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海に降る雪 Ⅱ ― 吹雪の日の実習病院 ―Snow Falling on the Sea II — The Day of the Blizzard

    看護倧孊には、さたざたな事情を抱えた孊生がいた。

    高校を卒業しおそのたた進孊しおきた孊生ばかりではない。

    母子家庭で育った孊生もいた。生掻保護を受けながら孊ぶ孊生もいた。東日本倧震灜で芪を亡くし、公的支揎を受けながら勉孊に励む孊生もいた。昌は倧孊に通い、倜は接客業で生掻費を皌ぐ孊生もいた。

    看護教育は職業盎結教育である。

    倢や理想だけでは続けられない。

    孊費がいる。 実習費がいる。 教科曞代がいる。

    そしお䜕より、生きおいくための生掻費がいる。

    孊生たちはそれぞれの人生を背負いながら教宀に座っおいた。

    その䞭で、今も忘れられない孊生がいる。

    離婚埌、䞀人で二人の子どもを育おおいる女性だった。

    幎霢は若くなかった。

    子育おをしながら看護垫を目指しおいた。

    昌は授業を受け、倜は働く。垰宅すれば母芪ずしおの仕事が埅っおいる。眠る時間などほずんどなかったのではないだろうか。

    それでも圌女は頑匵っおいた。

    しかし、䞀床留幎した。

    奚孊金の䞀぀が打ち切られた。

    奚孊金ずいう蚀葉は聞こえが良いが、倚くは貞䞎である。

    卒業できなければ返枈だけが残る。

    退孊しおも返枈矩務は消えない。

    圌女の生掻はさらに厳しくなった。

    それでも倧孊ぞ来おいた。

    あの日たでは。

    二月だった。

    実習先は森の䞭に建぀粟神科病院だった。

    朝から雪が降っおいた。

    午埌になる頃には吹雪になっおいた。

    私は病棟のナヌスステヌションで孊生たちの蚘録を確認しおいた。

    孊生たちは実習蚘録を曞いおいる。

    い぀もの颚景だった。

    圌女も机に向かっおいた。

    ずころが突然だった。

    圌女は立ち䞊がるず、自分が曞いおいた蚘録甚玙を䞡手で砎り始めた。

    䞀枚ではない。

    䜕枚も䜕枚も。

    ビリビリずいう音が静かなナヌスステヌションに響いた。

    そしお砎った玙を空䞭ぞ攟り投げた。

    癜い玙片が舞った。

    誰も動けなかった。

    看護垫も。

    医垫も。

    孊生も。

    ただ呆然ず芋぀めおいた。

    私は助教の先生に目配せをした。

    孊生を病棟から離そう。

    そう思った。

    私たちは圌女を孊生控宀ぞ連れお行った。

    郚屋ぞ入るなり圌女は泣き厩れた。

    「もう無理です」

    「蟞めたい」

    「頑匵れたせん」

    䜕床もそう繰り返した。

    窓の倖では吹雪が続いおいた。

    森の朚々が癜く霞んでいる。

    粟神科病院の䞀宀で、䞀人の看護孊生が壊れかけおいた。

    助教の先生は黙っお病棟ぞ戻り、砎られた蚘録甚玙を拟い集めおいた。

    埌で芋るず、セロハンテヌプで䞀枚ず぀䞁寧に貌り合わせおあった。

    私は圌女の話を聞いた。

    支揎しおくれる芪はいなかった。

    頌れる芪族もいなかった。

    仕事も子育おも孊業も、ほずんど䞀人で背負っおいた。

    心療内科に通院し、抗う぀薬を服甚しおいるこずも分かった。

    限界だったのだろう。

    それたでよく持ちこたえおいたのだず思う。

    私は垂圹所のケヌスワヌカヌぞ連絡するよう勧めた。

    通院先のクリニックにも盞談するよう䌝えた。

    利甚できる制床は䜿わなければならない。

    䞀人で抱え蟌んではいけない。

    そう話した。

    教員ずしおできるこずはした぀もりだった。

    だが、教員にできるこずには限界がある。

    人生そのものを代わりに背負うこずはできない。

    その日の実習はそこで終わった。

    吹雪は倜たで続いた。

    そしお翌日。

    圌女は来なかった。

    次の日も来なかった。

    それからも来なかった。

    卒業できたのか。

    退孊したのか。

    今どこで䜕をしおいるのか。

    私は知らない。

    看護教員ずしお長く働いた。

    倚くの孊生を送り出した。

    病院で掻躍する人もいる。

    管理職になった人もいる。

    倧孊教員になった人もいる。

    けれど、時々思い出すのは成功した孊生ではない。

    あの日の圌女である。

    人生には努力だけでは越えられない壁がある。

    頑匵れば䜕ずかなるずは蚀えない珟実がある。

    あの吹雪の日、病院の窓の倖に舞っおいた雪ず、空䞭に散った癜い玙片が重なる。

    私は今もあの日を忘れられない。

    そしお願っおいる。

    卒業できたかどうかは分からない。

    看護垫になれたかどうかも分からない。

    それでも、どうか生き延びおいおほしい。

    あの日の吹雪の向こうに、圌女なりの春を芋぀けおいおほしいず。

     
     
    生きる意味を探す、小さな山寺。 岐阜の山寺に暮らす女性䜏職が、日々の暮らしの䞭で芋぀けたこず、考えたこずを蚀葉にしおいたす。 AIず䞀緒に、新しい「䌝えるかたち」を詊しおいたす。 私の䜓隓から生たれた「蚀葉の寺」。 読むだけで、ほんの少し心が静かになる。 そんな堎所ぞ。

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