メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo byfast_eider4397

育てられていたのは、私だった。3歳まで話せなかった息子が教えてくれた信頼を築く為の「観察する力」

    はじめに

    これは、3歳まで話すことができなかった息子が、私に教えてくれた「人生で最も役に立つビジネススキル」の物語です。

    そのスキルは、話す力でも、伝える力でもありません。

    「観察する力」です。

    言葉で思いを伝えられない息子を理解したくて、私は毎日、小さな表情やしぐさ、目線や呼吸の変化を見続けました。

    その時間が、いつの間にか私の「人を見る力」を育ててくれていました。

    四十代になった今、仕事では「コミュニケーション力がありますね」と言っていただくことがあります。

    でも、その力は、話し方を学んだから身についたものではありません。

    相手をよく観察し、理解しようとした経験の積み重ねでした。

    観察され、理解された人は安心します。

    その安心が信頼を生み、信頼は子育てだけでなく、仕事や営業、人間関係など、人生のあらゆる場面で大きな力になります。

    これは、話せなかった息子が教えてくれた「観察する力」で、私の人生が変わっていく実話です。

    この物語が、人との関わり方に悩む誰かにとって、新しい視点と小さな希望になれば嬉しく思います。


    第一章 人を見ず、理想どおりに変えようとしていた私

    結婚を機に、私は夫の転勤先だった広島県で暮らし始めました。

    私も夫も広島県出身ではなく、知り合いは一人もいません。

    人見知りだった私は、自分から人と関わることが苦手で、友達もなかなかできませんでした。

    頼れるのは夫だけ。

    知らない土地での暮らしは、想像以上に孤独でした。

    そんな中、長男誕生。

    初めての子育ては、毎日が手探り。

    泣けば不安になり、熱が出れば慌てる。

    「これでいいのかな。」

    自信のないまま、必死に子どもと向き合う毎日。

    子育ての中心は私です。

    だからこそ、「私の考え方ひとつで、この子は育っていく」と思うと、とても怖かった。

    一人で抱え込まないためにも、夫には父親として積極的に子育てに関わってほしいと思っていました。

    休日は子どもと遊んでほしい。

    幼稚園の行事にも参加してほしい。

    もっと育児を手伝ってほしい。

    私は、その思いを何度も夫に伝えました。

    でも今振り返ると、それは「伝える」ではありませんでした。

    「こうしてほしい。」

    「こうあるべき。」

    自分の理想を伝えていただけ。

    当時の私は、それが家族のためであり、子どものためだと信じていました。

    自分は間違っていない。


    当時、

    「あなたは、どんな父親になりたい?」

    「どんな子育てをしたいと思っているの?」

    私は一度も夫に聞いたことがありませんでした。

    夫にも、夫なりの考えや理想があったはず。

    それなのに私は、自分の考えを伝えることばかりで、夫の考えを知ろうとしていませんでした。

    コミュニケーションをしているつもりだったけど、実際は、話していただけ。

    相手を理解しようとはしていなかったのです。

    人は、正しいことを伝えれば動くわけではありません。

    相手には相手の価値観があり、考え方があり、タイミングがあります。

    その当たり前のことを、私はわかっていませんでした。

    そして、このあと私は、さらに思い通りにならない相手と向き合うことになります。

    それが、三歳まで話すことができなかった息子です。

    第二章 「普通」という思い込みが壊れた日


    息子は三歳になっても、話せる言葉は一つだけでした。

    「とーっとと」

    それが何を意味しているのか、私には分かりませんでした。

    「ママ」と呼ぶこともなければ、「パパ」と呼ぶこともない。

    指さしもしない。

    積み木を積むこともできません。

    三歳児健診では、案の定、発達について指摘を受けました。

    「一度、脳の検査を受けてみましょう。」

    「このままだと、普通の幼稚園へ通うのは難しいかもしれません。」

    先生の言葉が頭の中で何度も繰り返され、目の前が真っ白になるという感覚を、私は初めて知りました。

    まさか、自分の子どもが。

    その現実を受け止めることができず、健診の帰りに立ち寄った公園で、私はただ立ち尽くしていました。

    その後、息子は療育へ通うことになりました。

    私は、生まれたばかりの娘を抱えながら、毎日のように療育へ。

    朝は慌ただしく始まり、一日が終わる頃には心も体もぐったり。

    療育へ行くたびに、周りの子どもたちが目に入ります。

    先生の読む紙芝居を、みんな静かに見つめ、楽しそうに笑っている。

    でも、息子は違いました。

    紙芝居が始まると、すっと立ち上がり、何事もなかったように教室を出て行ってしまうのです。

    私は慌てて後を追いかけます。

    「戻ろう。」

    「みんなと一緒にしよう。」

    何度声をかけても、息子は振り返りません。

    公園でも同じでした。

    ほかの子どもたちは友達と遊んでいる。

    でも息子は、一人で気になる場所へ歩いて行く。

    私はいつも、その小さな背中を追いかけていました。

    気づけば、療育でも私たち親子は自然と輪の外にいました。

    みんなと一緒に過ごす時間よりも、息子について歩く時間のほうが長い。

    当時の私は、それがたまらなくつらかったのです。

    「どうして、うちの子だけ。」

    その言葉を、心の中で何度も繰り返していました。

    家へ帰れば、娘の夜泣きで慢性的な寝不足。

    心にも体にも余裕はなく、自分が泣きたい日も少なくありませんでした。

    ある日の療育でも、いつものように息子は教室へ入りません。

    連れて行こうと思えば、連れて行けたかもしれない。

    でも、その日はもう、力が残っていませんでした。

    私は廊下に座り込み、少し離れた場所から息子を見ていました。

    何もできなかった。

    いや、何もしなかった。

    そんな自分を責めながら、ただ息子の姿を目で追っていました。

    すると、一人の先生が隣へ来て声をかけてくれました。

    「その見守る姿勢、とてもいいですね。」

    私は思わず先生の顔を見返しました。

    褒められるようなことなど、何もしていません。

    教室へ連れて行くこともできず、母親として失格なのではないか。

    そんなことばかり考えていました。

    すると先生は、穏やかな笑顔で言いました。

    「無理に、みんなと同じことをさせなくてもいいんですよ。」

    「この子には、この子のペースがあります。」

    「大切なのは、お母さんがそのペースを信じて見守ってあげることです。」

    その言葉が、張りつめていた心に、ゆっくりと染み込んでいきました。

    私はそれまで、「できないこと」ばかりを数えていました。

    周りの子と比べては焦り、「普通」に近づけようと必死だったのです。

    でも先生は教えてくれました。

    見るべきなのは、「普通」ではない。

    目の前にいる、この子自身なのだと。

    その日を境に、私は少しずつ変わり始めました。


    第三章 待つ力は、観察から生まれる

    療育の先生は、いつも私にこう言いました。

    「その子のペースを見守ってください。」

    「タイミングを待ってあげてください。」

    けれど当時の私は、その言葉の意味がよく分かりませんでした。

    「待つ」とは、何だろう。

    何もしないことなのか。

    ただ時間が過ぎるのを待てばいいのか。

    周りの子は少しずつ言葉が増えていくのに、息子はなかなか話さない。

    焦る気持ちばかりが大きくなっていきました。

    「私にできることはないのだろうか。」

    そう思うたびに、私は息子を見ているようで、実は「話せない」という結果ばかりを見ていたのです。

    そんな私に、療育の先生は言いました。

    「昨日と今日の違いを見てください。」

    「何に興味を持っていますか。」

    「どんな時に笑いますか。」

    「安心している時は、どんな表情をしていますか。」

    最初は、小さすぎて何も変わっていないように思えました。

    でも毎日見続けていると、本当に少しずつ変わっていることに気づき始めたのです。

    昨日はお友達と目を合わせなかったのに、今日は一瞬だけ目が合った。

    先週まで触れようとしなかったおもちゃに、今日は手を伸ばした。

    昨日より少し長く座っていられた。

    できないことばかり見ていた頃の私には、見えなかった成長でした。

    観察すると、「変わっていない」のではなく、「少しずつ変わっている」ことが見えてきます。

    その小さな変化が見えるようになると、不思議と焦らなくなりました。

    「この子は、この子のペースで前に進んでいる。」

    そう思えるようになったのです。

    私はこのとき、初めて気づきました。

    待つことは、何もしないことではない。

    相手をよく見て、小さな変化を信じ続けることなのだと。

    観察しているから、今はまだそのタイミングではないことが分かる。

    観察しているから、小さな成長に気づける。

    だから、信じて待つことができる。

    反対に、観察していなければ、不安ばかりが大きくなります。

    変化が見えないから、「まだ?」「どうして?」と急かしてしまう。

    私は息子から、「待つ力」を教わったのではなく、待つために必要な、「観察する力」を教わったのです。

    待てる人は、特別に心が広い人ではありません。

    優しいから待てるわけでもありません。

    相手をよく見ている人。

    相手の変化を知り、その人だけのペースを理解している人。

    だから、焦らずにいられる。

    だから、信じて待てる。

    この順番は、子育てだけの話ではありません。

    仕事でも、人間関係でも、営業でも同じ。

    相手を動かそうとする前に、まず相手を見る。

    その積み重ねが、相手を理解することにつながる。

    コミュニケーションの土台は「話すこと」ではなく、「観察すること」。

    この学びは、その後の私の人生を何度も支えてくれる、最も大切な力になっていきました。


    第四章 ワンオペ育児が育てた「人を見る力」


    息子が幼稚園に通っていた頃、夫は東京へ単身赴任になりました。

    私は広島で、二人の子どもを一人で育てる生活。

    家事も育児も、送り迎えも、子どもの体調管理も、すべて私一人。

    毎日があっという間に過ぎ、気づけば一日が終わっている。そんな毎日でした。

    それでも、不思議と以前ほど焦ることはありませんでした。

    療育で教わった「観察すること」が、いつの間にか習慣になっていた私。

    昨日より、ご飯をたくさん食べられた。

    今日は昼寝が少し長かった。

    体調が悪い日は、表情がいつもと違う。

    安心している日は、歩くスピードまで違う。

    毎日見続けていると、小さな変化が自然と目に入るようになりました。

    「まだできない」ではなく、「昨日より少しできるようになった」。

    そう思えるだけで、子育ては少し楽になりました。

    子どもは思い通りには育ちません。

    だからこそ、親にできるのは、目の前の子どもをよく見ること。

    私は少しずつ、「変えようとする人」から、「理解しようとする人」へ変わっていきました。

    そんな自分の変化を実感した出来事があります。

    幼稚園の卒園式の日のこと。

    教室には、一人ひとりの「将来の夢」が飾られていました。

    サッカー選手。

    お医者さん。

    弁護士。

    子どもたちの立派な夢を微笑ましく見ながら、私は息子の紙を探しました。

    そこには、こう書かれていました。

    「将来の夢 マラカス」

    楽器!?

    思わず笑ってしまいました。

    きっと以前の私なら、

    「どうして?」

    「みんなと違って大丈夫?」

    そんな不安でいっぱいになっていたと思います。

    でも、そのときの私は

    「この子らしいな。」

    そう笑いながら思えたのです。

    息子を見続けてきたからこそ、「普通」と比べることより、この子らしさを大切にしたいと思うことができたのです。

    人は、一人ひとり違います。

    成長する速さも、興味を持つものも、心地よいペースも違う。

    だからこそ、大切なのは「普通」に合わせることではなく、その人らしさを見つけること。

    その人らしさを認めることが、その人の力を伸ばすことにつながるのだと、息子が教えてくれました。

    振り返れば、ワンオペ育児は決して楽ではありませんでした。

    何度「助けてほしい」と思ったか。

    それでも、あの日々があったからこそ、私は毎日、人を観察するようになりました。

    言葉だけで相手を判断しない。

    表情や行動、その奥にある気持ちに目を向ける。

    そんな習慣が、少しずつ身についていったのです。

    当時の私は、この力が子育てだけに役立つものだと思っていました。

    けれど数年後、仕事を通して気づきます。

    「人を見る力」は、子育てだけではなく、

    人間関係にも、仕事にも、営業にも通じる、人と信頼を築くための土台だったのだと。


    第五章 観察する力は、仕事でも通用した


    息子との日々の中で育まれた「観察する力」は、子育てだけで終わるものではありませんでした。

    私はその後、離婚を経験し、子どもたちを連れて地元へ。

    ひとり親として働きながら子どもを育てる毎日は、決して楽ではありません。

    収入は増やしたい。

    でも、学校行事には参加したい。

    子どもが熱を出したら、すぐに迎えに行ける働き方を選びたい。

    子どもたちの成長に合わせて働き方を変えながら、私は何度も転職を経験しました。

    薬局。

    印刷業界。

    食品業界。

    そして、不動産業界。

    異業種への転職は、そのたびにゼロからのスタートです。

    知らない仕事。

    知らない人。

    知らないルール。

    新しい環境へ飛び込むたび、私が最初に覚えようとしたのは仕事ではありませんでした。

    まず、その職場の「人」を見ました。

    どんな空気が流れているのか。

    誰が周りをよく見ている人なのか。

    誰に相談すると仕事が進みやすいのか。

    どんな言葉が交わされ、どんな距離感で人と関わっているのか。

    まず観察する。

    すると、不思議なほど自然に職場になじめるようになりました。

    相手を知ることから始める。

    それは、息子との日々の中で身についた習慣です。

    あんなに話さなかった息子は、おしゃべり好きな高校生へと成長し、偏差値70の高校へ進学しました。

    その頃、私は独学で宅地建物取引士の資格を取得し、賃貸不動産会社の営業職へ転職。

    営業は、話し上手な人の仕事。

    私はずっと、そう思って避けていました。

    ところが実際に働いてみると、大切なのは話す力だけではありませんでした。

    お客様がどんな暮らしを望み、何を大切にし、どんな不安を抱えているのか。

    その思いを理解しようとすること。

    そこから信頼は生まれていきました。

    観察することで、相手に必要な言葉が見えてくる。

    だから、無理に売り込まなくても、お客様との会話は自然につながっていきました。

    私は営業を通して、子育てで学んだことは仕事でも同じなのだと実感しました。

    相手を変えようとするのではなく、まず理解しようとすること。

    その姿勢が、安心感を生み、信頼へとつながっていくのです。

    さらに四十代になり、健康のために始めたゴルフでも、人を見る面白さを知りました。

    十八ホールを一緒に回ると、その人らしさが自然と表れます。

    思い通りにならない時の態度。

    仲間への気遣い。

    待ち時間の過ごし方。

    ミスをした時に口にする言葉。

    人は言葉を飾ることはできます。

    でも、行動までは飾れません。

    その人らしさは、日常の何気ない振る舞いに表れるのです。

    振り返ると、子育ても、仕事も、営業も、ゴルフも、私が見ていたものは同じでした。

    相手を理解しようとすること。

    決めつけず、その人らしさを見つけること。

    まず観察すること。

    三歳まで話すことができなかった息子が育ててくれた「観察する力」は、人生のあらゆる場面で私を支えてくれました。

    そして私は、仕事を通して確信するようになります。

    コミュニケーションで本当に大切なのは、話す技術ではない。

    相手を理解しようとする姿勢であり、その土台となるのが「観察する力」なのだと。


    第六章 コミュニケーションは、観察から始まる


    「コミュニケーション能力が高い人になりたい。」

    昔の私は、そう思っていました。

    話し上手な人。

    初対面でも自然に打ち解けられる人。

    会話が途切れない人。

    そんな人を見るたびに、自分には何か足りないものがあるような気がしていました。

    でも、息子と過ごした日々は、その思い込みを変えてくれました。

    相手の表情を見る。

    声の調子に耳を傾ける。

    目線やしぐさから、言葉にならない思いを感じ取ろうとする。

    その人だけのペースを尊重する。

    そうして相手を観察するようになってから、人との関わり方は少しずつ変わっていきました。

    以前は「何を話そう」とばかり考えていた私。

    でも、今は違います。

    「この人は、今、どんな気持ちなのだろう。」

    そう考える時間のほうが長くなりました。

    相手をよく見ていると、無理に会話を盛り上げなくても、言葉をかけるタイミングや、必要な言葉が自然と見えてきます。

    私は、人生を振り返って気づきました。

    コミュニケーションの土台は、「話す力」ではなく、「観察する力」なのだと。

    今年、高校生になった娘も、新しい環境を前に少し不安そうにしていました。

    「友達、できるかな。」

    私は、息子から教わったことを、そのまま娘に伝えました。

    「無理に話しかけなくても大丈夫。まずは周りをよく見てみたら?」

    どんな子がいるのか。

    何が好きそうなのか。

    どんな雰囲気なのか。

    相手を知ろうとすれば、きっと話しかけるタイミングも見えてくるから。

    しばらくすると、娘は学校での出来事を楽しそうに話してくれるようになりました。

    息子から教わったことが、今度は娘へ受け継がれている。

    そう思うと、とても嬉しくなりました。

    思えば、すべてはあの日から始まりました。

    三歳まで話すことができなかった息子を理解したくて、毎日、小さな表情やしぐさを見つめ続けたこと。

    昨日との違いを見つけ、その子だけのペースを信じて待ち続けたこと。

    あの時間が、「観察する力」を育ててくれたのです。

    子育てだけでなく、仕事でも、人間関係でも、相手を理解しようとする姿勢は、少しずつ信頼へとつながっていきました。


    私は、息子を育てていたつもりでした。

    でも、本当は違いました。

    育てられていたのは、私。

    人を変えようとしていた私は、息子との日々を通して、一番大切なことを学びました。

    人は、変えるものではない。

    まず理解しようとするものなのだと。

    そのために必要なのは、話す技術ではなく、

    相手をよく見て、その人らしさを知ろうとする姿勢。

    三歳まで話すことができなかった息子が、私に教えてくれた人生で最も役に立つビジネススキル。

    「観察する力」

    私は、この「観察する力」こそが、人生を豊かにし、すべてのコミュニケーションの土台になると信じています。

    #創作大賞2026 #ビジネス部門

     
     
    子育てと仕事に追われる毎日。 シングルマザー。 40代から宅建・FP2級を独学取得。 子どもの成長に合わせて何度も転職。 3歳まで喋れなかった息子は、 今では偏差値70の高校へ。 遠回りばかりだった私ですが、 毎日頑張る人の、 少し肩の力を抜ける場所になれたら嬉しいです。

    あなたへのおすすめ