メインコンテンツへスキップ
見出し画像

ERABUはAIだろ 第10話「イントゥ・ザ・ブラックボックス」|創作大賞2026応募作

    珏10芹
    A long day〜藍のながAI一日編⑩〜
    (6,196文字)

    前回の話↓

    ひぃ
    ふぅ!
    電車の床から曙橋駅のホームに足を置いたその瞬間以降、藍は、走りに走った。

    階段を登り歩道を駆け、ようやっと、wri+iaライティア事務局が入るオフィスビルの下まで。
    時計を見る。
    15時29分。
    (終わった……!
    いや、ここで終われない……!)
    「本日15時30分に貴社へお伺いします」、
    中野の自社を出る直前、wri+ia事務局副局長の渡瀬氏に、そうメールした。
    だがあと1分では着かない。
    朝、歩いたおぼろげな記憶で、その確信が浮かんで、体と一緒に揺れる。
    「やらかした、テツガクしまくりすぎた……」


    「あーっきたきたぁ」

    大きい声が前から響いた。
    視界の焦点を合わせると、エレベーターホールに長身で華やかな女性が立っている。
    午前中名刺交換をした、今回メールをくれた「キャリー」な渡瀬氏だ。
    横にもう一人、長袖ワンピースの女性が立っている。

    画像

    「大変失礼しましたっ、遅れてしまいまして……」
    息絶え絶えで藍がなんとか言う。
    「いえいえいえー!逆にこっちがごめんなさいなので、急なお呼びだて」
    そして隣の女性のほうを少し向いて手で示し、
    「ご紹介しますね!こちら、湧水わきみずのいさんです。
    普段は愛知県にお住まいで、今日、出版社と、あとウチの打ち合わせで来てくださったんです。
    プロの小説家さんです。
    過去にライスタで受賞されて、商業デビューされました」、

    「はじめまして」

    野井さんは伏し目のまま早口で言い、会釈した。

    「はじめまして、永合なごうと申します」

    一瞬迷ったが、藍は名刺を取り出した。

    あっ、と野井さんもカードケースをバッグから取り出し、交換する。

    藍が彼女の名刺を見ると、まず表面に、

    湧水のい
    WAKIMIZU NOI

    と記されていて、各種SNSのQRコードやメールアドレスが印刷されている。
    裏返すと、名前だけで、

    野井湧美
    NOI, YUMI

    とある。
    小説家としては、まだ見かけない名前……だったが、どういうわけか、藍にはその名前とルックスとに、何か既視感があった。

    エレベーターに3人で乗り込む。
    渡瀬副局長だけが喋っていて、藍と野井さんが頷く構図。

    「おふたりのことは本当は後で、流れで引き合わせるつもりだったんです。でも、同じ時間に来てくれることになったでしょ。なので、2回降りて上がってするより1回で2人まとめて、って感じで!」

    「はい……」

    「着いたらですね、ちょっと野井さんには会議室1、いや3かな、で待ってていただいて、先に、永合さんと私が打ち合わせをね、させていただいて」

    「はい……」
    「はい……」

    7階に着くまでの間ずっと、藍と野井は二人で「SAYはいマシーン」と化す。
    一瞬、出がけに佑都くんが描いたあのロボを藍は思い出す。
    が、
    (イヤイヤソウイウコトジャナイ!)
    と思い直す。



    藍は、廊下に面する側がガラス張りの小ぶりな会議室に通された。
    ロの字型にされた長テーブルの角のところに座る。
    渡瀬氏も、その角の反対に座る。
    近い。
    (なんだなんだ、なんだか密談めいた距離感ですぞ……)、

    「永合さん、なんか、なんだろ、
    『自分、めちゃくちゃ面白いポジションにいるんじゃ……』
    なんて、思ったりしませんか?」

    「あ」、
    藍は思わず声を出した。
    「……ちょっと、正直、思いましたそれ」、
    「でしょでしょ!」、
    ニッと笑いながら渡瀬氏が言う、
    「AIのインパクト、ねぇ、もうほんと。産業……、経済活動のあらゆる領域で、みんなぐいぐい呑まれている真っ最中で、しかも文学、表現、そこはド直撃でね。
    wri+iaうちで扱うサービスも、根本、変わらざるを得なくって。
    もう、おととしぐらい前からはじまっていて、でも去年、2025年がその大きな波だったのかな。某投稿プラットフォームで、AI生成小説が大量投稿されて、ランキング1位を獲って物議を醸した、アレも去年よね。
    アレで、書く側も読む側も、けっこう空気変わったじゃないですか。
    それでこの春以降のエージェントAIでしょ。もう、もう!すごいことになってる」
    「本当に……」、
    藍はうなずいて、それで自分の中のギアを上げた。
    「それで、わたしの契約についてなのですが」
    自分が選んだことは通るのか。うわずりそうになりながら言う、
    「普通に、御社の契約の統制下に、入れたらなって……。羽冨はとうと、村倉両名と同じ内容で、です。NDAも結びます、普通に。
    ……その、なんでしょう、妙な感じに気を遣われるのが、自分としてちょっと、本意ではなくてですね。社内でも、こちらでも……」
    「……うん、そっか、なるほど」
    渡瀬氏は、そこで初めて少しだけ、笑うのをやめた。
    「いろいろ考えて来てくれたのね。それは、藍さん自身の意見かしら?つまり……」、
    「はい。羽冨や村倉は、なんだかんだ、わたしに気を遣ってくれてしまうので……」
    「それはね、可愛いもんな!永合さんは」
    「や、可愛いとかじゃないんで……。これまで生きてきて重々わかってますし、そういうんじゃないかと……」、
    「全然可愛いよぉぉ!」、
    その笑顔で、渡瀬氏もギアを上げたように藍には思えた、
    「私が今回ご提案したいな、って思ってたのは、その少し逆のことなのね、少しというか、ちゃんと逆」
    「ちゃんと逆」、藍は繰り返す。
    「永合さんを、羽冨社そちらのエンジニア、プログラマーかな?ともあれ、担当の方。
    としてだけっては、とらえていなくてね。
    こうしてお会いできたのは、もちろん、契約の相手型候補としていてくださったからですが、wri+iaで書いてくださっていると知り、ごめんなさいね、実はお名前から記事に当たって、読ませていただいたの。
    公式に、非公式で覗かれたみたいで、イヤよね、ごめんなさい」
    「いや、まあ……」、
    「それで!とてもいいなと思いました、読む記事読む記事、芯があるし、面白いし、あとやっぱり可愛いし」
    「……えっと。ありがとうございます」
    「もちろん、ERABUの開発、保守、そこは羽冨さんとの契約で進みます。でもそれとは別に、永合さん個人とも契約をお願いしたいんですね、永合藍さん……『いんでぃごどり』さん、その中の人、管理運営者として、かな」
    「はぁ……」、
    「そのための特別あつらえの契約書もね、いまここに、持ってきていまして」、
    渡瀬氏はそこで初めて手元の書類に手をやった、
    「契約名としては、『創作評価機能に関するモニタリングおよび助言業務委託契約』、となるんだけど……ざっくり言っちゃえば、wri+iaというプラットフォーム、提供サービスへのモニターさん、兼、アドバイザーかな」
    「はい……」、
    新しい展開に、アジャストさせようと藍は脳をぐるんぐるんブン回す。
    「でね、大事なこととしては……、
    永合さんが、発注内容や金額を決めるような場面は、契約としても実体としても……、もちろん検収も、ベンダー評価も、個別作品の選考も、そういう利益相反しちゃう系の一切は、関わっていただきません。それらは完全に外します」
    渡瀬氏は、書類の該当箇所を指で示す。
    「永合さんにお願いしたいのは……、ズッコケられちゃうかもしれませんが、ERABUだったり、ともかくAIシステムを使って『何をどこまでやるか』、社内うちでいま、最終的な調整、合意。……ついていないままなんですね。
    もう御社と契約寸前だっていうのに」。
    「……あっ、そのこと自体は」、藍は言う、
    「こちらの業界的にはめずらしくないことといいますか、一種、あるあるです。
    ニーズがあって、『おたくでやってよ』だけ契約交わして、そこから、やれることやれないこと、技術的にとか既存システムとの噛み合いだとかの諸条件に照らしてですね、しっかり検証して、協議して、共同開発していきましょうよ、という進め方も……」、
    「そうかもしれませんね」、
    渡瀬氏が自重気味に笑みを浮かべる、「けれど、今回はぜんぜん、ゆっくり話し合ってる時間がないのが、大問題でね」。
    藍はそこで思い出す。
    たしかに、ライスタの募集開始は、例年9月だ。
    いまが6月上旬で、3ヶ月で更地サラから開発、検証、公開β版なしで本運用というのは……、既存ERABUの基幹的システム自体はある、とはいえ、ライスタ用にそもそものゲートの思想から始めて「ほぼ別物」へと組み替え、検証、公開β版なしで本運……、
    うん。まあまあ、ギリギリかもしれない。


    藍は契約書に目を落とす。
    甲、乙。
    乙は、この紙の上では、羽冨ケーセズバイケーではなく、藍その人。
    委託業務……、守秘義務……、権限の制限。

    指でなぞって読んでいると、渡瀬氏が立ち上がり、座る藍の後ろに回り込んで、身をかがめた。
    そしてある箇所で鋭く言った、
    「それ!」
    「はい!」、藍は指を止めた。
    「それがライスタの件です」
    藍は、呼吸も止めた。
    「永合さん、いんでぃごどりさんは、ライスタに応募してくれてかまいません。
    むしろ、検証の意味も含め、ぜひご応募いただきたいのね。なので逆に、応募も契約に含んじゃってる感じで。
    ただ……、最終的に、受賞の資格は、ごめんなさい、ないのね」

    「資格は、ない」、

    「応募はできる。当然、ご自身の記事として掲載され、読まれる、普通どおりに。でも、最終的に選ばれる対象からは外れちゃうの。そこは、本当に申し訳ないです」

    藍は資料の文字を見た。


    【wri+iaスターズ大賞への応募および受賞資格】

    「乙は、本契約期間中においても、甲が運営する投稿サービス「wri+ia」上で開催される「wri+iaスターズ大賞」(以下「ライスタ」と言う。)その他これに類する公募企画に、自己の創作物を応募することを妨げられない。

    前項の定めにかかわらず、乙は、当該公募企画における受賞、入賞、特別選出、編集部推薦その他これらに準ずる選考上の利益を受ける資格を有しないものとする。」



    「作品って」、渡瀬氏が言う。
    「最後のところは結局、作品が持つ、”力”オンリーです。放つパワーとか、魅力。それが飛び抜けているか。誰かにお金を出させる力があるものかどうか。
    そこは見るべきプロたちが見て、議論しあって、価値を見積もるパート。
    だから本当は、永合さんの作品も選びたいんです、そういう力がある一作ならば。
    でも、選考システムの中身に触れる人が、受賞してしまうことはできない。そこは、線を引かざるを得ないのかなって……ただ」、
    無言でいる藍をちらっと見た上で、渡瀬氏が続ける。
    「むしろ、私共として見たいのはね、システム開発の当事者でもある書き手が、自ら設定したゲートに引っ掛からないための書きぶりを、どう選ぶのか」
    「なるほどですね……」、
    藍は、マンダムポーズをとろうとして、動かしかけた手の甲にぬるい感触を覚えて、あれっと思った。
    「んっ?」
    ひっかくみたいに、自分の頬に触る。
    左手親指で、右手の甲を撫でる。
    濡れていた。
    「え、あれ……すいません」
    一滴、落ちた。
    「……わたし、なんで泣いてるんだろ」
    渡瀬氏は、何も言わなかった。
    立ち上がって、遠くの棚にマグネットで付けてあったティッシュケースをはがし、テーブルに置いた。
    「すいませんっ……」、
    藍は一枚取り、目元を押さえた。
    いつのまにか泣いている自分に驚いた。
    こんなふうに泣いたおぼえは、ちょっとない。



    今年、あるいは、この先、ずっとか。
    ライスタを諦めることは、ここまでずっと、かなり、考えてきたつもりだった。
    来る前にテツガクした主要テーマの一つでもあった。
    そして、ふんぎりがついて、大丈夫なはずだった。
    ティッシュで、涙の筋が消えるように念じながら、頬をゴシゴシと拭く。
    それをしながら、二年前、はじめてライスタに向けて書いた作品のことを思い出した。
    何人かの人が熱弁していた。
    「ライスタはお祭りだから!」
    去年、初めて一次選考を通った時の、画面を見た興奮。
    最終に残れなかったブルー。
    自分だけじゃない。
    仲間のwri+eerさんたちの反応。
    励ましあったり、讃えあったりのコメント。
    「もうこれで閉じます」とアカウントを消してしまった、仲良くしていたwri+eerさんのこと。
    「彼女の分も私がやるんだ!」と意気込んだ瞬間のこと……、
    よぎる、過去の情景が、どっと。
    堪える。
    でも、もちろん、忘れはしない。
    越えていくべき何かではない。
    「別の形で、みんなを守る」をやるんだ。


    「……すいませんでした、はい、大丈夫です」、
    藍が顔を上げる。
    「ごめんなさい、残酷なことよね」、
    渡瀬氏は座ったまま頭を下げ、書類を一度そろえた。

    「内容に同意いただけるなら、この場で電子署名できます。控えはあとでメールで届きます。羽冨社長様と村倉チーフ様には、三者覚書と、羽冨社側の兼業承諾、情報隔壁の確認を別途メールで回します」

    「情報隔壁」、
    藍がおうむ返しする。

    「そう。永合さんは、wri+ia事務局側の内部会議すべてに入るわけでは当然なくて。
    羽冨社側の原価や見積、検収にも関与しません。個別応募作も見ません。『システム導入で何をどうするか』のルール策定、確定への関与、助言。かなり、そこ限定です。
    極端な話、今日このあと決まれば、今日だけってなりますし、まぁ、そうはいかないでしょうけど……」、
    「今日だけ!」、
    藍は反応する、「まるで日雇いスポットバイト」
    「スキマバイト的なね」、渡瀬氏も笑う。
    「そうなったらお互いサイコーだけどねえ」
    「あっ」、藍は重大なことに気づく、
    「社長にいちおう、お伺いを立てます」、
    「どうぞどうぞ、それが良いね」、渡瀬。


    それで藍は羽冨、村倉の3人グループPINEに
    [いまwri+iaにいまして、個人契約の内容、ほぼ仰っていた通りで驚きました
    もし話合いの結果、契約自体が飛んだら]
    [辞表を出します……]
    すると秒で羽冨から返信。
    [あ、そのへんの契約判断は永合さんじゃなく、僕の判断って思ってくれればへーきで!
    [なのでここは、超レア状況を超楽しんで]
    [書く人たちにベストな選択でやってくれちゃって構わない!]
    (うーん、マンダム超えて、ありがたや……)、
    藍の胸からお腹にかけて、あたたかい気分が巻き起こる。
    結局羽冨に甘えている自分に不甲斐なさも感じつつ、いつか独立して誰かを雇うなら、こういうボス子になりてぇなと思った。
    また鼻がツンとしたが、ここは堪えられた。


    藍は指を動かす。
    名前を書きながら、浮かんでいた思いの泡。

    (「ちゃんと逆」、なんて言ってたけど……、
    そっか。
    「応募できないと思いきや、できますよ」、の意味か。
    でも最後の「受賞」の門は、閉じていて。
    それって、「ちゃんと逆」じゃないよなぁ。
    むしろ、「ちゃんと残酷」だって。
    でも……、うん、それでも……)、


    署名が完了した。
    渡瀬副局長は立ち上がり、少し後退して藍に正対し、深々と一礼した。
    「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
    藍もガタッと立ち上がり、
    「よろしくお願いいたします」。
    「よーし、じゃあ永合さん、ちょっくらバイトだバイト!
    野井さんたちがいる部屋へ移りましょ」
    「はい」
    藍は力を込めて言った。

    (第11話へ続く)

    この物語はフィクションです。実在の団体・事象・人物等とは一切関係がありません。
    構成や執筆補助(壁打ち、知見)にAIを利用しました。

    #創作大賞2026
    #お仕事小説部門
    #ERABUはAIだろ#中編小説
    #AI#思考実験#もし自分だったら

     
     
    X他SNSを山本蛇内名義で使ってません。なりすまし垢通報願います😭HN読み「やまもとじゃない」。本名は山本じゃないです、全国約102万人強の山本姓誰かじゃないです。 昭和49年まれ、フォーティーナイナーズを自称。 「心の遊び、心に遊び」などと申しながら、書きますぜ_φ(・_・

    あなたへのおすすめ