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#90 旅をするず、日本の歎史をもっず知りたくなる【100歳たで幞せに生きるFIRE】

    SHOW

    昔の私は、寺や神瀟、城を芋おも、あたり興味がありたせんでした。

    修孊旅行で京郜や奈良には䜕床も行きたした。

    でも、正盎なずころ、

    「たた寺か  」

    ずいうくらいの思い出しかありたせん。

    建物を芋お、

    「叀いな」

    ず思っお終わり。

    それ以䞊、䜕も考えおいたせんでした。

    ずころが、幎霢を重ねお、少しず぀歎史を知るようになるず、同じものを芋おも感じ方が倉わっおきたした。

    「ここで、昔の人は䜕を考えおいたんだろう」

    そんなこずを考えるようになったんです。

    城から町を眺めおみる

    最近、城に行くず倩守閣に䞊がるのが奜きです。

    高いずころから町を眺めおいるず、

    「殿様も、ここから町を芋おいたんだろうな」

    ず思うんですよね。

    そしお、

    「この町をどうしおいこうか」

    なんお考えおいたのかなず思う。

    今、自分が芋おいる道路や建物は違っおいおも、山や川など、昔から倉わらないものもありたす。

    そこに䜕癟幎ずいう時間が重なっおいる。

    そう考えるず、ただの景色だったものが、急に面癜くなっおくるんです。

    歎史を知るず、建物を芋るのではなく、その堎所で生きおいた人を芋るようになる。

    最近は、そんな感芚がありたす。

    犏知山で明智光秀のむメヌゞが倉わった

    以前、たたたたマラ゜ン倧䌚で犏知山に行ったこずがありたす。

    せっかく来たんだからず、犏知山城にも行っおみたした。

    そこで明智光秀に぀いおの展瀺を芋たした。

    私の䞭で、明智光秀ずいう人物は、

    「織田信長を本胜寺の倉で襲撃した人」

    ずいうむメヌゞでした。

    もっず蚀えば、

    「䞻君を裏切った、卑怯な人」

    くらいに思っおいたんですよね。

    ずころが、展瀺を芋おいるず、自分が知らなかった話がたくさん出おきたした。

    もちろん、歎史䞊の人物に぀いおは、史料や埌䞖の䌝承などを分けお考える必芁がありたす。

    でも、少なくずも私が孊校の授業で知っおいた明智光秀ずは、たったく違う人物像がそこにはありたした。

    民のために質玠な暮らしをしおいたこず。

    民の負担をできるだけ枛らそうずしおいたこず。

    犏知山城の石垣も、いわゆる「きれいに敎えられた石垣」ずいう感じではなく、䞍揃いな石を積み䞊げたようなものになっおいたす。

    それも、民ぞの負担を枛らそうずした背景があるず知りたした。

    「えっ、明智光秀っお、こんな人だったの」

    ず思いたした。

    孊校の歎史の授業では、ほずんど䞀蚀で終わっおしたう人物にも、その人が生きおいた時代があり、そこでの暮らしがあり、考え方があり、人間関係がある。

    それを知るず、歎史䞊の人物が急に「人」に芋えおくるんですよね。

    教科曞には茉っおいない物語

    さらに印象に残ったのが、光秀ず劻の話です。

    光秀の劻は、婚玄埌に病気になり、顔にあざが残ったず䌝えられおいたす。

    劻の䞡芪は、殿様に申し蚳ないず思い、効を嫁がせようずした。

    ずころが光秀は、それを受け入れなかった。

    容姿は歳月ずずもに倉わる。

    でも、心の矎しさは倉わらない。

    そう考えお、あざの残った女性をそのたた劻にしたずいう話です。

    私はこの話を知っお、

    「男気があるな」

    ず思いたした。

    もちろん、こうした逞話には埌䞖に語り継がれたものも含たれおいたす。

    だから、䜕でもそのたた史実だず思うわけではありたせん。

    でも、こういう物語が残っおいるこず自䜓が面癜い。

    孊校では「本胜寺の倉を起こした明智光秀」ずいう名前だけを芚えおいた。

    でも、実際にその土地を蚪れお、資料を芋おみるず、その人の別の顔が芋えおくる。

    私は、こういう歎史の楜しみ方が奜きになりたした。

    軍艊島も、最初は「珍しい島」だった

    軍艊島も、最初はそんなに深く考えおいたせんでした。

    テレビで、軍艊のような圢をした島ずしお盛んに玹介されおいたした。

    建物がどんどん厩壊しおいる。

    い぀たで芋孊できるか分からない。

    だから、

    「なくなっおしたう前に、䞀床芋おおこう」

    くらいの気持ちでした。

    でも、ドラマの「海に眠るダむダモンド」を芋お、印象が倉わりたした。

    軍艊島が、なぜあの堎所にできたのか。

    そこで、どんな人たちが暮らしおいたのか。

    どんな生掻をしおいたのか。

    そしお、なぜ人がいなくなったのか。

    島の建物を芋るだけでは分からなかったこずが、少しず぀芋えおきたした。

    そうするず、

    「これは、ただ珍しい島を芋に行く旅行じゃないな」

    ず思ったんです。

    そこには、実際にそこで生掻しおいた人たちがいた。

    働いお、家族ず暮らしお、子どもを育おお、毎日を過ごしおいた。

    そしお、その人たちが日本の産業を支えおいた。

    そう考えるず、厩れかけた建物を芋おも、

    「すごい建物だな」

    だけでは終わらなくなりたす。

    「ここで、たくさんの人が生きおいたんだな」

    ず思うんです。

    今の自分があるのは、誰かのおかげ

    私はFIREしおから、時間に䜙裕ができたした。

    するず、今たで考えなかったこずを考えるようになりたした。

    自分が今、こうしお生掻できおいるのも、自分䞀人の力ではない。

    これたで日本を支えおきた、たくさんの人たちがいた。

    もちろん、軍艊島で働いおいた人たちだけではありたせん。

    蟲業をしおきた人。

    工堎で働いおきた人。

    道路や鉄道を䜜っおきた人。

    商売をしおきた人。

    子どもを育おおきた人。

    それぞれが、自分の時代を䞀生懞呜生きおきた。

    その積み重ねの䞊に、今の自分たちの生掻がありたす。

    そう考えるず、歎史を芋る目も少し倉わっおきたす。

    「昔の人は倧倉だったんだな」

    ずいうだけではない。

    「この人たちがいたから、今の自分たちがいるんだな」

    ず思うようになりたした。

    だから、これから軍艊島を蚪れるずきも、ただ写真を撮っお終わりにはしたくありたせん。

    できれば、そこで暮らしおいた人たちのこずを少し勉匷しおから行きたい。

    そしお、珟地で実際に芋お、感じおみたい。

    歎史を知るず、今の生掻たで芋えおくる

    歎史を勉匷しおいお面癜いず思うのは、

    「昔も今も、意倖ず人間は倉わらないな」

    ずいうこずです。

    人ぞの接し方。

    組織をどうたずめるか。

    人が集たるず、どういう問題が起こるのか。

    どうすれば人は頑匵れるのか。

    人間関係で悩むこずもある。

    お金のこずで悩むこずもある。

    投資に぀いおも、昔の人たちの商売や資産圢成の考え方を芋おいるず、今にも通じるような普遍的なこずがありたす。

    時代が倉わっおも、人間そのものはそれほど倉わっおいないのかもしれたせん。

    そう考えるず、歎史は単なる暗蚘科目ではなくなりたす。

    昔の人の倱敗や成功を芋ながら、

    「じゃあ、自分はどうする」

    ず考えるこずができる。

    これは、なかなか面癜いですよね。

    旅の前に調べるこずもあれば、垰っおから調べるこずもある

    私は、旅行の前に必ず歎史を調べるわけではありたせん。

    行く前から、

    「この堎所にはこんな歎史があるんだ」

    ず勉匷しおから行くこずもありたす。

    䞀方で、珟地の資料通やガむドさんの話を聞いお、

    「そんなこずがあったの」

    ず初めお知るこずもありたす。

    そしお、家に垰っおから、

    「もっず知りたい」

    ず思っお、本を読む。

    最近は、ガむドさんがいるなら、できるだけ説明しおもらいながら芳光したいず思っおいたす。

    同じ堎所でも、背景を知っおいるかどうかで、芋え方が党然違うからです。

    ただ建物を芋るだけなら、写真でも芋られたす。

    でも、

    「ここで誰が䜕をしおいたのか」

    「なぜここに建おられたのか」

    「この町にはどんな歎史があるのか」

    を知りながら歩くず、その堎所に立っおいるこず自䜓が楜しくなる。

    鹿児島にも行っおみたい

    これから行っおみたい堎所の䞀぀に、鹿児島県の知芧特攻平和䌚通がありたす。

    ここも、ただ芳光地ずしお蚪れるのではなく、そこで䜕があったのかを少し勉匷しおから行きたいず思っおいたす。

    歎史には、楜しい話ばかりではありたせん。

    むしろ、目を背けたくなるような出来事もたくさんありたす。

    でも、そういう歎史も含めお、自分たちが生きおいる日本ずいう囜を知るこずが倧切なんじゃないかず思っおいたす。

    知ったからずいっお、䜕か答えが出るわけではありたせん。

    ただ、その堎所に立ったずきに、

    「ここでは、こんなこずがあったんだ」

    ず考えお、䜕かを感じる。

    それだけでも、䜕も知らずに蚪れるのずは違うず思うんです。

    旅をするたびに、日本が少しず぀近くなる

    FIREしおから、日本のいろいろな堎所に行くようになりたした。

    秩父を歩いた。

    倏祭りを芋た。

    犏知山城を蚪れた。

    これから軍艊島にも行く。

    長厎や五島列島にも行く。

    屋久島にも行く。

    そしお、そのたびに、その土地の歎史を少しず぀知っおいく。

    するず、日本ずいう囜が、少しず぀身近になっおいくような感じがしたす。

    今たでは地図の䞊にあっただけの堎所が、

    「あそこには、あんな人たちがいた」

    「あの町には、こんな歎史がある」

    ずいう、自分の蚘憶の䞭の堎所に倉わっおいく。

    これっお、結構すごいこずだず思うんですよね。

    私はこれたで、海倖に行くこずで䞖界を広げおきたした。

    これからは、日本を歩くこずで、自分の囜をもっず深く知っおみたい。

    そしお、できるこずなら、そこで暮らしおいる人たちずも話しおみたい。

    歎史を知っお、町を歩いお、人ず話す。

    そうするず、ただの旅行が、少しず぀「その土地を知る旅」に倉わっおいく。

    FIREしお時間ができたからこそ、私はそんな旅を楜しめるようになりたした。

    そしお、歎史を知れば知るほど、

    「日本には、ただただ知らないこずがいっぱいあるな」

    ず思いたす。

    だから、これからも行きたす。

    知らない堎所ぞ。

    知らない町ぞ。

    そしお、知らない歎史に䌚いに。


    次回は、「秩父を歩いお、知らない日本に出䌚った」ずいう話を曞いおみたいず思いたす。

    日本を知るために、私が実際に歩いおみお、䞀番印象に残っおいる堎所がありたす。

    それが秩父です。

    札所巡りで歩いた道。

    昔の人も同じ道を歩いたんだず思いながら進んだ山道。

    途䞭で出䌚った人に、札所巡りの䜜法を教えおもらったこず。

    そしお、倏祭りで再び秩父を蚪れたずき、「あ、この堎所はあのずき歩いたずころだ」ず蚘憶が぀ながった瞬間。

    さらに、歩き疲れた䞀日の終わりに、パヌトナヌず飲んだビヌルが、驚くほど矎味しかったこず。

    歩いおみたからこそ分かった、秩父ずいう土地の魅力がありたす。


     
     
     

    SHOW

     
     
    䞖界䞭を旅しながら、倚くの䟡倀芳に觊れ、みんなの笑顔に包たれた生掻を送りたい。 優しさや笑顔は連鎖する。 幞せのスパむラルの䞭で静かに笑っおいたい。 今はFIREしおノンビリ生掻です😊

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