メインコンテンツへスキップ

BOGA 第8話 出荷停止①


    画像

    1994年7月8日金曜日。曇り。午前十一時半頃。

    「高氏(タカシ)はん!、えらいこっちゃでぇ!。こんなんなぁ!、グッドゴムの歴史にない話やで!。この時間で、まだ一本のタイヤも出荷出来てへんのやからな!」

    汗かきの渋谷は、ハゲ頭の汗をハンカチで何度も拭きながら吠えまくっていた。
    渋谷の相手をするは、あれから20年経って、コンピューターメーカー武蔵の営業課長、になっていた高氏だ。

    グッドゴムの八重洲本社ビルは古く、特に会議室フロアーは冷房の効きが悪い。
    渋谷の相手をする高氏も、額の毛穴から大粒の汗を飛ばしまくっていた。
    「えーーっ、一本も出荷してないんすかぁ!?、渋谷さん!、そりゃあ、めっちゃ、やばいっすね!」

     グッドゴムは国内に6つのタイヤ工場を持っているが、渋谷はその全てのタイヤ工場のシステム責任者であった。
    一方、同じシステムを担当する立場でありながら、渋谷以下工場システム部門の人間達は、本社情報システム部とは10年以上にも渡って犬猿の仲なのだ。

    だから、Gof(ゴフ)のパソコンへのダウンサイジングを、それこそ、強引に推し進めた本社情報システム部に対する渋谷の恨みつらみは親の敵も同然であった。

    Gofとは、渋谷が神のように慕う上司の大木源(オオキ ゲン)が、20年以上の歳月をかけて大基幹システムにまで成長させてきたグッドゴムの主力、タイヤの生産管理システムの名称だ。

    正式には、
    《ガバナンス オブ ファクトリー・・》
    とか、何とか、
    当時の管掌役員が適当に付けた名前が正式名称らしいが、
    そんな正式名称など、誰も覚えてはいない。
    覚えてはいないのだが、
    グッドゴムの生産管理システムが大木の開発した《Gof(ゴフ)》であることだけは、グッドゴム社内では勿論、タイヤ業界で知らぬ者がいないほど有名であった。

    渋谷はグッドゴム入社以来、大木の下で15年以上もこのシステムの成長に関わってきた。
    そんな渋谷にとって、Gofは自分の子供と何ら変わることがない。
    従って、これを無理矢理パソコンにダウンサイジングさせ、出荷停止という、前代未聞のシステム障害を引き起こした本社情報システム部に対する渋谷の憤懣は、高氏と話し始めて30分以上経っても、なお収まることを知らないのだ。
    「せやからな!、どうしてもパソコンにダウンサイジングするんやったら、主力の府中工場からではのうて、地方の小さい工場から先にやったらどうやて言うてたんや!。それを主力からやって失敗するもんやさかい、どうにもこうにもなれへんやないかぁ!」

     高氏はメモを取りながら渋谷の話を聞いている。
    この後、渋谷の上司である大木に呼ばれているからだ。
    大木は国内6工場だけでなく、海外工場も含む、グッドゴム全工場の生産技術本部長だ。
    高氏は大木から、午前中の会議の様子を渋谷から良く聞いておいてくれと言われていた。
    「出荷が止まってるのは、PC―Gof(ピーシーゴフ)から出荷指示書が出ないからっすよね?」

     PC―Gof(ピーシー・ゴフ)とは、本社情報システム部が強引にGofをパソコンにダウンサイジングして開発した、パソコンによる、新しい生産管理システムの名称だ。

    このようなパソコンへのダウンサイジングはこの当時の世界的な潮流であった。
    グッドゴムは本社情報システム部の主導で、業界に先駆けて、生産管理システムのダウンサイジングに挑戦したものの、初日から出荷停止という、ど派手なコンピューター障害を引き起こしてしまったのだ。

    「そうやねん!。情報システム部とアーノルドがアホタレやから、PC―Gofが糞(ふん)詰りしてからに、出荷指図書をよお出さんねん。せやから、朝も早うから、府中工場の前にグッドゴムのロゴ入れた大型トラックが数珠つなぎやでぇ!。それをマスコミに写真まで撮られて、そいで《Gofのダウンサイジングは失敗ですかぁ?》て、広報はいきなりマスコミから電話取材受けてんのや!。そいで関係者全員、朝の8時から社長に呼び出されて、今の今まで会議で大騒ぎや!」

     アーノルドとは、アメリカの著名なコンサルティング会社のことだ。
    Gofのダウンサイジングを本社情報システム部に強烈に提案し、コンサルティング後も異例のことながらダウンサイジングのSI(システムインテグレーション)、
    つまりパソコンやソフトを調達するとか、
    GOFのプログラムをPC―GOFに移行するとか、
    ハードウエアやソフトのウエアの保守をするとか、
    そこまでやっている。
    そのアーノルドが今回、出荷停止という、ど派手なコンピューター事故を引き起こしているというわけだ。

     しかし渋谷は、汗を拭き拭き、小さな声で付け加えた。
    「しかし、高氏はん、あんたんとこの武蔵はチャンスかもしれまへんな。大木の指示で府中工場はさっきから武蔵のコンピューターに戻して動かしてますしな。出荷指示書もGofから出てるから、もうすぐ出荷もはじまるやろう。幸い、PC―Gofに切り替えたんはまだ府中工場だけや。しかも、念の為ちゅうて、武蔵のコンピューターを全部残して平行本番してて、ほんま、良かったわ。せやから、このままいったらな、ダウンサイジングは中止で、Gofは継続、ヘタレなPC―Gofはお払い箱で、東條のアホタレは首ちゅうことになるかもしれまへんでぇ・・」

     東條のアホタレとは、グッドゴムの本社情報システム部長、東條琢磨(トウジョウ タクマ)のことだ。
    渋谷に言わせれば功を焦ってアーノルドのダウンサイジング提案に飛びついた張本人であり、渋谷が社内で最も敵対視している人物であっだ。

     高氏は武蔵の営業課長だから、渋谷の言う通りGofが残ってくれれば万々歳なのだ。

    でもよぉ・・。

    「でも、渋谷さん、Gofには帝都システムがないっすからね。そう簡単にはいかないっすよね」
    「そこでんがな。それで大木は高氏はんを呼んだんですわ。午前の会議の様子じゃ、10月1日までにGofに帝都システムを作りこんでくれて、そんな話やと思いますわ」
    「えっ!?、まじっすか?。後3ヶ月もないじゃないですか。そりゃあ、かなり厳しいっすよぉ」

     渋谷は汗を拭く手を止めた。
    「高氏はん、10年越しで大木に恩返しをしとくんなはれ!」

    10年越しの恩返しかぁ!、
    そりゃあ、そう言われると弱いよなぁ!。

    次へ
    目次へ


     
     
    1998年、18年在籍したNECを42歳で退職して起業、起業後はCCC、力の源、東芝DL、長崎バスなどの取締役、社外取締役、顧問などを務め、今年、起業して28期目の会社を息子に譲りました。今後は、書き溜めた小説をちびりちびりとnoteに投稿して若返りを図ろうと目論んでいます。

    あなたへのおすすめ