メインコンテンツへスキップ
見出し画像

「生きづらい。」……ほんとにそう?「こうあるべき」が多すぎる

    「なんだか、生きづらい。」

    そんなふうに感じることはありませんか?

    ちゃんとしなきゃ。

    頑張らなきゃ。

    人に迷惑をかけちゃいけない。

    良い母親でいなきゃ。

    人の役に立たなきゃ。

    嫌われちゃいけない。

    失敗しちゃいけない。

    幸せにならなきゃ。

    気づけば、私たちの中には
    たくさんの「こうあるべき」があります。

    ひとつひとつは、悪いことではない。

    むしろ、

    「ちゃんとしよう」
    「人に優しくしよう」
    「迷惑をかけないようにしよう」

    という、誰かを思いやる気持ちから生まれたものもあります。

    でも。

    それがたくさん重なったら?

    そりゃ、疲れるよね。

    だから私は、ときどき自分に問いかけます。

    「生きづらい。」……ほんとにそう?


    🌿その「こうあるべき」は、どこから来たんだろう

    以前、公園で息子が初めて会った子たちと遊んでいたときのことです。

    おやつの時間になって、息子が私に言いました。

    「ママ、おやつ食べたい」

    そして、

    「この子たちの分も買ってきて」

    と。

    息子は、

    「みんなで食べたほうが楽しいじゃん」

    と言いました。

    そのとき、私はなんだかザワザワしました。

    「え?
    うちの子じゃないのに、なんで私が買うの?」

    って。

    今思えば、たったそれだけのことなんです。

    でも、どうして私はそんなふうに感じたんだろう?

    そこで、その感情を少し紐解いてみました。


    👦「うちの子」と「よその子」

    子どもの頃。

    母から、

    「自分でお金を稼いでもいないのに、人に物をご馳走してはいけない」

    と叱られたことがありました。

    そして、祖母もよく、

    「うちの子」と「よその子」

    という言い方をしていたことも思い出しました。

    祖母は、母が知り合いの子どもを面倒見るために家に招き入れるのが嫌だったのです。

    「ああ……」

    そこで、少し腑に落ちたんです。

    私は昔から、

    「自分のものを、よその人に簡単に与えてはいけない」

    「よその子はうちの子じゃないから、物を与えたりしちゃいけない」

    という感覚を持っていたのかもしれない。

    だから、息子に「みんなの分も」と言われたとき、

    「なんで?」

    というザワザワが出てきた。

    今起きていることだけではなく、

    過去に受け取った言葉や、そのとき感じたことが、今の私の反応にもつながっていた。

    そんなふうに気づきました。


    🌿感情をなくそうとしなくていい

    私は、こういうときに、

    「そんなことを思っちゃダメ」

    とはしません。

    「あのときの私、嫌だったんだな」

    「怖かったんだな」

    「悲しかったんだな」

    「そう感じていたんだな」

    と、まず認めてみる。

    そして、

    「この感情は、いつからあるんだろう?」

    と辿っていく。

    すると、

    「ああ、これか」

    と腑に落ちることがあります。

    時には、芋づるのように次々に出てくることもあります。

    過去の出来事をなかったことにするのではなく、

    私がよくやるのは、

    そのときの自分が感じていたことを、

    「そんなふうに感じていた私がいたんだね」

    と認めてあげること。

    それだけでも、少し違って見えてくることがあります。


    🤱そして、今の私はどうしたい?

    公園での出来事に戻ります。

    私は、

    「うちの子」と「よその子」

    という区別を当たり前のものとして持っていた。

    でも、そこに気づいたあと、

    「じゃあ、今の私はどうしたい?」

    と考えました。

    無条件の愛という視点で見たら、

    「うちの子だから大切」

    「よその子だから別」

    と分ける必要はないのかもしれない。

    もちろん、その子の親が「食べさせないで」と言っているなら別です。

    でも、親がOKなら、

    みんなで食べてもいいんじゃない?

    と思えるようになりました。

    箱入りのアイスを買っても、当時の感覚では200円くらい。

    それなら、

    みんなで食べたほうが楽しいじゃん。

    息子が言ったことと、同じところにたどり着きました。


    🌿「こうあるべき」は、私を守ってくれたものでもある

    ここで思うんです。

    私たちが持っている「こうあるべき」は、

    必ずしも悪者じゃない。

    過去の自分が、

    傷つかないように。

    怒られないように。

    嫌われないように。

    困らないように。

    自分を守るために身につけたものもあるのかもしれません。

    だから、

    「こんな思い込み、捨てなきゃ!」

    と、また自分に「こうあるべき」を課さなくてもいい。

    ただ、

    「私は、こう思っていたんだな」

    と気づく。

    そして、

    「でも、今の私はどうしたい?」

    と選び直していく。


    💓「幸せになる」にも、条件をつけていない?

    そして、ここにはもっと大きな「こうあるべき」が隠れていることがあります。

    もっと頑張らなきゃ。

    ちゃんとしなきゃ。

    人の役に立たなきゃ。

    誰かに認められなきゃ。

    愛されなきゃ。

    そうしたら、やっと幸せになっていい。

    でも、その奥に、

    「私は幸せになる価値がない」

    という思い込みが隠れていることはないでしょうか。

    「幸せになりたい」と思っているのに、

    いざ幸せが近づいてくると、

    「私なんて……」

    と受け取れなくなる。

    そんなこともあるかもしれません。


    🌿幸せになる価値を、証明しなくていい

    私は、

    幸せになるために、

    もっと頑張らなくてもいいと思っています。

    誰かに認められなくてもいい。

    何かを成し遂げなくてもいい。

    人の役に立ったご褒美じゃなくてもいい。

    幸せになるために、自分を変えなくてもいい。

    幸せになる価値を、証明しなくていい。

    「幸せになっていい」

    と言われたら、

    「でも私なんて」

    と突き返さなくてもいい。

    素直に、

    「ありがとう」

    って受け取っていい。


    🔰生きづらいのではなく、自分ではないものに合わせすぎていたのかもしれない

    もしかすると、

    私たちは「生きること」そのものが苦しかったのではなく、

    「こうあるべき自分」で生き続けることに疲れていた

    のかもしれません。

    過去に感じたこと。

    誰かから受け取った言葉。

    「普通はこう」

    「こうしなきゃ」

    「こうあるべき」

    そんなものが、自分の中にたくさん積み重なっている。

    だからこそ、

    「どうして私はこんなに苦しいんだろう?」

    と思ったときは、

    無理に前向きになろうとする前に、

    「私は、今、何を感じているんだろう?」

    と、自分に聞いてみる。

    そして、

    「この感情は、いつからあるんだろう?」

    と、少しだけ辿ってみる。

    「ああ、あのときの私か」

    と腑に落ちたら、

    その自分に、

    「そうだったんだね」

    と寄り添ってあげる。


    🌿そして、今の自分に戻ってくる

    過去を変えることはできません。

    でも、

    過去から受け取った「こうあるべき」を、これからも持ち続けるかどうかは、今の自分が選び直せる。

    「私はこう感じていたんだ」

    と気づく。

    「でも、今はどうしたい?」

    と聞いてみる。

    その小さな繰り返しが、

    少しずつ、

    過去ではなく、今の自分の人生を生きること

    につながっていくのかもしれません。

    そして、

    幸せになっていい。

    愛されていい。

    大切にされていい。

    楽になっていい。

    頑張っていなくても、

    何かを成し遂げていなくても、

    受け取っていい。

    だからもう、

    「私なんて……」

    って、幸せを突き返さなくてもいいんじゃないかな。

    素直に受け取ろうよ。

    あなたは、

    幸せになっていいんだよ。🌿


    🌿 もっと「ほんとにそう?」と問いかけてみたい方へ

    今回の記事で出てきた、

    「こうあるべき」

    「幸せにならなきゃ」

    「私は幸せになる価値がない」

    そんな思い込みを、もう少し深く見つめてみたい方へ。

    「ほんとにそう?」心の結び目をほどく12の扉を用意しています。

    自分の中にある「当たり前」をひとつずつ見つめながら、本来の自分に還っていくための無料ワークです🌿

    👉 【完全版】「ほんとにそう?」心の結び目をほどく12の扉|本来の自分に還るセルフワーク


    🌱 こんな記事もあります

    今回のテーマとつながる記事です。

    📖「わたしは幸せになる価値がない。」……ほんとにそう?

    📖「親の『当たり前』は、あなたの『当たり前』になる。」……ほんとにそう?

    📖「完璧主義をやめたい。」……ほんとにそう?「今の自分では足りない」って、誰が決めた?

    📖「誰かに愛されないと幸せになれない」って、ほんとにそう?|2度の結婚と離婚を経験して、私がたどり着いたこと

    気になるものから、よかったら読んでみてください🌿


    🌿 あなたの「こうあるべき」を教えてください

    この記事を読んで、

    「私にもこんな『こうあるべき』があった」

    と思ったことがあれば、よかったらコメントで教えてください。

    そして、もしよければアンケートにも参加してもらえると嬉しいです。

    あなたの声が、これから「ほんとにそう?」を届けていくヒントになります。



    🌱 個別セッションのお知らせ

    「自分の中にある『こうあるべき』を、もう少し深く見つめてみたい」

    そんな方へ。

    8月末までのお申し込みは、60分・90分どちらも6,000円です。

    • 「ほんとにそう?」第0・第1の扉:90分 6,000円

    • 「ほんとにそう?」12の扉:60分 6,000円

    電話またはLINEで行います。
    顔出しは必要ありません。

    ご希望の方は、noteのメッセージからお気軽にご連絡ください🌿

    ※8月末までにお申し込みいただいた方が対象です。

    #ほんとにそう
    #生きづらい
    #こうあるべき
    #自己肯定感
    #自分らしく生きる
    #感情と向き合う
    #心を整える
    #自分を大切にする
    #幸せになっていい
    #自己受容

     
     
     
    \感情の波に振り回される毎日を卒業🎓/ 「自分には価値がない」という思い込みに気づき、「私はどうしたい?」を自分で選べるようになるnote🌿 心のモヤモヤを安心の空間で一緒に見つめる 【90分個別セッション|6,666円・顔出し不要】 お申し込み・詳細は固定記事から👇

    あなたへのおすすめ