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〓メモ.18〝戸惑いの風景2〟

     創刊号を抱えて、日々あちこちを訪ね歩いている。三月に入って、何処へ行っても地震直後の風景とは異質な風景が広がっているのに気が付かざるを得ないのだった。
    以下は第二号のテーマとなった写真特集「戸惑いの風景」のコメントから抜粋しました。

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    〝Re-set〟第2号・写真特集「戸惑いの風景」より

     ビルの谷間のきれいに整理された更地を見て、ここは一体どんな惨状であったのか、必死に思い出そうとする。見たはずのない場所であっても一所懸命に想像する。この習癖は風化への抵抗なのだろうか。
    直後のままのガレキの中を歩いていると安心するという人もいる。焼け跡の取り残された傾斜のビルを「シンボル」のように眺める人もいる。ガレキを見ると恐ろしくて、足がすくみ歩けないという人もいる。
     復興に直走るこの街では、加速度的に動き始めた時間、まだ、1・17で止まったままの時間、そして進んではすぐ立ち止まってしまう時間、遠くへ戻ろうとする時間、揺らめき戸惑う時間、様々な時間が方々を向いて流れている。
    数多くの個々の体験があったように、そこを出発点として流れ出した時間も数知れない多様さで絡み合っている。
    今、このリズムの違い、感覚のズレ、定まらない視点に多くの体験者らが戸惑い、悩んでいる。
                   *  *  *
     いくつかの建物が解体された。いくつかの整地に仮設の建物が建ち始めた。既存の街で何万、何十万という建物を一度に建て直し、補修するのは、荒野に新都市を建設するよりはるかに難しい。
     少しづつ整備されていると言っても、あの時からこの目に見える風景はさして変わっていない。ただ、その風景を見つめる視線が大きく変わっていこうとしている。その違いが、あの時に持ち得た共有感に亀裂をうみつつある。

     戸惑う風景は、内からも外からも引き裂かれていくような気がしてならない。

    〝Re-set〟第2号・写真特集「戸惑いの風景」より

    【1995.2.4/震災19日目のメモ】

    ○会社/
    とにかく寒気がする。
    抵抗力が落ちているのか。
    6~7名だけが出社。
    創刊号のレイアウトが固まる。
    ★
    ○垂水/
    連れ合いが帰ってきた。
    久々の手料理。とにかく美味い。
    銭湯へ。男湯は15分程の行列で入れた。女湯は長そう。
    溜まった洗濯を片付けてくれた。
    地震後、初めて全部を着替えた。

    「震災メモ」〝Re-set〟創刊号から

    〈2007年2月5日初稿〝遊歩のススメ〟より転載〉

    〓メモ.19/23へ続く

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    何時見ても心が抉られる景色だった。
    (長田区 3月12日/M・S氏の写真を拝借します)
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    震災後、生きているMacを探し出し、盗電しながら編集した地震ジャーナル〝Re-set〟全6巻、一年限定の隔月刊だったが、結局一年と半年かかって終刊となった(膨大な借金を抱えることとなった)

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    【人生は遊歩】七十路を超え、〝老いの道〟に向かうプレッシャーをひしひしと感じつつ、己のステージも終活に移りつつとあるとはいえ、足下の〝歩き〟は、歴然と生に向かっています。まだまだリアルタイムの一歩一歩に悪戦苦闘している日雇ガードマンです。よろしくご注目くだされば仕合せます。

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