
御嶽山登拝記その1 〜日本の霊的中心地へ
独り言の延長として自由に書いていこうと思っていたnote記事ですが、フォロワーが300人を超えたのを機に、文末を敬体(です・ます)に戻します。いつも読んでくれている方、ありがとうございます。そのうちにまた気が変わって常体にするかもしれないですが、当面は。
御嶽山の噴火で足止めされている間の私の変化
2014年の5月、石巻山で六芒星の鏡を見たあの日から、私は神話や古代史、六芒星の謎、そして神道などの精神世界に強い関心を持つようになりました。あの日を境にして、私の世界の見方はすっかり変わった。それ以前はほとんど眠っていたようなものです。
その2014年の秋、実は御嶽山への登山を計画していました。独立峰としては富士山に次いで第二位の標高3,067mを誇る御嶽山。行こうとした理由はこれといって無く、いつものように「なんとなく」です。
ところが9月27日、あの大惨事となった噴火があって立ち入りが規制され、行くことができなくなりました。
立ち入り規制されていた約10年の間、私は心の底から湧き上がる衝動に駆られるまま探究を進め、籠目のレイラインをはじめとして、このnoteに書いているような様々な気付きや新たな情報を得ました。なんとなくで登ろうとしていた2014年とは違い、11年後の今は、御嶽山に行くことへのある種の目的意識が自分の中に芽生えていました。
今の私には、御嶽山が日本の霊的な中心地に見えます。籠目紋=麻の葉紋を神紋とする麻賀多神社、その麻賀多神社で降ろされた日月神示、その日月神示を降ろした神である国常立尊、その国常立尊を祭神とする御嶽山(御嶽神社)。
それらのすべてが目に見えない糸でぐるりと繋がっていることを、特にここ2,3年の間で知る事ができました。知ると言っても人伝の知識ではありません。意識の奥底にある何かからの知らせによってです。
自分が探しているものが何なのかさえ意識の上ではわからないが、自分がそれを知るよりも先に、体(肚)の方がすでに知っている。その体の声に従って進むと、はじめて自分が何を探していたのかに気付く。
こうして文章として表現すると奇妙な話ですね。石巻山に登った日からずっと、私の探究はこんな感じです。頭(知識)に頼らないアプローチ。以前は自分がこんな風になるとは夢にも思っていませんでした。
生命あるうちに⦿の国のこと知らずに、死んでから⦿の国に行くことは出来んぞ、⦿の力でないと、もう世の中はどうにも動かんようになっていること、上の番頭殿わかりておろうがな、どうにもならんと知りつつ、まだ智や学にすがりておるようでは上の人とは申されんぞ、智や学越えて⦿の力にまつわれよ
11年越しの御嶽山登拝計画
御嶽山の立ち入り規制は2023年に解除され、2014年から数えて11年越しとなる今年、改めて行きたいという思いが強くなり、実際に行ってきました。今回はその記録を書いて行きます。
10月10日の夜に車で出発し、御嶽山のふもとの道の駅で仮眠。11日の夜明け前に王滝登山口へ向かう計画でした。しかしここで問題に気付きました。凡ミスです。
私は山に登る時は事前に、てんきとくらすの登山指数を確認してから行きます。しかし今回は、登山指数を確認するという発想そのものがなぜか完全に頭から抜け落ちていました…。登山指数ではなく普通の天気予報だけを見て、現地が曇りの予報だったので「曇りなら行っちゃえ」と勢いだけで行った感じですね。
現地の道の駅に到着後、ふっと正気に戻って登山指数の事を思い出しました。スマホで御嶽山の指数を確認すると、C判定。
これは絶望です。C判定で標高3,000mを超える御嶽山に登れば、最悪、低体温症で動けなくなってそのまま死にます。私は体力がある方ではないし、単独行動ですからね。
登山指数を確認しないまま4時間もかけてここまで来てしまった自分の間抜けぶりに少なからずショックを受けました。ひとまずそのまま寝るしかありません。
翌11日の午前3時半頃、目が覚め、二度寝しようとしても寝付けません。とりあえず登山口の雰囲気だけでも確かめたくて、御嶽山の標高2,180mのところにある王滝口の駐車場まで行きました。

指数通り、冷たい雨が降っていました。風も強く、素人が登れるようなコンディションではありません。車の中でアンパンを食べ、しばらくのあいだ現実逃避した後、改めて登山指数を確認してみました。
すると、翌日の12日はA判定になっていました。
「明日なら登れる」と思ったら急に元気が湧いてきました。
となると次の問題は、宿探しです。登山前に狭い普通車で二日連続の車中泊は避けたいし、お風呂にも入って気持ちを改め、すっきりした気持ちで登拝したいですからね。
しかし三連休の真っ只中で、はたして当日空いている宿が見つかるかどうか?街でホテルを探すのとはわけが違います。
そのまま車内から、各種旅行予約サイトで付近の宿を探してみました。手頃な宿は予約が埋まっていて、やはり全然見つかりません。空いているのは車で2時間以上かかるような遠距離か、高級宿だけです。
やっぱり無いかと思いはじめた時、それまでほとんど利用したことがなかった「じゃらん」でも一応ダメモトで探してみました。すると、ありました。他のどのサイトにも載っていなかった、じゃらんだけに掲載されている手頃な宿が、一部屋だけ。それもすぐ近くに!
私はチュールを目の前に差し出された猫のように、考えるよりも先にその部屋の予約を取りました。諦めずに探してみるものですね。
御嶽神社で感じた御嶽山の秘密
これで12日の登拝に向けての心配事はなくなり、人心地がつきました。一旦ふもとまで下りて軽く食事しようと思い、ゆっくり時間をかけて下りて行きました。
時間をかけるのは、急な気圧変化に弱い過敏体質のため。高低差がある時は小休止を取りながらゆっくり進まないと、激しい頭痛と吐き気に襲われることがあるからです。以前それで動けなくなったことがあって学習しました。これは登りでも下りでも同様。まあゆっくりしても軽い頭痛と不快感はほぼ100%起きるんですけどね。それは我慢するしかありません。
ふもとに下りていく道の途中に御嶽神社がありました。御嶽神社の参拝は当初は予定していませんでした。御嶽神社の御神体が御嶽山なので、御嶽山そのものを登拝すればそれで十分だと思っていたからです。
しかし想定外の予定変更で、予約した宿のチェックインまではまだ十分過ぎるほど時間があります。私は小休止を兼ねて、参拝することにしました。

小雨は降っているものの、山の上とは違って風はなく、静かです。四百段の苔むした長い階段の参道を上りました。他に人は誰もおらず、聞こえるのは雨音と自分の足音だけ。

この神社は御嶽山の一号目にあります。階段を登った先に本殿があり、さらにその先に、御嶽山の御神体そのものと言える岩壁がありました。
本殿の建物で隠されていて目ではよく見えませんでしたが、私はこの時、直感しました。この岩壁は、熊野の花窟神社と同じ、女性性を司る御神体の岩だと。
御嶽山は、その名の響きからも、ゴツゴツした山全体の雰囲気からも、男性的な印象を受けます。ところが実際にこの岩壁の前に立った時、ここだけは女性性だと思いました。御嶽山とは、両性兼ね備えた山体であるという認識が、この瞬間、私の中に芽生えました。そして同時に、御嶽山の本質は御嶽神社によって人の目から隠されてしまっている、とも。
これは平安時代あたりから始まった「御嶽信仰」「御嶽教」によって、人と神の直接の繋がりが絶たれてしまっていることからそのように感じたのかもしれません。ここは花窟神社のように、社殿など建てず、自然そのままの姿であるべきだと思いました。
過去何度も引用している日月神示から今回も引用します。
此処は光の理伝へ、行ふ所、教でないと申してあろう。教は教に過ぎん。理でなくては、今度はならんのぢゃ。天の理、地の理、もろもろの理、カタ早う急ぐぞ。教は局部的、時、所で違ふのぢゃ。迷信となるぞ。ハラが神であるぞ。
今迄の教ではこの道判らんぞ。
国常立尊が降ろした日月神示に書かれていることが、国常立尊を祀る御嶽山そのものにこうして示されていたのです。実際に訪れていなければ、この感覚は決して得られなかったですね。あくまで私個人の感じ方です。
神道の本質は「信仰」や「教」とは正反対であることは、この記事に詳しく書きました。
御嶽山での気付きはこれだけではありません。その2へ続きます。