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【ナノドッツむンストラクタヌ列䌝】ず蚀っお、誰もいなかった

    2018幎、䞀般瀟団法人日本nanodots協䌚を立ち䞊げた。

    協䌚ず蚀っおも、代衚理事の私ず、理事の家内だけだった。

    協䌚ずいうものは、名前だけでは成立しない。
    誰かが賛同しおくれなければ、ただ看板を掲げただけにすぎない。

    たしおや、ナノドッツ。
    ほずんど誰も知らない。
    聞いたこずもないその名前の協䌚に、いったい誰が参加しおくれるのだろう。

    正盎、芋通しはたったく立っおいなかった。

    そんな䞭、家内が䞭心ずなっおモデルハりスで展開しおいた個人事業䞻のコミュニティに、
    「パスゲむトビレッゞ」ずいう集たりがあった。

    そこに参加しおくださっおいた山田文子さん芪子が、ナノドッツの可胜性を感じおくださった。

    そしお、

    「このナノドッツを、どうやっお広めたらいいでしょうか」

    ず、真剣に考えおくださった。

    その時だった。

    山田さんが、

    「ぜひ玹介したい方がいたす」

    ず蚀っお、䞭村由䜳莉さんを連れおきおくださった。

    䞭村さんは、教育関係やマヌケティングの仕事をされおいる方だった。

    あずで知ったのだが、圌女は以前、私の䌚瀟にマヌケティングの提案営業で飛び蟌みに来られたこずがあったらしい。

    倱瀌ながら、その時の私たちは、そのこずをすっかり忘れおいた。
    けれど、向こうは芚えおいおくださったのだろう。

    こうしお、再び぀ながった。

    䞭村さんが最初に提案しおくれたキャッチフレヌズは、

    遊びながら、理数脳を育む

    だった。

    埌で聞いた話だが、
    ナノドッツは仕組みの理解にすごく良い、ず私が力説しおいたらしい。

      たったく蚘憶にないのだけれど。笑

    それを䞭村さんが、芋事にコピヌにしおくださったのだ。

    にもかかわらず、私は少し戞惑った。

    そんなこずを蚀っおいいのだろうか、ず。

    ただ䜕の実瞟もない。
    誇倧広告ではないのか。

    そんな思いが、頭をよぎっおいた。

    けれど、その蚀葉に最初に反応しおくださった方がいた。

    山梚県の、
    わたなべしほさんだった。

    東京の説明䌚で、
    その堎で、

    「むンストラクタヌ、やりたす」

    ず蚀っおくださった。

    誰もいないずころから始たったはずの協䌚に、
    最初の颚が吹いた瞬間だった。

    ── あわせお読みたい蚘事 ──
    ・はじめおの方ぞ藀田順治noteのPathGate College | 䜙癜の歩き方
    ・販売犁止。それでも、私たちがナノドッツをやめなかった理由
    ・逃げなかった男、二枝たかはる
    ・「囜語が恐怖だった少幎の詩を、AIが歌う日」


    連茉䞭のマガゞン
    ▶NANOWORLD 教育ナノドッツ


     
     
    うたく生きられなかった蚘録。 起業、建築、ナノドッツ、F-CON、おうち曞道。詩ず哲孊のあいだを抜ければ、静かに。 A life through failure, poetry and thought.

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