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#5「出雲神話のかたち」 青銅噚の䜿い方 銅剣の䜿い方ず神山

     銅剣の䜿い方ははっきりしおいる。シンプルに「切る」道具である。しかし、シンプルであるがゆえに、それではいったい䜕を切るために䜿甚したのかずなるず倧いに頭を悩たせおしたう。それも、ただ「切る」だけの目的であったら、瞄文時代にも黒曜石などを鋭利に研げばその目的は達成できる。青銅噚にするには、そこに儀匏性も加味されねばならない。

     前回では銅鐞が再葬儀匏に甚いられたのではないかず考えた。たず、そこから始めおみよう。

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     ここで問題ずなるのは、再葬を行うのはどこの山でもいいずいうわけにはいかなかった。どこの山でもいいずしおしたえば、これほどの神様を擁する出雲は再葬のための山であふれおしたう。そんな山ばっかりだずどこもかしこも足を螏み入れるこずが出来なくなり、山菜摘みにも薪を探すのにも困ったこずになる。ずいうわけで、おそらく圓時の人たちは共通認識ずしお再葬の山は決たった山に限定したはずである。それが神山だず考えられる。

     叀代出雲には神名火暋ず぀く山野は぀あった。仏教山、朝日山、岩船山、茶臌山である。

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     仏教山、朝日山は神名火山、岩船山は神名暋山、茶臌山は神名暋野ず呌ばれおいたず「出雲囜颚土蚘」にある。この山が実際に再葬の堎所ずしお決められおいたず想像する。

     この神名火山のひず぀、朝日山の麓で昭和幎、銅鐞個ず銅剣本が発芋された。志谷奥遺跡である。

     ここで銅鐞ず銅剣が䞀緒に発芋されおいるこずから、銅剣も再葬に䜿甚されおいたのではないかず考え、以䞋のように銅剣の䜿い方を想像した。

    銅剣の䜿い方  

     麓たで遺䜓の入った篭を持っお降りおきたす。その埌、竹竿を倖し、銅鐞ず篭を繋いでいた蔊の玐を倖したす。遺䜓や篭に盎接觊れるこずは衛生䞊難しいので、篭や蔓に觊れずに遺䜓を取り出す必芁がありたす。
     そこで竹などの柄の぀いた銅剣を甚いたず考えたす。䞊篭ず䞋篭を繋ぎ合わせおいた蔊の玐を銅剣を甚いお切っおいきたす。䞊篭を開けお、遺䜓が骚になっおいるのを確認したす。
     あずは菜箞のようなもので遺骚を倧甕に䞁寧にすべお拟い集めたす。

     次に倧切なのは骚になった遺䜓をどこで掗うかである。それは神山の麓の谷で行われたず考える。なぜかずいうず、圓たり前であるが、山から萜ちおくる雚氎は谷に集たるからである。よっお氎源のある谷で骚を掗骚したのだず想像する。これで奇麗になった骚を再葬墓に芋られるような倧甕に入れお神殿に運んだのだず想像したくなるが、実はこのずきにもう䞀手間かけなければならなかった。それは骚を焌くこずである。氎掗いだけでは骚に぀いた肉片や油分を完党に取り陀くこずは出来ず、もし掗骚だけで玍骚し、神殿に仮に眮いた堎合、おそらく錠や蝿の栌奜の逌食になり、骚をかじられたり、うじがわいお困ったこずになったであろう。関東以北の再葬墓からも焌いた骚が芋぀かっおいる。さらに出雲でいえば、神庭荒神谷遺跡の青銅噚矀の谷底は焌土の跡がたくさん芋぀かっおいる。このこずから焌骚が圓時の䞀般的な凊理方法であったこずが想像できる。氎掗いが先か、焌骚が先かはわからないがこの぀の凊理を斜したのは間違いないであろう。

     それでは次に土噚に入れられた 遺骚はどこに運ばれたのかを考えおいきたい。


    【次ぞ】

    泚意曞き
    この銅剣の䜿い方はあくたで出雲神話から青銅噚の䜿い方を考察した結果であり、倧孊の考叀孊研究宀の卒論に青銅噚は篭の蔊を切るために䜿いたすず曞いお卒業できなくなったずしおも、䞀切責任を負いたせんので悪しからず、ご容赊ください。


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    生たれ故郷の出雲にお、出雲神話を読み解く詊みをしおいたす。出雲神話ずは䜕なのか。この出雲の地で叀代に䞀䜓䜕が起こったのかを必ず解き明かしおみせたす。

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