
人生を彩る趣味のフィールドが、仕事にも育児にも自分の成長にも活きる2 -人生編-
さて、今回は私のフィールドの1つである趣味についての話-後編-である。
私は10数年、アマチュアのオーケストラに所属をして楽器演奏している。
共通の趣味を持つバックグラウンドも年齢も異なるコミュニティで、人付き合いや、社会人としての振る舞い、音楽を通して心を通わせること、様々な仕事や趣味や生活のこと、本当にたくさんのことを学んだ。
↓前編はこちら
そしてその経験が、自分自身の心や考え方をより豊かにしてくれた。後編では、自己成長やリベラルアーツの重要性についてお話ししたい。
自分の人生をより豊かにする
ー 自分の気持ちと行動を結びつける選択、意思決定、判断をすることの重要性
年間365日、週7日、1日24時間、どのような計画とスケジュールで過ごすか決めているか?
逆に、この先の何年か、10年後、20年後、老後のことを考えているか?
明確に予定を決めてその通りに動くなんて、なかなか難しいし、正直そこまで考えてる訳ではない。計画性が高いことがとにかく重要とも思ってないし、直感的な思いつきの行動が面白かったりもする。
ただ、意図した休息ではなく、思考停止して何となく過ぎ去ってしまった時間や日々があればそれは勿体無いと思う。
「やりたいこと」を決めておけば、ちょっと気怠くてもそこに意識が向いて、行動してしまえば結果的にリフレッシュできたり楽しかったりして気持ちも前向きになる。積み重ねると、その効果を感覚で理解していく。どういう行動が自分をHappyにさせるか分かる。
とびきりオシャレしてピンヒールを履いてオシャレなカフェにでも出掛けたら、何となく気分が上がる、そんな感覚が伝わるだろうか。
どうしても気乗りしない時には、「やらない」という選択ができる。そもそも予定もなければ選択をすることもなくただ時間が過ぎていくだけで、何も考えなかった、という行動に対してちょっと後ろめたい感情さえ生まれたりする。
もちろん、日々の過ごし方は人それぞれで、「やりたいこと=ゆっくり過ごす」でもいいし、「やりたいことや予定を入れず考えない」ことを決めたっていいし、たまには思考停止しててもいい。
実は人は皆、朝起きてから(起きることも含めて)、全てのことを無意識/意識の中で選択して生きている。その選択の連続を自分の気持ちと合わせていく事が自分らしくいられたり精神衛生上良いと思う。
ー 時間の使い方
スケジューリングのセンスや、タイトな時間割をこなすことの是非を問いたい訳ではない。
例えば毎週の予定や、数ヶ月先の予定が決まっていたとする。そうすると、その予定を「確実に実行するため」の行動までセットで予定されるものである。
「⚪︎月⚪︎日は朝から⚪︎⚪︎する」のであれば、前日の夜は空けておくとか、「来月は旅行に行く」のであれば事前に仕事のボリューム・進捗を調整したり、体調管理に努めたりする。
予定があると、他にやりたいことややらなければならないことを予め整理したり調整したり、結果的に見事なスケジュールが完成したりする。
そして予定の良いところは、あくまでも予定ということで、ズラしたり減らしたりという微調整ができる(ものもある)。一方で、その取捨選択が求められる。
趣味に打ち込むということは少なからず時間を使ったり予定が組まれるため、自分で自分の人生の時間をコントロールしていく能力が身につく。
ー 複数のフィールドにおける体験価値
学生時代や、仕事、育児を通してなど、みなそれぞれの人生で心を震わせる体験をしてきたと思う。
どんな時に心が動いたか?
自分自身がどんな時に感動したのか、どんなことにワクワクしたのか、きっとそこには自分の原動力や価値観の土台になっている何かがある。
プロセスや結果も大事だけれど、もっと感覚的な心の動きがあったかどうか、に意識を向けてみてほしい。そしてそれは感動や幸福なことばかりでなく絶望や苦しみもあったかもしれない。
その感覚が、「原体験」という何にも変えられない自分だけの資産になる。
身近な例で言えば、スーパーで買った魚を家庭で食べた日々の思い出も、高級店で寿司を食べた経験も、自分で釣った魚を捌いて食べた時の感動も、体験したからこそそれぞれの違いや良さが分かる。
きっとこれまで誰しも一度は話を聞いただけでは分からない、理論で説明されても腹落ちしない時があったと思う。理解の解像度が低いからだ。経験を積んだ感覚の鋭さや思考の幅が広がることで、実際に体験していないことへの感度も高まる。
私自身、趣味のフィールドでなければ得られなかった感動や体験がたくさんあった。
リベラルアーツとは
一言で言えば、「教養」、「人文知」を学ぶということである。広い視点と社会全体を考慮して判断できる素養を磨くための学問だ。
実際私は、オーケストラでの活動を通してその効果と必要性を実感した。
クラシックの世界では、作曲家の出身地や生い立ち
、歴史的背景等を理解して表現に繋げる。国の文化や経済状況、人々がどのような生活をしていたのか、想いを持っていたのかを想像して、その時に人々から必要とされた音楽を知る。そして、現代の音楽とどう結びついたのか、なぜそれが人々の心に刺さったのかを知る。
単なる事実としての歴史、事例としての経済の話ではなく、確かにそこにあった人々の生活や文化に寄り添った考えを持つことができる。これがもしかしたらビジネスの本質なのかもしれない。
仕事柄、経営陣や管理職の研修制度についての検討に参加をしたことがあるが、一般的に対象のレイヤーが上がるほどに教養の研修が組み込まれていることを知った時、なるほどと思ったことを覚えている。
つまり、ビジネスにおいても、人間力においても、生きていく上で教養を嗜めることが肝要であるということのようだ。
もっと書きたいことや、掘り下げていきたいテーマではあるものの、ここで一度一区切りとする。もう少し言語化とアウトプットに時間をかけて改めてブラッシュアップしたい。
この2つの記事を書いて思うことは、改めて、オーケストラで出会ったみなさんへの感謝の気持ちである。当たり前になっていた、長く共にすることで家族のように甘えていたけれど、本当に出会えて良かった。ありがとう。