
スキ警察に捕まるな!?⑮〜続けるは、人を変える〜
前書き
これまで読んでくださった皆さま、スキ♡&あたたかいコメント、本当にありがとうございます。
今日はじめましての方は、以下から第一回目が読めますので、よろしければ是非♪
それでは本日も、銭湯の地下からお送りします。
本文
その夜。
銭湯の地下では、いつものように湯気が漂っていた。
壁には滴る細かな水滴。
テーブルには、牛乳瓶。
そして中央では、ゲバランが真剣な顔でノートを書いている。
アミーゴリズム憲章(草案)
カリカリカリ。
ペン先だけが静かに動いている。
なぜか時々うなずくのが、少し怖い。
「何書いてるの?」
私が覗き込むと、ノートには「第六条」と書かれてあった。
「まだ増えるの?」
「イエス。寝かせれば寝かせるほど…、増える」
法律というより、まるで発酵食品のようだ…。
その時だった。
ドゴォォォン!!
地下全体が大きく揺れ、天井からパラパラと砂が落ちてきた。
「あっ…!!!」
テーブルの上の瓶牛乳が倒れ、白い液体がテーブルを流れていく。
「もったいなー!!」
そう叫んだ瞬間。
白煙の向こうから強烈なライトが差し込んだ。
「動くな!!」
警察姿に、【アルゴリズム対策本部】の腕章をみにつけていた。
手にはデカデカとした拡声器。
やたら物々しい。
しかし私は全員の腕には銭湯のロッカーキーが付いているのを見逃さなかった。
銭湯の常連だ…しかも入浴後に違いない。
「ゲバラン!」
警察のリーダーが叫ぶ。
「貴様をアルゴリズム条例違反の疑いで拘束する!」
ゲバランは静かに立ち上がった。
「ついに来たか…」
なんだろう。ゲバラン、少し嬉しそうである。
小柄な警察の部下が巨大な巻物を広げる。
バサァッ。
長い。
異様に長い。
「罪状を読み上げます!」
「うむ」
「過剰スキ誘導!」
「うむ」
「おすすめ連鎖形成!」
「うむ」
「継続的内輪空間生成!」
「うむ」
「相互アミーゴ行為!」
「うむ」
「エンパナーダ布教活動!」
「最後だけ食文化じゃん……」
私が言った。
「重要案件です」
いたってスキ警察は真顔だった。
その時だった。
部下が書類をめくる。
「なお」
嫌な予感がした。
「こちらの少年も同行願います」
「え?」
息子が固まる。
「被疑者ゲバランとの継続的接触を確認」
「うちの子なんですけど!?」
私は立ち上がる。
「エンパナーダ摂取歴あり」
「食べただけです」
「文化祭にて自主制作」
「授業です」
「試食後、“うまい”を三回発言」
「感想です」
「さらに翌週、“また食べたい”と発言」
「普通です」
部下は静かに言った。
「交流の疑いがあります」
「交流して何が悪いのよ!」
するとモニターが降りてきた。
ブゥゥン。
映像が流れる。
文化祭でのエプロン姿の息子。
手には、エンパナーダ。
そして、ゲバランがアップになる。
「うまい」
「また作る?」
「また作る!」
息子とかわす握手。
映像停止。
赤丸。
矢印。
【交流成立】
「雑!!」
私は叫んだ。
しかし息子は連行された。
「ママー!!」
「待ちなさいよーー!!」
銭湯の地下とは思えない光景だった。
・・・
三時間後。
そこは、巨大な法廷。
高い天井。
国旗。
巨大モニター。
同時通訳ブース。
無駄に世界規模だった。
傍聴席には銭湯の常連たち。
なぜか全員、瓶牛乳を持っている。
裁判長が木槌を鳴らした。
カン。
「これより国際アルゴリズム裁判を開廷します」
………。
静まり返る法廷。
その時だった。
バァン!!
扉が開く。
「待ったーーー!!」
肩にスーパーのエコバッグをかけ、
息が切らしながらやってきた…私だ。
「その子、明日学校なんですけど!?」
法廷がざわつく。
「あと九時には寝ます!!」
「知りません」
「知ってくださいよ!!」
国際裁判なのに急に生活感が強くなった。
やがて裁判は進み、
最後に裁判長がゲバランを見た。
「被告」
「うむ」
「最後に言いたいことは」
ゲバランは静かに立ち上がった。
法廷が静まる。
「同志よ」
低い声が響く。
「人は、一回では仲良くならない」
誰も話さない。
「また来る」
「また話す」
「また会う」
「また、“それ好き”と言う」
少し間が空く。
「そうやって輪はできる」
沈黙。
そして。
「続けるは、人を変える」
その瞬間だった。
裁判長が顔を覆った。
「もうやめてくれ……」
ざわっ。
「裁判長?」
「私は弱いんだ……」
突然の告白だった。
「昔、私はおすすめ文化を軽蔑していた」
モニターに映像が映る。
温泉。
白菜。
カピバラ。
「なんですかこれ……?!」
私が聞く。
裁判長は遠くを見た。
「おすすめ欄に突然出てきたのだ…」
「カピバラが温泉で白菜を食べる動画だ」
法廷が静まり返る。
「最初はくだらないと思った。
………、だが翌日も見た。
………、次の日も見た」
声が震える。
「……気づけば私は毎晩。
………茹で白菜、おいしそうですね!とコメントしていた……!」
ざわざわざわ。
すると。
傍聴席から手が上がった。
「あの」
銭湯のおばあちゃんだった。
「私もコメントしてます」
「え?」
別のおじいちゃんも立つ。
「私もです」
「私なんか三年目ですし、そこで知り合った人と毎年年賀状交換してます」
「私は猫動画の常連です」
「私は柴犬です」
何の告白大会なんだ。
法廷は少しずつざわめき始める。
裁判長は黙った。
目の前には、
続けてきた人たちがいた。
ただそれだけだった。
やがて。
裁判長は木槌を握る。
カン!!
「判決」
全員が息をのむ。
「被告ゲバラン」
「うむ」
「無罪」
法廷が大きなどよめきに包まれた。
その夜。
銭湯の地下。
テーブルにはエンパナーダ。
湯気がふわふわと立ち上っている。
さっきまで国際裁判をしていたとは思えない。
裁判長がひと口かじる。
「……うまいな」
スキ警察もうなずく。
「揚げ系は強いですね」
「焼きも捨てがたい」
「いや揚げだ」
「焼きだ」
無罪判決から三十分後とは思えない会話だった。
息子もエンパナーダを頬張る。
「やっぱり、おいしいね」
ゲバランがうなずく。
「継続的摂取を確認」
「もうやめてください!!」
私は言った。
全員が笑う。
その笑い声は、
地下の湯気に混じってゆっくり広がっていった。
ゲバランがノートを開く。
アミーゴリズム憲章(草案)
第六条
続けるは、人を変える。
裁判長がその文字を見る。
そして小さくつぶやいた。
「たしかにな…」
誰に聞かせるでもない声だった。
「私は最初、コメントなんて馬鹿らしいと思っていた」
少し笑う。
「でも続けていたら……
知らない人の“おはよう”が気になるようになった…」
静かな空気が流れる。
銭湯のおばあちゃんが言う。
「あるある!」
「あるあるですね〜」
スキ警察も言う。
もう完全に常連だった。
私は思う。
人は案外、大きな出来事では変わらない。
また来る。
また話す。
また会う。
また“それ好き”と言う。
そういう小さなことの積み重ねで、少しずつ変わっていく。
たぶん、国より先に、人が…。
その時だった。
ゴゴゴゴゴ……
地下のどこかで、重たい音が響いた。
「……ん?」
全員が顔を上げる。
だが音はすぐに止んだ。
気のせいだったのかもしれない。
ただ一人。
ゲバランだけは、地下のさらに奥を見ていた。
まるで、そこに何かがあることを知っているみたいに。
私はその時、まだ知らなかった。
銭湯の地下のさらに奥に、
とんでもないものが保管されていることを。
つづく