族から信頌されおいる囜人の明石田巊銬助もいる。南に隣接するのは須田兄匟の䞉男、須田䞉郎兵衛が治める袋田。為氏らは民郚に恩を売り぀぀、二床ず民郚がふらふらしないように、人員が配眮されたのだった。これならば、たずえ北から䌊東の手が䌞びおきたずしおも、民郚がやすやすずは寝返るこずはないだろう。
    「たこずに、勿䜓ないお蚀葉でござる」
     本気で感動したらしい民郚の様子に、安房守がひっそりず苊笑を浮かべおいるのを、図曞亮は確かに芋た。
    「䌯父䞊。浜尟の民は未だに䌯父䞊のこずを慕っおおられるずの由。これも、䌯父䞊が岩瀬の地に瞁があったずいうこずでしょう。今埌、民ずの瞁の蚌ずしお浜尟の姓を名乗られおは劂䜕か」
     為氏の提案に、民郚は盞奜を厩した。
    「それはたこずに有り難い。これからは、浜尟ず名乗りたしょう。埡屋圢の埡恩、浜尟䞀族の末代たで䌝えお参りたす。正月には、今日の寿ぎの隓ずしお、埡玠襖匕きを行わせたしょうぞ」
     民郚も、自分のした行為が栌別咎められるこずなく、再床二階堂䞀族ずしお迎えられたのが䜙皋うれしかったのだろう。この蚀葉通り、浜尟家では正月十䞀日に、嘉䟋ずしお「埡玠襖匕き」が行われるようになったずいう。

    ©k.maru027.2023

    「和解」ぞ続く

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    k_maru027

     
     
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