BOGA 第9話 出荷停止②

Gof(ゴフ)は、20年ほど前(1970年代中頃)、国内6ヶ所のタイヤ工場を対象に、GBM社製の汎用コンピューターとそれにつながるGBM社製の端末で稼働をはじめた。
グッドゴムは、この当時、コンピューターに関しては、世界一のコンピューターメーカー、GBM社の単独購買であった。
そこで、当時の生産技術本部は当時の本社情報システム部の指導を受けて、GBM社のコンピューターをGofのコンピューターとして採用した。
それを10年前(1980年代中頃)、大木が中心になって、Gofを動かすコンピューターを、GBM社の汎用コンピューターと無数の端末から、武蔵の汎用コンピューターと無数の端末に、その全てを切り替えてしまったのだ。
この時、高氏は武蔵に入社して4年目で、企業向けコンピューターシステムの営業としては駆け出しの頃であった。
大木が、Gofを動かすコンピューターを、GBM社製から武蔵製に全て切り替えたのは、当時のGBM社が、本社情報システム部管轄の会計、人事、販売物流といった所謂、花形システムにばかりに熱心で、工場システムには何の関心も、何の勉強もしないことに大いに不満だったことがまずある。
それ加えてこの当時、武蔵が持っていたインテリジェント端末という、GBM社にはない優れた端末を、全6工場の標準端末にしようとしたことが切り替えの大きな理由であった。
大木は、本社情報システム部とGBM社の露骨な抵抗に合いながらも、渋谷と一緒にこの切り替えを見事にやりとげてしまった。
その結果武蔵は、グッドゴムの国内6工場に、6台の汎用コンピューターとそれにつながる無数の端末、それにその後の継続的なソフトウエア開発、それに大量のハードウエア及びソフトウエアの継続的な保守という大きな市場を得た。
高氏は、この大型受注、しかも単なる大型受注ではなく、最大の競合会社であるGBM社を追い出して獲得した大型受注の主担当営業として、入社4年目の駆け出しながら、社長賞一級表彰という最高の賞を得た。
一流大学卒が大勢を占める武蔵にあって、超三流大学卒で、しかもキレやすくて喧嘩早い高氏は、武蔵という会社で呼吸をしているだけで奇跡だと言われていた。
特技といえば、高校生の頃から半分プロとしてやっていたギター一本のフォーク演奏という、コンピューターの仕事には何の役にも立たない特技であった。
にもかかわらず高氏は、グッドゴムの大型受注以降、一流大学卒ばかりの同期の先頭を切って昇格していった。
高氏は、口の悪い武蔵の人事通社員から、中央競馬のサラブレッドの中に、道産子みたいな不格好な馬が何故か一緒に走り出し、
《♪居並ぶ名馬をごぼう抜きぃ、いつしかトップに躍り出てぇ♪》
と、随分昔の流行歌《走れコータロー》のような言われ方をされてきた。
つまり、彼等人事通社員の説によれば、高氏は《走れコータロー》の通り、そのうち騎手(上司)を振り落として失格になるはずであった。
それが、今のところ、騎手が何とか乗りこなしているがためにトップを走っているにすぎないと言われていたのだ。
渋谷が、10年越しに大木に恩返ししろという意味は、渋谷から見ても、高氏は愛すべき奴ではあるものの、こんなヤンキー営業ならそのうち失格になるに違いない、
ならば今同期でトップを走っているのは、
何と言っても大木のおかげなんだから、
失格する前に何とか大木に恩返しをしてやってくれ、
そういう意味であった。
しかしなぁ、
帝都システムを3ヶ月でGofに作り込むってぇのは、
かなりな難題だよなぁ。
「渋谷さん、GofはPC―Gofにダウンサイジングされたら除却処分になって捨てられる運命じゃないっすか。だから、武蔵としては現時点で全てを失ってるわけですよ。これがっすよ、10月1日までに帝都システムをGof作り込んだら、Gofは生き残るってことなら、そりゃぁ、俺達、ダメもとなんすから、恩返しとかそういうことじゃなくて、自分達のために死ぬ気でやりますよ!」
「せやろう!。なあ、だから大木がそう言うたら、帝都システムを3ヶ月で何とかがんばってえな!」
この一年前、グッドゴムは、ライバルだった帝都ゴムをM&Aして自社の傘下に入れていた。
このM&Aによって、グッドゴムは、
生産効率の悪いトラックタイヤの生産を帝都ゴムにOEM委託し、
逆に生産効率のいい普通自動車タイヤの生産を帝都ゴムからOEM受託する、ということになっていた。
これによって、グッドゴムは普通自動車タイヤの生産に専念し、帝都ゴムはトラック用タイヤの生産に専念する。その結果、両社の生産効率は飛躍的に向上する。
これがこのM&Aの経営目的であった。
ところが、この生産業務提携を実現させるためには、生産管理システム、つまりGofの改造が必要になる。
帝都ゴムブランドの普通自動車用タイヤを生産するために必要なシステム一式を、Gofの中に作り込まなくてはならないからだ。
この新規に作り込む必要のあるシステム一式のことを、グッドゴム社内では、
《帝都システム》
と総称していた。
ところが、GofはPC―Gofにダウンサイジングされた後には、除却処分、つまり捨てることが経営決定されていた。
そうなると、捨てることになるGofに帝都システムを作り込むことは全くの無駄なので、ダウンサイジングの開発を進めているPC―Gof側に帝都システムを作り込むことになった。
このような状況の中、東條が、社長の結城の威を借りて、要望という名目で、大木に要求してきたのは、分かりやすく言うと以下のようなことであった。
・おまえ達のGofは、捨てるシステムだから帝都システムは作り込まない。
・帝都システムは、今後おまえ達の工場を支配する俺達のPC―Gofに作り込む。
・俺達のPC―Gofに帝都システムを作り込むのは、現在ダウンサイジングSI中の優秀なアーノルドさんが担当される。
・納期は、帝都ゴムとの生産業務提携を開始する10月1日絶対に厳守だ。
・従って、優秀なアーノルドさんは、ダウンサイジングSIと帝都システム開発の両方を抱えておられて非常にお忙しい。
・ついては、おまえ達、暇な生産技術本部と糞生意気な武蔵は、アーノルドさんのダウンサイジングと帝都システムの開発に全面的に協力しなくてはならない。
・但し、野蛮な生産技術本部と糞生意気な武蔵が、優秀なアーノルドさんに直接コンタクトすることは危険極まりないからこれを禁止する。あくまでも従来の通り、俺達、良識ある本社情報システム部を通じてアーノルドさんへの協力を行うこと。
以上。分かったか馬鹿野郎!。
勿論、こんな書き方はしていないし、東條の文書はグッドゴムのエリートらしく、いかにも格調高いのだが、渋谷と高氏が東條の文書を読むと、自動的に脳内で変換されて、そう読めてしまうのだ。
渋谷はこの要望書を高氏に内緒で渡す時、顔を真っ赤にして悔しがっていた。
「東條のアホタレはなぁ!。おまえらのGofはもうすぐ捨てるシステムやさかい、新しいもんは作らせん言うてんのや!。それは俺達がやるさかい、おまえら暇やろうから、あんじょうアーノルドはんに協力せーやて言うてんねん!」
「しかも、俺達には、アーノルドとは直接話すんな!、つうことっすよね!?」
「せや、アーノルドみたいなご立派な外資系の会社は、工場や武蔵のようなコテコテの現場とは、おかしゅうて、直接話なんぞ、ようせんらしいでぇ!」
「悔しいっす!」
そんな渋谷と高氏のやりとりが半年程前であった。
ところがだ。
全6工場の先陣を切ってPC―Gofにダウンサイジングした主力の府中工場が、出荷不能というド派手な事故を引き起こしてしまった。
俄然、ダウンサイジングは止めて、武蔵のGofのままでいいのではないかという空気が、今日の朝から、関係部門の間で入道雲のようにモクモクと発生しつつあったのだ。
これは確かに、武蔵復活の絶好のチャンスだった。
但し、武蔵のGofを復活させるためには、10月1日までに帝都システムをGofに作り込む必要がある。
半年前の東條の要望書に基づいて、Gofには帝都システムが全く作りこまれていないからだ。
「勿論、大木さんから話があったら、俺達、めっちゃ頑張りますよぉ。だけど、渋谷さん、もしやるなら、武蔵は、帝都システムの仕様書作成からはじめるんすよ。これって、きつくないっすか?」
「せやけどな、帝都ゴムとの生産業務提携は、10月1日から一遍にやるわけやないんや。段階的に、普通自動車タイヤとトラックタイヤの生産をお互いが、お互いに、少しづつ、シフトしてゆくんや」
「そんなの運用の話じゃないっすか。生産業務提携のために必要なシステム上の機能は始めっから全機能必要なんすよねぇ。それを、いちから仕様書書いて、プログラム書いて、テストぉ・・・、これで3ヶ月って、どうっすかね?」
渋谷はさすがに黙った。
がんばってくれとは言っているが、その困難さは経験豊かな渋谷が一番良く分かっているのだ。
高氏は話題を変えた。
「大木さんからは、午前中の会議の様子を、渋谷さんから良く聞いておくようにって言われてるんすけど・・」
それを聞いて、渋谷は又元気がよくなった。
「高氏はん、これがやね、拍手喝采の会議やったんや」
拍手喝采の会議ぃ?。
トラブってんのにぃ?、何だ、それ?・・。