
「15歳で1人でニュージーランドへ留学するなんて、寂しくないの?」
「15歳で1人で留学するなんて、寂しくないの?」
これは、私がニュージーランドに来てから何度も聞かれた質問だ。日本の友達からも、親戚からも、時にはニュージーランドの人にさえも。
正直に言うと、答えは「寂しいときもあるし、でも寂しさだけじゃない」だ。
留学というのは、ただ英語を学ぶ場所ではなく、生活そのもの。友達、食べ物、学校、ホストファミリー、文化…すべてが一気に変わる。だから、寂しさを感じる瞬間は確かにある。でも、その寂しさがあるからこそ得られる気づきや強さもあると今は思っている。
最初の1か月、部屋にこもった月
留学生活の最初の1か月。
飛行機から降りて、空港でホストファミリーと出会ったときは「やっと来たんだ!」と胸が高鳴った。でも家に着いた途端、知らない部屋、聞き取れない英語、わからないご飯。日本の当たり前が全部なくなって、心の奥からドッと疲れが押し寄せてきた。
その夜、日本にいる友達のSNSを見てしまった。みんな制服を着て、楽しそうに放課後を過ごしている。私は見たこともない町のベッドの上で1人。寂しさが一気に爆発して、涙が止まらなかった。
「なんで私はここにいるんだろう?」
「どうして普通の高校生活を選ばなかったんだろう?」
頭の中でそんな問いがぐるぐる回った。
あのときの心細さは、たぶん一生忘れない。
寂しさを隠すのではなく、受け入れる
留学を始める前、私は「私は強いから大丈夫!寂しくなんてならない」と思っていた。けれど実際に現地に来てみたら、強がりでは乗り越えられないほど心細くなる瞬間があった。
でも、そこで学んだのは「寂しい気持ちを否定しない」ということ。
人間は1人では生きていけないし、15歳で親元を離れていれば当然寂しい。むしろ「寂しくない」方が不自然なのかもしれない。
私は少しずつ、自分の気持ちを受け入れるようになった。たとえば夜、部屋で泣いてしまった日があっても、「これも留学の一部だ」と思うことにした。すると少しだけ心が軽くなった。
刺激と寂しさの関係
ここで気づいたのは、「寂しさ」って単純に「家族がいないから」だけで決まるんじゃない、ということだ。むしろ、毎日の生活にどんな刺激があるかで大きく変わってくるのだと思う。
たとえば、新しい友達ができたり、授業でわからなかったことが少しずつ分かるようになったり、初めての文化に触れて心が動いたりする。そんなふうにポジティブな刺激が強いときは、家族がいなくてもあまり寂しさを感じない。毎日が新しい体験でいっぱいで、気づけば「今日はこんなことがあったんだ!」という気持ちで頭の中が埋まっているからだ。
でも、生活に慣れてきて刺激が少なくなったとき、ふと心に余白ができてしまう。そのときに、ふいに「日本の家族に会いたいな」「友達とご飯を食べたいな」と寂しさが押し寄せてくる。最初のころのドキドキが落ち着いたからこそ、静かに顔を出す寂しさがある。
逆に、刺激が悪い方向に強いときもある。ホストファミリーとうまくいかなかったり、学校で孤独を感じたり、思うように英語が通じなくて落ち込んだり…。そういうマイナスの刺激が強いときは、寂しさが一気に大きくなる。心がざわざわして、「なんでこんなに頑張ってるのに分かってもらえないんだろう」と孤独感が倍増するのだ。
こうして振り返ると、留学中の寂しさは家族の不在そのものではなく、日々の刺激の種類と強さによって姿を変えていくものだった。
寂しさがくれた出会い
不思議なことに、寂しさがきっかけで人とつながれたこともある。
ある日、学校のバス停で1人で座っていたら、同じ制服を着た子が「Where are you from?」と話しかけてくれた。最初は緊張して何も言えなかったけど、それでも彼女は笑って「See you tomorrow!」と言ってくれた。その一言がすごく嬉しくて、胸があたたかくなった。
また、ホストファミリーに「ちょっと寂しい」と正直に言ったとき、「It’s normal. We are here for you.」と抱きしめてもらったこともある。あの瞬間、「あ、私は1人じゃないんだ」と安心できた。
もし寂しさを隠していたら、こういう出会いや支えを受け取れなかったかもしれない。
「寂しくないの?」への私の答え
だから改めて聞かれたら、私はこう答える。
「寂しいよ。でも、その寂しさがあるからこそ、強くなれるし、人の優しさに気づけるんだよ」
日本で普通に過ごしていたら、きっと気づけなかった気持ち。寂しさを経験することで、当たり前に一緒にいてくれる友達や家族の大切さを実感できた。
そして何より、「1人でも生きていける力」を少しずつ身につけられている気がする。
15歳で1人ニュージーランドに留学すると、確かに寂しさはある。最初は泣く夜もあるし、「帰りたい」と思うこともある。だけど、その気持ちを受け入れて、少しずつ前に進むことで、寂しさは「弱さ」ではなく「成長の種」になる。
寂しさを感じるかどうかは、家族がいないからという単純な理由ではなく、留学生活の刺激がどんなふうに心に作用するかで変わる。ポジティブな刺激に夢中になっているときは強くなれるし、慣れて刺激が薄くなるときや、マイナスの刺激があるときは寂しさが大きくなる。それも含めて「留学のリアル」だ。
だから、「寂しくないの?」と聞かれたら、私はこう言いたい。
「寂しいのは当たり前。でも、その先にしか見えない景色があるよ」と。