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【211】 狐の渡

    【このブログの目次はこちら】

    (写真は科野の国の犀川)

    *

    むかし、一人の旅人が、科しな野のの国に旅して、野の路みちを踏みたがへ、犀さい川がはべりへ出ました。むかうへ渡りたいと思ひましたが、あたりに橋もなし、渡も見えず、困つてをりますと、

    「もうし、旅のお人。」

    といふ声がします。

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    見ると、いつどこからとも知らず、一人のうつくしい顔した子どもが舟をこぎよせてゐるのでした。

    「渡しのコン助すけといふものだが渡しの御用はないかな。」

    といひますので、

    「御用は大有りだ。早くわたしてくれ。」

    と旅人は舟にとび乗りますと、子どもは艪ろをたくみにあやつつてむかう岸へつきました。舟をおりようとして、旅人がひよいと見ますと、へさきに立つてゐる子どもの尻しりべたから、長い尻しつ尾ぽが垂れてゐました。

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    なんだ、狐きつねなのか、未熟な狐めが化けそこねてゐるわい、と旅人はをかしくなつて、舟を下りました。岸べりに、はびこつてゐる、葛くずの葉を一枚むしりとつて、何げない顔で、狐の前にさし出して、

    「さてコン助さんとやら、渡し賃に小判一両あげる。さあさ、遠慮なく受けとりな。このあたりには、よく狐めがゐて人を化ばかすといふ噂うはさだが、わしは狐ぢやない。葛くずの葉を見せ変へて、小判だなんといはぬから、よくあらためて受けとりな。さあさ。」

    コン助は、えらく恐入つたやうすをしてゐましたが、きふに、旅人の手から葛くずの葉をもぎとるやうにして、ぷいとすがたを消してしまひました。そのあとで、旅人は、ひとり大笑ひしました。

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    それから、旅人は道をいそいで、夕方宿場へつきました。宿をとらうと思ひまして、目にとまつたはたご屋の門をくゞりますと、宿のあるじは旅人のすがたをつくづく見て、

    「さきほど、お知り合の方だと申されて、うつくしげなお子供衆から、これをおあづかりしました。」

    といつて状箱のやうなものを出しました。

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    「わしは、この辺には知り合なぞない筈はずだ。人ちがひではあるまいか。」

    とふしんに思ひながら、その状箱のやうのやうなものをあけてみますと、

    サツキハ、バケソコネテ、ヲカシカツタダロ、コバンハ、カヘシテヤルヨ、コンスケ。

    としたゝめて、みごとな小判が一枚入つてゐました。

    さては渡わたしの狐であつたのかと、旅人は合点して、小判を火にあてましたところ、めらめらと焼け失うせてしまひました。おどろいたのは、宿のあるじでしたが、旅人から狐の話をきいて、一しよに大笑ひしました。

    狐の手紙は、あるじがもらひうけて、家の宝にしてあるとかいふ話であります。

    『狐の渡』(土田耕平)

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    Amazon Kindle でトリに関する本や写真集を出版しています。 昭和後期のサブカルチャーの研究をライフワークにしています。

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