
私が生まれてすぐには、すでに父には女がいたらしい。
それを知ったのは、中学生の頃。
父には、行き来する家が二つあった。
それでも、クリスマスや誕生日、親戚の集まりになると、私たちはちゃんと3人家族だった。
私の祖父母は、その事実を知らないまま亡くなった。
私が20歳くらいになると、父は家に帰ってこなくなった。
それでも、家族は続いていた。
クリスマスも、誕生日も、親戚の集まりも。
何も知らない人たちの前では、いつも通りの家族。
私は幼い頃から、母の顔色を見ていた。
何かがおかしい。
でも、それが何なのかはわからない。
お金も大変だったと思う。
お利口さんではなかった私を育てることも、きっと大変だった。
母は、女から父を取り戻したかったのだろうか。
今となっては、わからない。
ただ、家の中に漂うものを、私は子どもなりに感じ取っていた。
一度、母に「別れればいいのに」と言ったことがある。
母は泣きじゃくって、「あなたには関係ない」と言った。
でも、本当は関係なくなんてなかった。
子どもには説明されなくても、家の空気はわかる。
私はその空気を、自分の中だけで処理していたのだから。
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二人は、60代後半で熟年離婚した。
父は女の人に追い出され、母にも見捨てられ、そのままホームレスになった。
私は、父を探した。
仕事をしながら、子育てをしながら。
父の新しい生活の準備をした。
私はひとりっ子だから、これからも全部を一人で抱えないといけない。
野犬に噛まれていた父のふくらはぎを、今でも忘れない。
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二人はそんなんでも、
私には愛情を注いでくれていた。
感謝もしている。
でも、許せないものも確かにある。
これが、私の家族愛だ。
そして私は、たぶんこの環境の中で、いくつかのものを身につけた。
人の顔色を見ること。
空気を読むこと。
何かあれば、自分でなんとかしようとすること。
誰かに頼る前に、自分で抱えること。
今の私の思考癖にも、きっとつながっている。
でも、それに人生を決められたくはない。
私の人生は、二人の人生とは違う。
私は、私の人生を生きたい。
私は今も、必死に生きている。