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【168】 狸と同棲する人妻

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    (*写真は最上川)

    *

    山形県最上もがみ郡ぐん豊田とよだ村むらに沓澤くつざわ仁蔵にぞうと云う行商人があった。仁蔵は壮わかいに似あわず、家業に熱心で、毎日のように村から村へと行商に出かけて往った。其の仁蔵には直なおと云う近隣で評番ひょうばんの美しい女房があった。

    それは昭和七年の二月のことであった。仁蔵は平生いつものように家を出て往いったが、どうしたものか其の日も其の翌日も、また其の翌日も帰って来もしなければ、手紙も送って来なかった。女房の直は心配して心あたりを探して歩いたが、何処どこへ往ったのか判らなかった。

    其のうちに四月になって、山々の雪が解けかけたところで、仁蔵がひょっこりと帰って来た。直は仁蔵の顔を見るなり、

    「まあ、おまえさん」

    と云って、仁蔵に取りすがって泣いた。仁蔵は良い商売があったから、さきからさきへ往っていたと云って、もうけたと云う金を出してみせた。直はそれで安心した。仁蔵はそれからまた行商に往ったが夕方にはきっと帰った。

    其の日も平生のように帰って来たので、すぐ夕飯にして二人で楽しそうに食事をしていたところで、ふいに表の障子を蹴けやぶるようにして飛びこんで来た者があった。それは一方の手に棍棒こんぼうを持っていたが、飛びこんで来るやいなや仁蔵を撲なぐりつけた。

    「な、なにをする」

    直は驚いて無法むほう漢ものに立ち向った。其の無法漢は仁蔵に生写いきうつしの男であった。

    「あ」

    直は眼を睁みはった。直は倒れている所夫おっとの仁蔵を見た。其処そこには所夫のかわりに一匹の大きな狸が血まみれになって倒れていた。

    直が四月以来同棲していたのは狸であった。

    一方行商に出ていた仁蔵は、夢遊病者のようになって彼方あっち此方こっち歩いていて、やっと気が注ついて帰って来たところで、女房の直が大きな古狸と睦むつまじそうに飯を食っているので、棍棒を執とって飛びこむなり狸を撲り殺した。

    直は其の夜から病気になって寝ていたが、間もなく死んでしまった。

    『狸と同棲する人妻』(田中貢太郎)

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    Amazon Kindle でトリに関する本や写真集を出版しています。 昭和後期のサブカルチャーの研究をライフワークにしています。

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