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【167】 小仏峠の狸和尚

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    (写真は高尾山から望む富士)

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    いわゆる狸和尚の話は、鈴木重光君の『相州内郷うちごう村話』の数ページが、最も新しくかつ注意深い報告である。同君の居村附近、すなわち小仏こぼとけ峠とうげを中心とした武相甲の多くの村には、天明年間に貉むじなが鎌倉建長寺の御ご使し僧そうに化けたという話とともに、描いて残した書画が多く分布している。

    鈴木君が自身で見たものは、東京府南みなみ多摩たま郡加住かすみ村大字宮下にある白沢はくたくの図、神奈川県津つ久く井い郡千ち木ぎ良ら村に伝わる布袋ほてい川渡りの図であったが、後者は布袋らしく福々しいところは少しもなく、なんとなく貉むじなに似た顔にできていた。

    書は千木良の隣の小原町の本陣、清水氏にも一枚あった。形は字らしいが何という字か判わからなかった。それよりも更に奇怪きっかいなことは、この僧が狗に噛み殺されて、貉むじなの正体を顕あらわしたと伝うる場処ばしょが、或いは書画の数よりも多いかと思うくらい方々の村にあることである。

    また建長寺の方でもこの事件は否定せぬそうだ。ただし貉が勧化かんげの使僧を咬かみ殺して、代ってこれに化けたというかちかち山式風説は認めず、中途で遷化せんげした和尚の姿を借りて、山門再建の遺志を果したという他の一説の方を執とっており、現に寺にもその貉の書いたものが、二枚も蔵しまってあるというのは、すこぶる次に述べる文福ぶんぶく茶釜ちゃがまの話と似ている。

    『山の人生 一二 大和尚に化けて廻国かいこくせし狸のこと』
    (柳田國男)

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    さすがは柳田國男。私如きが疑問に思うことなどは、百年前に調べている。小仏峠の狸の置物には謂れがあったのだ。

    ちなみに「白沢はくたく」とは、「【078】 件(くだん)とクタベ」で紹介済みだ。

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    Amazon Kindle でトリに関する本や写真集を出版しています。 昭和後期のサブカルチャーの研究をライフワークにしています。

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