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小さな職人アイリス 第十一話 ふたりのダイニングテーブル

    あらすじ 森のはずれの小さな工房で、手のひらにのる家具を作りつづける、ヨツユビハリネズミの職人アイリス。森のだれよりも小さな体を、だれにも真似のできない仕事に変えて、三十年。やがてその小さな家具は「petit.continue」という名前をもち、たくさんの人の暮らしのそばへ、とどいていきます。けれどアイリスには、だれにも言えない、ひとつの心のこりがありました。三十年前、なにも告げずに去った、あの工房。感謝を伝えられないままの、あの人。――これは『工房の小さな探偵 ハリネズミのヘンリー』のもうひとつの物語。小さな職人の、三十年の物語です。

    それから、しばらく、アイリスは、しごとを、しませんでした。

    のみを、にぎっても、手が、うごかないのです。ポピーは、なにも、たずねずに、ひとりで、工房を、まもりました。注文のことわり状を書き、道具の手入れをし、そして、まいにち、あたたかいスープを、こしらえました。

    ある晩、ポピーが、言いました。

    「アイリスさん。わたしたちの、ダイニングテーブル、そろそろ、ぐらぐらしてきました。新しいのを、作りませんか。――ふたりで」

    アイリスは、顔を、あげました。

    工房のすみの、古いテーブル。ポピーが来てから、まいにち、ふたりで、ごはんを、たべてきた、ちいさな食卓です。なるほど、脚が、くたびれています。

    「……そうね」

    ひさしぶりに、声が、出ました。


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    ふたりは、いっしょに、木どりを、しました。アイリスが、けがき、ポピーが、ひく。アイリスが、けずり、ポピーが、みがく。

    手をうごかしていると、ふしぎなもので、心も、すこしずつ、うごきはじめました。

    天板を、あわせながら、アイリスは、ぽつりと、話しはじめました。むかし、大きな工房に、いたこと。血のつながらない、兄がいたこと。そのひとに、なにも言わずに、出てきてしまったこと。ありがとうの、ひとことが、三十年、言えないままだったこと。そして――もう、言える相手が、いないこと。

    ポピーは、手をとめずに、ぜんぶ、ききました。それから、しずかに、言いました。

    「アイリスさん。ごはんの席って、ふしぎですよね。テーブルをかこむと、いない人のことも、いっしょに、ごはんをたべてる気が、しませんか。わたし、死んだおばあちゃんと、いまでも、ときどき、いっしょに、たべてます」

    アイリスは、ポピーの顔を、見つめました。

    「いない人とも、テーブルは、かこめます。……いまからでも、おそくないことって、きっと、あるとおもいます」


    あたらしいダイニングテーブルが、できあがった夜。

    ふたりは、あたたかいシチューを、はこんで、まっさらな天板を、かこみました。木の香りが、まだ、ほんのりと、たちのぼっています。

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    アイリスは、スプーンを、おいて、窓の外の、遠い夜空を、ながめました。

    あの工房は、いまも、あるのです。あの人は、いない。けれど、工房の戸を、まいばん、しめてまわっていたという、あの人の、その手が、まもりつづけたものが、いまも、あの森のはずれに、たっている。甥ごさんという人が、あの葡萄を、彫りついでいる。

    そして、あの家具たちも――わたしが、手のひらを、あてて、まわった、あの家具たちも。

    「ポピー。わたし、行こうとおもう。三十年ぶりに、あの工房に。おまいりをして、それから、いまの親方さんに、ちゃんと、名のって、あたまを、さげてくる」

    ポピーの目が、まんまるに、なって、それから、くしゃりと、わらいました。

    「はい。いってらっしゃい。工房は、わたしが、まもってます」

    新しいテーブルの上で、シチューの湯気が、ゆらゆらと、たちのぼっています。三十年、うごかなかった時間が、その夜、ことりと、ちいさな音をたてて、うごきはじめました。

    (第十二話へつづく)

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    静岡市にある家具メーカー松永工房の職人です。自社の家具と絵本を調和させた投稿をしています。多くの人に興味を持ってもらえると嬉しいです。ここ数年1\3サイズのミニチュア家具【Petit.Continue】プティ・デュ・カンティーニュ展開中です。

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