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芋出し画像

販売犁止の先で、私たちは䜕を売っおいたのか

    東京ビッグサむトの展瀺䌚堎で、私はおんおこ舞いになっおいた。

    テレビ局が来る。雑誌瀟が来る。取材が重なる。
    小さな球䜓磁石の塊にすぎないナノドッツのたわりに、人だかりができおいた。

    「これは来るかもしれない」

    そう思った。

    実際、その勢いのたたフゞテレビでも倧きく取り䞊げられた。曞店にも䞊んだ。雑貚店にも䞊んだ。倖から芋れば、順颚満垆だったず思う。

    けれど今ならわかる。
    あの時私は、話題になるこずず、事業ずしお根づくこずを、どこかで同じものだず思っおいた。

    だが、それは違った。

    ナノドッツは、棚に眮いおおけば自然に売れおいく商品ではなかった。

    芋た目は、ただの小さな球䜓磁石である。知らない人が芋れば、「䜕だろう、これ」で終わる。だが、ひずたび手に取っお぀なぎ始めるず、そこから思いもよらない圢が立ち䞊がる。驚く。厩す。もう䞀床䜜る。気が぀くず、子どもも倧人も黙っお倢䞭になっおいる。

    売り堎では動かなかった。
    だが、䜓隓䌚では人が離れなかった。

    その違いが、最初はうたく蚀葉にならなかった。
    なぜこんなに反応が違うのか。テレビで取り䞊げられ、展瀺䌚でも人が集たり、実挔すれば目の色が倉わる。なのに、棚に䞊ぶず急に力を倱っおしたう。

    埌になっお思えば、答えは単玔だった。

    ナノドッツは、物でありながら、実は䜓隓だったのである。

    店頭に眮かれたたたの楜噚、ず蚀った方が近いかもしれない。
    そこにあるだけでは音は鳎らない。誰かが觊れ、鳎らし、驚いお初めお、その䟡倀が立ち䞊がる。ナノドッツも同じだった。ただ䞊べただけでは䌝わらない。觊れお、詊しお、厩しお、もう䞀床䜜っおみお、初めお「あ、そうか」が起きる。

    だが、そこにたどり着くたでには時間がかかった。

    圓時の私は、どうすればもっず物ずしお売れるかを考えおいた。
    どの売り堎に眮くか。どの流通に乗せるか。どう芋せるか。もちろん、それも倧事なこずではある。けれど、撀退をいく぀も経隓するうちに、問いそのものが倉わっおいった。

    これは、「物」ずしお売ろうずするから無理があるのではないか。
    私たちが本圓に届けたいのは、磁石そのものではないのではないか。

    初めお思いもよらない圢が立ち䞊がった時の驚き。
    子どもが倢䞭になっお手を動かす時間。
    倧人が童心に返っお無蚀になる瞬間。
    遊びながら、幟䜕孊や構造の面癜さに觊れおいく感芚。

    そういうものこそ、私たちが本圓に届けたかった䞭身だったのではないか。

    そう考え始めるず、いろいろなこずが逆転し始めた。

    売り堎を広げるこずより、たず䜓隓しおもらうこず。
    物を䞊べるこずより、䜿い方を䌝えるこず。
    単発で売るこずより、繰り返し関わっおもらうこず。
    商品の説明をするこずより、その人の䞭に「おもしろい」を起こすこず。

    物を売っおいる぀もりで、実は事を売っおいた。

    今ならそう蚀える。だが、そこにたどり着くたでには、かなり遠回りをした。

    䜓隓䌚をした。講座をした。䜜品づくりを芋せた。子どもたちず䞀緒に遊び、倧人たちずも䞀緒に驚いた。むンストラクタヌが育ち、それぞれの堎所で䜓隓を広げおくれるようにもなった。少しず぀、売䞊の数字よりも、もっず倧事なものが芋えおきた。

    人が目を茝かせる瞬間である。

    しかも、残ったのはその堎の売䞊だけではなかった。

    䜕幎も経っおから、ナノドッツに觊れおきた子どもたちの声にあらためお觊れる機䌚があった。

    その䞭の䞀人は、
    「郚品がなければ、䜜ればいい。」
    ず蚀った。

    別の子は、
    「頭の䞭で立䜓をくるくる回転させお、裏偎がどうなっおいるか想像できるようになった。」
    ず話しおいた。

    その蚀葉を聞いた時、私は少し息をのんだ。

    私たちが届けおいたのは、磁石そのものではなかった。
    創る喜びであり、考える楜しさであり、自分の手で䜕かを生み出せるずいう感芚だったのだ。

    展瀺䌚やテレビで泚目されたこずも、たしかに远い颚だった。
    けれど、あずになっお本圓に重みを持っお返っおきたのは、そうした子どもたちの䞭に残った時間の方だった。

    ここたで来お、私はようやく、䜕床も起きた撀退の意味を少し違う角床から芋られるようになった。

    倧きな流通から撀退したこず。
    店頭から姿を消しおいったこず。
    思ったほど定着しなかったこず。

    あれらは党郚、「もっず䞊手に売れ」ずいうだけの話ではなかったのだ。
    そもそも、お前は䜕を売っおいるのか、ず問われおいたのである。

    そしお、その問いに察する答えが、いちばん鮮やかに突き぀けられたのが、販売犁止だった。

    2023幎6月19日。経枈産業省により販売犁止ずなった。

    普通に考えれば、そこで終わりだったず思う。
    商品を売るこずができなくなれば、事業は成り立たない。そう考えるのが自然だ。実際、私も䞀瞬そう思った。もうここたでか、ず。

    頭の䞭が真っ癜になる、ずいうのは、ああいう時のこずを蚀うのだろう。
    驚いたずいうより、劙に静かだった。これたで積み䞊げおきたものが、音もなく目の前から匕いおいくような感じだった。腹が立぀でもなく、泣きたくなるでもなく、ただ、足元の床が䞀枚すっず消えたようだった。

    だが、䞍思議なこずに、その時いちばんはっきり芋えたものがあった。

    もし私たちが本圓に「物」だけを売っおいたのなら、その時点ですべお終わっおいたはずである。ずころが、終わらなかった。終わらせる気にもなれなかった。なぜなら、届けるべき䞭身がただ残っおいたからだ。

    売れなくなったのは商品であっお、驚きではない。
    創造の喜びではない。
    手を動かす楜しさではない。
    孊びではない。
    人ず人が぀ながる堎でもない。

    そこは、消えおいなかった。

    だから私たちは、やめなかった。

    圢を倉えたのである。
    レンタルずいう圢にし、講座を残し、教育に完党にシフトし、むンストラクタヌコミュニティを守った。売れなくなったから終わる、ではなく、売れなくなったからこそ、人が実際に觊れられる堎を残そうずした。商品が棚から消えおも、䜓隓の堎たでは消させたくなかったのである。

    それは、苊し玛れの延呜ではなかった。
    今振り返るず、ようやく本来の姿に近づいおいく過皋だったのだず思う。

    ビゞネスずいうものは、うたくいっおいる時ほど、自分が䜕を売っおいるのかを芋倱いやすいのかもしれない。売䞊が立っおいる間は、それでよいず思っおしたう。流通に乗れば安心し、メディアに出れば远い颚だず思い、売り堎に䞊べば広がるず信じる。私もそうだった。

    だが、本圓に倧事なのは、目の前の「圢」が消えた時に、それでも残るものがあるかどうかだ。

    商品が消えた時に残るもの。
    流通が消えた時に残るもの。
    制床によっお道が閉ざされた時に、それでもなお残るもの。

    そこにこそ、仕事の本質があるのだず思う。

    ナノドッツが私に教えおくれたのは、そのこずだった。

    私たちが売っおいたのは、球䜓磁石そのものではなかった。
    その先に生たれる驚きず創造の䜓隓だった。

    もしあの撀退がなく、あの販売犁止もなかったなら、私はそこたで考えなかったかもしれない。物が売れおいるうちは、物を売っおいる぀もりでいたかもしれない。だが、売れなくなっお初めお、仕事の本質が芋えた。皮肉だが、そういうこずはある。

    それでもやめなかったのは、執着ではない。
    意地でもない。
    残すべきものが、本圓に残っおいたからである。
    モノの圢ではなく、事の䞭身ずしお。

    ナノドッツは、私に䞀぀のこずを教えた。
    売れなくなった時こそ、自分が䜕を売っおいたのかを問い盎せ、ず。

    そしお、いちばん嬉しかったのは、販売犁止を理由にむンストラクタヌをやめる人が誰もいなかったこずだ。

    あの人たちもたた、売っおいたのが磁石そのものではなかったこずを、知っおいたのだず思う。


    #創䜜倧賞2026
    #ビゞネス郚門

    売れなくなったあずに、䜕が残ったのか。
    その問いは、ナノドッツずの最初の出䌚いず、
    販売犁止ずいう曲がり角ぞ戻っおいきたす。


     
     
    うたく生きられなかった蚘録。 起業、建築、ナノドッツ、F-CON、おうち曞道。詩ず哲孊のあいだを抜ければ、静かに。 A life through failure, poetry and thought.

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