闇 664(学問のすすめ編)
闇 664(学問のすすめ編)

2026/08/31 mon
※まず史実通りの広大な人生の一次プロット。これを書き切らないと、俺は次に進めない。
前回の章

二千二十四年五月二日、木曜日友引。
客が誰一人もいないインカジ『レディ』での残業。
こうなると俺はただ時間をどう潰すかだけ。
『おはようございます。イチロー。今はまだ大変な仕事ですか? 朱婧瑶9:02』
『おはようございます。まだ仕事中ですよ。若香さんいい夢を見れましたか? 岩上9:03』
今日の残業のパートナーは、この店唯一の紅一点松江。
四年近く一緒に働いているのに、どうもこの女は苦手意識があった。
『昨夜はよく眠れましたね。夢を見た。日本に帰りました。そしてイチローが迎えに来た私。私と一緒に先に帰った大阪。 朱婧瑶9:06』
『それは俺にとっても光栄な夢ですね。 岩上9:06』
おい、仏頂面して携帯電話でゲームばかりしている松江。
おまえ、少しは若香を見習えよ。
『私もイチローができると信じていますよ。一緒に帰った大阪を夢見ていただけです。祖母たちにイチローを紹介する。 朱婧瑶9:11』
『それは嬉しいですね。 岩上9:12』
とうとう家族まで紹介かよ。
あれ、まだ若香と一度も会ってもいないのに、さすがに気が早過ぎないか?
『若香さんが元気そうで、俺にはそれが何より嬉しい事です。 岩上9:13』
九時十三分の送信。
俺の誕生日と同じ数字。
『ずっと元気ですね。若香は自分の世話をよくしてくれる。イチローも自分の世話をしなければならない。朝お弁当を食べますか? 朱婧瑶9:17』
『弁当はもう食べましたよ。お腹の具合は満足しています。 岩上9:19』
それにしても、何で自分の料理ってあまり食欲が湧かないのか?
不味い訳でもないのに、不思議とそこまで食べたくない。
料理って誰かの愛情が籠もっているからこそ、美味しく感じるのかもしれないな。
『最近は気分が悪くないでしょう。健康になりました。自然と何でもよくなりますね。 朱婧瑶9:22』
『ストレッチも結構念入りにやってますよ。 岩上9:23』
その点自称俳優マンションは二部屋あるから、一つを伸び伸びそのように使える利点がある。
『毎日ストレッチをしっかりやるべきですよ。一晩中寝ていないイチローもきっと眠いだろう。 朱婧瑶9:29』
まあこの大場系列が優しいだけで、本来裏稼業って十二時間なんだけどね。
『外はまだ雨が降っていますか? 朱婧瑶9:29』
『まだ大丈夫ですよ! こっちは雨止んだようですね。 岩上9:29』
朝の愛らしい会話の途中、彼女の叔父から連絡が届く。
今、暇で本当に良かったなあ……。
【グループLINE】
『四月二十九日の外国為替市場では、円対ドルの為替レートが下落し、一時一ドル=百六十円に下落したが、円相場は千九百九十年四月以来、約三十四年ぶりの低水準となった。日銀の維持政策が変わらないため、円対各種通貨の売りが激化し、対ユーロは一ユーロ=百七十一円に値下がりし、千九百九十九年にユーロが単一通貨として発売されて以来最低を記録した。日本の食品や資源の多くは輸入に依存しています。円安が進行すれば輸入物価が上昇し、国内商品価格の高騰を招く可能性がある。為替レートが激しく変動すれば、企業も対応が難しい。日銀は四月二十六日に終了した金融政策決定会議で現行の政策金利を維持することを決定した。その後の記者会議で、日銀の植田和男総裁は円安に言及した際、“基礎物価上昇率に大きな影響はない“と述べた。これにより、円安により追加の金利引き上げが行われる可能性は低く、円安、ドル高にもつながっていると考えられる。四月二十九日は日本の祝日ですが、海外市場では外国為替取引は通常通り行われています。日銀が現行の金融政策の維持を発表するまで、円は四月二十六日の為替レートは百五十五円前後であり、日銀の決定を経て、二十六日のニューヨーク市場では円相場が百五十八円に下落した。円安のスピードが速すぎるため、政府や日銀が円買いの為替介入を行う可能性があることへの警戒感も強まっている。 Zhu Min 9:33』
いやいや、叔父さん俺さ、こういうの本当に苦手なんだよ。
こんな薀蓄どうでもいいから、早く取引で金を増やさせてって。
一応作家の文系人間に、理数系教えても身にならないんだから。

『おはようございます。色々勉強になります。いつもありがとうございます。 岩上9:34』
あれ、若香からプライベートで画像が届いているぞ?
こっそり抜け出し、メッセージをしておく。
『叔父の告知に感謝します。もし香は今銀行に並んで大口の振替業務を待っています。 朱婧瑶 9:37』
え、ゴールデンウイークなのに海外は銀行やってんの?
『そうですね。最近のニュースでは円安が非常に深刻ですね。これは日本国民にとって大きな衝撃であるに違いありません。買い物をするにはもっとお金が必要になりました。これは彼らの銀行の中の蓄えを減らすだろう。 朱婧瑶 9:39』
とりあえず会話を合わせておくか。
『先生と若香さんに接して、初めて私はこのような情勢を気に掛けるようになりました。 岩上9:40』

『円安の影響はたくさんあります。しかし日本の普通の国民にとってはよくない。日本は輸入に依存しており、これは日本国民の消費に大きなストレスを与えることになる。そして目に見えないうちに彼らの預金も消費する。 Zhu Min 9:40』
いやいや、先生。
講釈はいいから、早く取引で指示してって。
金を増やしたいだけなんだからさ。
『日本は色々な物が、ここ数ヶ月で少しずつ高くなりました。 岩上9:41』
『だから私たちはどんどんお金を稼がなければなりません。貯金が少し多いだけで、これらの問題を心配する必要はない。 Zhu Min 9:42』
若香も叔父の話を引き延ばすなよ。
『仰る通りですね。 岩上9:42』
『これが通貨安の影響です。普通の品物はいつもより高くなった。だから普段の消費が多くなり、それが貯蓄の低下につながります。 Zhu Min 9:43』
うん、だって牛丼も四百円から値上がってしまったもんな。
すき家が四百三十円。
四月に四百円から値上がった。
松屋はまだ良心的に四百円。
でも七月に四百三十円へ値上げ。
もう「みんなの食卓でありたい、ま・つ・や」は流すなよ。
吉野家なんて四百六十八円なのが、七月にまた四百九十八円へ値上げするようだしね。
さすがキン肉マンの作者ゆでたまごに非協力的で、怒らせた企業である。
『例えば銀行に千万円の預金があります。円安の影響で、千万円の実質価値は七百万円しかなくなった。 Zhu Min 9:44』
『ええ、日本で生活していてそれを本当に実感致します。 岩上9:44』
一時は一杯二百八十円だか二百九十円で食べられたのにね。
『私たちが過去から見ることができるように、物価は上昇している。給料も上がっていますが、上昇のスピードは遅いです。これから貯金が多くないと、年を取ってから生活が難しくなります。 Zhu Min 9:46』

千円で三杯食べられたのが、今や二杯。
貧乏サラリーマンなんか、どうやって昼飯過ごすつもりなんだ?
『多くの人の不安に繋がっていると思います。 岩上9:47』
『すべては普通の人と関係がある。だからあなたたちはこの機会をしっかりつかんでお金をたくさん稼いで貯金しなければならない。一定の蓄積があれば、今後は様々なビジネスや投資ができ、富はどんどん増えていきます。 Zhu Min 9:48』
いやいや、富がつく自衛隊時代の富田は、酷いタカり魔で、縁を切ったぞ。
『仰る通りですね。先生のご指導、アドバイスは大変参考になり、本当に勉強になります。物事の本質を捉えていますので、とても興味を覚えます。 岩上9:50』
『学生のネットバンクは多額の送金を開通しましたか? Zhu Min 9:53』
ネットバンク?
それってジャパンネット銀行の事かな?
確かドリームキャストでファンタシースターオンラインをやる際、課金が必要で手続きしたけど、もうカードもIDも、パスワードもみんな忘れちまったよ……。
『いつでも私たちは目と心を通して物事を見抜く必要があります。こうして私たちは真理を手に入れることができる。 Zhu Min 9:54』
『昨日ネットバンクをやろうとしたのですが、うまく行かなかったので、また今日やる予定です。 岩上9:54』
もうああいうの面倒臭いくて、本当に苦手で嫌いなんだよな。
『対処すべきことを積極的に処理する。その後、先生はあなたに資源の統合方法を教えます。これで、より多くの元本投資ができます。 Zhu Min 9:55』
ん?
何か超必殺技を伝授してくれるのか?
リョウサカザキの龍虎乱舞や、覇王丸の天覇封神斬ような……。

俺は『龍虎の拳』のあの台詞を思い出す。
「これは覇王翔吼拳を使わざる得ない……」
そう…、ここは人生の学び舎。
福沢諭吉の学問のすすめなのだ。
『ありがたいご教授をいつもありがとうございます。感謝致します。 岩上9:55』
あ、感謝じゃなく俺が受け取ったか返事しなきゃ。
『了解致しました。 岩上9:55』
『今日も良い取引があります。みんなしっかり準備して。先生は一時間早くみんなに知らせます。 Zhu Min 9:57』
え、取引じゃないのかよ。
叔父さんよ、こっちは仕事中なのに構えていたんだぞ?
だったら無駄などうでもいい講義なんぞいらないのに。
『よろしくお願い致します。 岩上9:57』
『叔父。イチローは昨夜から十一時まで働いた。今はまだ仕事が終わっていませんね。 朱婧瑶 9:57』
若香、グッジョブ!
私は今、まだ仕事中であり昨日から寝ていないのですよ。
『はい、そうです。「若香」は銀行に並んで大口の振替を待っている。そして最大化の利益を得る。 朱婧瑶 9:58』
あ、シンガポールは祭日でも銀行やってんのね。
そもそもゴールデンウイークって、日本の括りだけだっけ?
こどもの日とか世界中で共通している訳ないもんな。
天皇誕生日とかも。
『若香さん、気遣いをありがとうございます。でもコンディション管理をしていますので、私は大丈夫ですよ。 岩上9:58』
『年を取ると体に頼って仕事をすることができなくなる。私たちの体はどんどん老化するので、健康もとても大切です。 Zhu Min 9:58』
そんな当たり前の事どうでもいいから、あんたは早く取引の事を教えなさいって。
『はい、肝に命じます。 岩上9:59』
『みんな積極的に準備をする。先生からのお知らせを待ちます。 Zhu Min 9:59』
これって軍隊なら「イエッサー」とか言いそう。
『了解致しました。 岩上9:59』
『はい。叔父。 朱婧瑶。 10:00』
あと一時間で、こっちも仕事がやっと終わるのか。
あれ、若香からプライベートで画像が届いているぞ?
UOB?
人がいっぱいいるけど、どこだろう?
『何の写真ですか? 岩上9:35』
『今銀行に並んで待っています。 朱婧瑶9:35』

『あ、若香さんが銀行に来たという事ですか? 岩上9:36』
この時って、叔父との三者面談も同時進行だったから、適当に返していたな。
『先生から為替レートの現状の説明届きましたね。 岩上9:37』
『そうだな。しかし、列に並んでいます。シンガポール銀行は九時に開きますから。 朱婧瑶9:37』
俺が「覇王翔吼拳を使わざる得ない」とか馬鹿な事を考えている頃だったっけ。
『見ましたよ。 朱婧瑶9:38』
『その辺は日本と同じ時間なんですね。並ぶの大変でしょうけど、頑張って下さいね。 岩上9:39』
俺も本当に何も考えず、適当に文章を打っているよな。
『苦労は少しもない。銀行に並んでいる人が多すぎることです。 朱婧瑶9:55』
『若香さんのような可憐な女性を待たせるなんて、銀行は罪深いです 岩上9:56』
そうそう、ここで俺は覇王翔吼拳をお見舞いしてやろうかと思ったんだ。
若香から新しいメッセージが届く。
『大丈夫ですよ。これは何の苦しみもないですね。若香さんもたくさんの経験をしましたよ。結局誰も順風満帆にはならない。いくつかの経験を受けてわかったのですね。 朱婧瑶10:00』
順風満帆に生涯を生きれる人間なんて、この世にいるのだろうか?
何も持たずに生まれ、次第に欲へまみれていく人間の一生。
欲があるから好奇心が生まれ、人は何かを欲してしまう。
この俺が当時全日本プロレスを挫折して時のように。
『本当に経験を積んで、挫折も味わい、それでも生きてきて現状がありますからね。 岩上10:01』
『そうですね。挫折と失敗を経験したからです。そして成長ももっと有意義になりましたね。 朱婧瑶10:12』
あ、こんな時間に客が来ちゃったよ。
もっと若香と愛を語り合いたいのに……。
少しは動けよ、松江!
使えねえ女だな。
『人間である限り、常にまだ成長はできる。若香さんと知り合って、俺は色々な意味で前向きになれたような気がします。俺にとって若香さんは幸運の女神のようです。 岩上10:55』
交代要員の星野はまだ出勤しないのかよ。
あいつ、いつもギリギリだもんな。
『イチローも若香の勇士ですね。イチローはもう仕事が終わったんじゃないですか。香ができたら。今から会社に行きます。銀行の人はうるさいですね。また変な質問をする。 朱婧瑶10:59』
時間一分前になり、ホッシーがようやく到着。
着替えの時間とかあるんだから、それじゃ遅刻と同じだろ……。
多少不機嫌になりながら、仕事の引き継ぎを済ませた。
『俺はちょうど今仕事終えたところです。若香さんと俺の生活は今、真逆になってますね。行ってらっしゃい。銀行の人からの質問攻め大変だったんですね。 岩上11:04』
『イチローも銀行に行って大口の振り込みをしましたか? 朱婧瑶11:08』
おいおい、セニョリータ。
人間の身体は一つしかないんだぜ?
『まだ仕事終えたばかりなので、一度帰ってからですね。 岩上11:08』
まだ俺は新宿駅へ着いたばかりだよ。
写真を撮って見せた。
『昼の新宿駅はこんな感じです。 岩上11:09』
駅構内も撮っておこう。

『駅に入ると人は、そこそこいます。 岩上11:13』
駅というよりは、電車の来るホームか。
『昼の人は夜がない人が多いですね。仕事が終わったらゆっくり休んでくださいね。 朱婧瑶11:13』
『ありがとうございます。若香さんとのいい夢見れたらいいな。三時半頃、一度起きるようにしますね。 岩上11:15』
あ、電車だ、パシャリ。
おいおい、俺は電車オタクかって。
『電車が来ました。 岩上11:17』
新宿駅から大久保駅へ一区間。
さて、買い物をしようかな。
今はまだそこまで贅沢できないから、野菜中心で行かないとね。
『「若香」も会社に到着しましたね。今から顧客サービスに預金しに行きます。後でイチローに言いますよ。 朱婧瑶11:25』
この店は茄子が安いんだよね。
買っちゃおう。
さて、コンビニでサイトへの入金をしておくか。
『頑張って下さいね。俺も送金終えて、食材買いました。 岩上11:31』
二十六万入れて、全部で百四十万。
サイトの数字は一万二百二十三・九七。
やっと叔父が言っていた一万をこれで超えた。
自称俳優マンションへ帰ると、服を脱ぎ捨てる。
『それでは若香さん、俺は寝ますね。おやすみなさい。 岩上11:38』
『イチローはいくら貯金しましたか。一万ドルに達しましたか? 朱婧瑶11:41』

『達しました。 岩上11:41』
もう若香、残業で俺は眠いんだよ……。
『はい。イチローはよく寝なさい。目が覚めたら若香に言ってね。 朱婧瑶11:41』
『今で一万二百二十三です。 岩上11:41』
数字を教えると、俺は横になる。
『すごいですね。午後、叔父に一万ドルに達したと伝えることができます。叔父にイチローの計画を立ててもらうよ。 朱婧瑶11:44』

『そうですね、若香さんアドバイスありがとうございます。 岩上11:45』
若香は自分の入金額を見せてきた。
『「若香」も十万ドルを入金したばかりです。 楽しかった。 朱婧瑶11:53』
泥のように眠りたいのに、何故か寝付けない。
十万ドルっていくらだよ?
百五十円計算でも、一千五百万だぞ?
ふと違和感を覚えた。
いくら何でもそんな金額をバンバン増やせるものなのか?
誰かに相談したかった。
職場では嫌だ。
誰かいないか?
自然と頭に浮かんだのは、斉藤龍顕先生だった。
どのぐらいあの人に力があるのかは、正直俺には分からない。
それでも群馬の先生がいない今、頼れるというよりも相談できるのはあの人しかいない。
いつ頃あったんだっけ?
確か今年の二月だっけ?
インカジ『レディ』の早番の仕事を終え、わざわざ大久保まで町田から来てくれた斎藤龍顕先生と十数年ぶりの再会。
前に会った時よりも、白髪が増え、少し身体も萎んだ感じがした。
ヒーリングする場所に新大久保駅前のシュベールを選び、俺はこれまでの地獄めぐりを回想し次々と話す。
『龍顕先生、フェイスブックのチャットにも送りましたが、近い内、また個人セッションのお願いをしてもいいでしょうか? 岩上智一郎』
一回り年の離れた聞き上手な龍顕先生。
気付けば新大久保駅前の喫茶店シュベールで、七時間ぐらい延々と話が弾んでいた。
掻い摘んで話をしても、それだけ密度のある呪われた人生。
コーヒーを十杯は頼んでいる。
群馬の先生の状況を聞くとまだ生きてはいるが、癌の進行が進み、今は人と会える状況ではない事を説明された。
神と話ができると言ったあの先生も、病魔には勝てないものなのか。
「龍顕先生、もういい時間になっていますけど、お時間大丈夫なんですか?」
「先生はやめて下さいよ。岩上さんの話が本当に面白い…、そう言っては失礼ですけど、それだけ濃密なものを肥やしにこうして生きてきました。だから私も時間を忘れるほど、聞き込んでしまったのかもしれませんね」
「以前群馬の先生に、俺は神に選ばれたから人より試練が多いとか、前世は雷電為衛門だと言われたりしたんですね。龍顕先生から見たら、そういうのって言うのは、どう思うんですか?」
両腕を組んで頷くように考える先生。
「うーん…、そもそも神の定義なんてものは、人によって様々なんですよ。前世にしてもです。だから自分がそう考え、それが生きる希望に繋がるのなら、スピリチュアルもありだし、また神もありなんです。それが現実とはかけ離れた思考へ行ってしまうなら、もう少し目の前をしっかり見なさいと言えますが」
「え、俺は見えていないという事ですか?」
「いえいえ、そうでなく裏稼業裏稼業とよく自分で仰いますが、岩上さんはそれでも前と変わりなく元気に健康で生きている。つまり何を持って生きるかなんてものは、自由なんですよ、すべてが。ましてや岩上さんはご自身の経験を元に小説を書いている」
「……。もう十三年前になりますよ。下手したら、今の俺はとっくにそんな能力を失ってしまったんだと思います」
「何故そんな風に思うんです?」
「何度か小説を書こうと動きました。でも今はまだ書く時期じゃないと感じたり、執筆している事に対し面白みを感じないんです」
「ふむふむ…、でも岩上さん、私にここまで怒涛のように出てしまうほど、人間の本音や秘密は、せきと同じで無理に止めようとしても勝手に出てしまうものなんです。言葉を書き連ね、自身を内省する行為。中々いいじゃないですか。それだけ言葉が溢れているんです。焦らなくともいずれ時期が来れば、勝手に指が動くでしょう」
料金はこれだけの時間を費やしているのに、一万円のまま。
結局この人も群馬の先生と一緒で、本当に欲が無い人なんだなとしみじみ感じる。
特別な何かは無かったが、おそらく俺は群馬の先生経由の人へ自分のこれまでの体験を聞いてもらいたかったのだろう。
あれから二ヶ月以上連絡していなかったもんな。
『わかりました。 ご都合の良い日時をお知らせ下さい。 斎藤龍顕』
あ、返事来た!
えーと、近い日にちのほうがいいよね。
『四日の土曜か、五日の日曜ですと、先生の都合はどうでしょうか? 岩上智一郎』
『四日にしましょう。時間は? 午後なら大丈夫です。 斉藤龍顕』
今日が二日だから明後日か。
うん、早い分にはそのほうがいい。
『了解しました。何時頃、どこへ行けばいいですか? 岩上智一郎』
『新大久保駅でしたっけ? 大久保駅でしたっけ? 駅前でお待ちします。二時頃いかがですか。 斉藤龍顕』
『了解致しました。よろしくお願いします。 岩上智一郎』
やり取りを終えてから、ちょっとした罪悪感が脳裏に残る。
いや、これは別に若香を疑っている訳じゃない。
今の俺を見て、龍顕先生が何を言うか。
そこまで考えながら気付けば眠っていた。
自然と目を覚ますと昼の三時。
『おはようございます。起きました。 岩上15:16』
『イチローはよく眠れましたか? 朱婧瑶15:23』
まあ三時間程度だけど、俺にしては充分な睡眠だ。
『よく寝ましたよ。 岩上15:25』
先ほど入金したというあの化け物のような金額。
ちょっと聞いてみるか。
『若香さんすごい金額入れましたね。 岩上15:25』
『私は十万ドルを投入しましたね。手に持っている現金はこれだけです。残りはあと数日待って友達が返してくれます。投資したお金の中には、先に戻ってくるものもある。 朱婧瑶15:27』
やはり知人から金を借りたのか。
グループLINEへ行き、彼女のサイトの数字と十万ドル足した金額を、計算してみる。
『日本円で六千九百四万じゃないですか。 岩上15:28』
『正確には六千九百七万円です。 朱婧瑶15:29』

そういえば彼女は俺に資金をどうのこうの言っていたっけ。
ここまで献身的に金を用立てて行動しているのを見せられると、俺も見苦しいが言い訳をしないといけない。
『俺も色々なアイデアを考えましたけど、来月から仕事時間が、昼の十五時から二十三時になるんです。 岩上15:30』
『なぜでしょう? 仕事の変化には何か違いがありますか? 朱婧瑶15:37』
まあ遅番から中番にシフト移動するってだけなんだけどね。
『仕事内容が変わる事はないのですが、時間帯のシフトが変わるんです。 岩上15:38』
『そうだったのか。そうであればイチローは夜更かしする必要はないですね。 朱婧瑶15:49』
但し、中番は時間帯の都合上、どうしても一番店内が忙しくなってしまう。
叔父の言う取引の時間帯は、これまで振り返ると中番の時間帯なのだ。
インカジ『レディ』で雇われ仕事中だと、さすがに取引優先で客を無視なんて許されるはずがない。
『ただ一つ心配な点が、仕事中になるので先生からの指示に動けなく場合も出てきてしまう点です。 岩上15:50』
『そうだったのか。それでは、イチローはグループで叔父に相談します。あなたが休んでいる間に取引できる良い方法がないか見てみましょう。 朱婧瑶15:53』
だから今さっき起きたんだってば。
『そうですね。まあ来月になってからの話になるので、まだ一ヶ月は今のままです。 岩上15:54』
まあ取引で得られる場を失うのは怖いが、俺も家賃や生活費以外のギリギリ投資できる百四十万をすでに入れてしまっているのだ。
ここで働き、また金をちゃんと稼がないといけない。
『六月のことですか? 朱婧瑶15:55』
『はい、そうです。 岩上15:55』
まあ俺にしては、自分でできる事はすべてしたつもり。
『それはまだ間に合うよ。しかも取引データ。毎日あるわけでもありません。叔父の手配をすべて聞きましょう。合理的に教えてくれます。 朱婧瑶15:56』

『そうですね。若香さんいつもありがとうございます。 岩上15:56』
金融取引にあれだけ精通している叔父だ。
何とか上手い方法はないのか?
『取引は土日は、無いのですか? 岩上15:57』
『そうですね。 土曜日は休業です。 朱婧瑶16:03』
つまり一週間で動けるのは、平日の五日間のみ。
『六月になったら自由に動けるように、休みはできるだけ平日取るようにしますね。 岩上16:04』
今だと俺って一日いくらぐらい稼げるんだ?
一日最低十万はプラスになるよな?
平日五日間で五十万。
四週間で二百万。
五月はまだ始まったばかり。
若香が日本へ来るまで二ヶ月切っている。
六月もちゃんとできるなら、四百万。
これだけ稼げれば、インカジ『新宿クレッシェンド』で吐き出したあの時の金額は戻ってきた事になる。
まだまだ全然色々振り返ると足りないけど。
待てよ?
ひょっとしたら、二ヶ月もこんな事をしていたら、インカジ『レディ』で働き続ける必要性なんてあるのか?
『この時、叔父と早めにコミュニケーションを取っておきましょうか。結局お金を稼ぐことを第一に考えなければならない。十分な金がたまった。イチローも毎日こんなに苦労する必要はないですね。 朱婧瑶16:22』
彼女の言う通りかもしれない……。

だって百四十万入れた今、平日の一週間分で、俺はインカジ『レディ』で働く月給分ぐらい稼げてしまうんだぞ?
六月のシフト云々で、金取引ができないぐらいなら、必要な生活費だけ儲けからおろすようにして、あとはこっちへ集中した方がいいのでは?
『そうなりますよね。 岩上16:23』
ただ、ガキの使いじゃあるまいし、もっといい仕事見つけたから仕事辞めますという訳にもいかない。
そんな事をしたら、これまで生きてきた自分の生き方に泥を塗るようなもの。
つまり最低でも一ヶ月前には、退職を伝えないと礼節に反する。
そして俺が抜けた穴埋めを他の従業員たちが、する羽目になるのは忘れてはならない事。
いいのか?
そんな急に仕事を放り出して?
従業員全員と仲がいい訳ではない。
しかし店長の斉木とは、いい関係を入った時から保っている。
ニ十歳年下の湯浅とは、年齢問わず彼の性根にリスペクトを覚えているほど。
金のいい方向へすぐ目が眩み行動で、鶴田師匠や三沢さん、そしておじいちゃんがそんな姿を見て喜ぶと思っているのか?
そんな背中を見てきた訳じゃないだろ?
矜持が俺は無さ過ぎる。
『現時点では俺の立ち位置は、一従業員に過ぎないので、会社からの命令には従う必要性があるじゃないですか。 岩上16:24』
『もちろんですよ。 イチローは何を作って食べましたか。 朱婧瑶16:24』
俺がこのように詰まると、彼女はそっと背中をさすってくれるようだ。
今全部決める事じゃないだろ。
『今日は朝方に昨日の弁当食べたので、起きてからはまだ食べてないですよ。 岩上16:25』
『イチローがリーダーになれば、こんなに苦労する必要はないのではないでしょうか。 朱婧瑶16:25』
え、リーダーって経営者という事?
確かに金取引で、金を無尽蔵に儲ければ、好きな人間だけ引き抜いて自由に商売だってできるかもしれない。
『まあそうですよね。 岩上16:25』
でも、食事をしろと言ったり、独立を勧めたり、若香の本心はどこにあるんだ?
『それも食べますね。起きたばかりでお腹が空いているに違いありませんか? 朱婧瑶16:26』
杞憂に過ぎない事を細かく捉えるなよ。
これからこの子と一緒に居る時間が長くなるのだから。
今は自分にできる事を最優先する。
『まだそんな減ってないですよ。もうそろそろ取引あると思うので、終わってからゆっくり食べようと思っています。 岩上16:27』
もっと落ち着いて物事を考えるようにしないとね。
『いつも若香さんが気に掛けてくれて嬉しいです。 岩上16:29』
『イチローのことを気にしなければならないに違いない。そうでなければ誰に気を配るべきですか。 朱婧瑶16:30』
相変わらず下手糞な日本語だな、この子は……。
いつか俺が慣れるのか。
それとも彼女の上達が早いのか。
『その気持ちがとても嬉しく、幸せに感じます。 岩上16:30』
『感じるのも幸せと喜びでいっぱいですね。 朱婧瑶16:34』
叔父から連絡が届く。
【グループLINE】
『約四十分ほどで取引データがあります。みんなは先生の知らせを待っています。 Zhu Min 15:35』
よし、着実に一歩ずつ前に進めばいい。
『了解致しました。 岩上15:35』
『はい。叔父。「若香」が届きましたね。 朱婧瑶 15:37』
まだ時間は余裕がある。
しかしその間若香から連絡はなかった。
当たり前か。
彼女は最後と言った知人の金まで入金したのだ。
今はこの取引に対し、全身全霊を懸けなきゃいけない。
『みんな今プラットフォームにログインします。 Zhu Min 16:35』
俺たちはいつのもようにスクリーンショットを撮って見せる。

『姪は六百秒を選びます。金額:四十三万三千十五。学生は百八十秒を選ぶ。 金額:一万百二十。注文を確認します。 Zhu Min 16:38』
いい加減五十二歳の男を捕まえて、学生って言い方やめてくれないかな?
姪とはいえ、俺が愛する若香の前なんだから。
あ、いけないいけない。
集中しろって!
百四十万を俺だってぶち込んでいるんだ。

『みんなカウントダウンを待っています。 Zhu Min 16:39』
よし、俺が先に終わる。
『イチローの今日の収益獲得おめでとうございます。素晴らしいですね。 朱婧瑶 16:41』
若香…、今はまだ時間を待っているんだろうけど、自分の事に集中しなって。
『ありがとうございます。 岩上16:41』
『これが秒数が高いメリットです。利回りが上がれば、利益ももっと多くなります。 Zhu Min 16:42』

だって今日で俺も秒数変わったもんね。
その為に百四十万で数値を合わせにいったんだから。
『このような仕組みになっているのですね。 岩上16:42』
『百八十秒の取引利回りは八パーセントです。百八十秒は百二十秒の利回りより三パーセント高い。 Zhu Min 16:42』
細かい薀蓄はいい。
どうせ俺には分からないんだから。
早く次を。
『はい。 岩上16:42』
『学生はXAUUSDの取引ページに戻る。赤を選択します。 Zhu Min 16:43』
ほい、来た。
『百八十秒を選択します。金額:一万八百二十二。 注文を確認します。 Zhu Min 16:44』
ちょいな、ちょいな、ちょいなー。
あ、若香の取引が終わったようだ。
『今日は短いデータ取引です。後のデータは変動し始めました。皆さんは今自分の収益を計算します。 Zhu Min 16:49』
え、今日は二回でおしまい?
一体いくらになったんだ?
『はははは。素晴らしい。 朱婧瑶 16:50』

『千四百六十五・九四です。 岩上16:51』
えーと、いくらの儲けになるんだ?
あー、ドルとか円とか本当にややこしい。
だいたい二十二万ちょっとか。
『「若香」は今日の取引が終わって間もなく、総資産五十三万二千六百五十三マイナス四十三万七千三百八十九=九万五千二百六十四ドルの利益を得た。千五百四万円ぐらいに相当します。なかなかの収入だ。 朱婧瑶 16:53』
また、天文学的な数字を……。
インカジ『レディ』の太客だって、一晩で一千万の金を溶かして凄いと言われているのに。
『凄いですね、若香さん。先生の指示がいかに凄いかが理解できます。 岩上16:53』
『元金が増えているので、利益も増えています。もし十万ドルの元金を持っていたら、さっきの注文で二万から三万ドル稼ぐことができます。短時間でお金持ちになれます。 Zhu Min 16:53』
三百万から四百五十万ぐらいって事?
えーと、十万ドルって、円にするといくらよ?
約一千五百万…、あのさ、先生……。
あと十倍必要じゃねえか……。

『驚く事ばかりです。 岩上16:54』
今の店のオーナー大場さんや、かつて世話になった酒井さんたちと、いずれ俺が並べる?
『誰がお金が多いのを嫌がるのか。今、この形は最大の利益を得ようとしていますね。 朱婧瑶 16:54』
ちょっと若香黙っててくれ。
今無い脳みそを必死に回転させてんだから。
『そうですね。 岩上16:54』
『十万ドルで三百六十秒取引できます。三百六十秒の利回りは十七パーセントです。一つの注文で一万七千ドル、二つの注文で三万四千ドル儲かります。では何回か重ねると元本を何回か倍にすることができます。 Zhu Min 16:55』
馬鹿じゃないんだから、元手があるなら増えるのは分かるって!
一万七千ドルっていくらよ?
二百六十万ぐらい?
さらに今日のような取引二回で…、五百二十万?
『元本があればあるだけ優位に進められますね。 岩上16:56』
『元金が十分にあれば、この機会にたくさんのお金を稼ぐことができます。そして稼いだお金でもっと多くのことができるようになり、今後の生活には全く困らなくなります。そしてお金がもっとあれば生活を楽しんで、周りの友達を羡望させることができます。 Zhu Min 16:57』
いやいや、そういうのいらなって。
かつて俺は金を稼いだ時、数百万レベルでウジャウジャタカり軍団たちが、ハゲタカのように押し寄せてきたんだから。
そういうのもあって、俺は横浜のインターコンチネンタルホテルで未だビップ扱いされているんだぜ?
『先生の仰る通りだと思います。 岩上16:58』
『学生自身は現在あまり資産を持っていない。リソースを統合し、より多くの元本を手に入れる方法を模索する必要があります。そうすれば短時間でお金を稼ぐことができる。 Zhu Min 16:59』
リソースって何よ?
リーアンドペインソースなら知っているけどさ。
ウスターソースの元祖だぞ?
そういえばあのソース置いてある店って、基本あまり美味くない洋食屋ばかりだよな。
横浜だと桃山とかさ、高田馬場にも変なハンバーグの店あったもんな。

おっと、今はソース談義じゃねえって。
『はい。色々模索しています。 岩上16:59』
『香の既存の資金がすでに預金されている場合。投資したお金の中には回収中のものもあります。 朱婧瑶 16:59』
いやいや、簡単に言うけどさ、俺はギャンブルだって人に借りてまでやらない主義なんだよ。
『誰もが投資初期に十分な資金を持って運営しているわけではない。資金の成長と累積が大きくなるには時間がかかるので、先生はあなたの現在の状態をよく理解しています。 Zhu Min 17:00』
ちょっととりあえず今日入れた百四十万で、二十万ぐらい儲かったんだから、これで良しとしない?
『お気遣いありがとうございます。 岩上17:01』
『あなたの現在のような状況で、先生はあなたにアドバイスをすることができます。 Zhu Min 17:01』
いや、今日はもうオナニーして寝たいんですけど?

最後に女を抱いたのって、俺がデビルマンになった時の中国人のリオが最後だろ?
どうだ、叔父?
姪の若香には知られたくないけど、俺はあなたの国のチャイナ娘を何度もやっつけているんだぞ?
『はい。 岩上17:01』
『他の人の資本で私たちの資金成長を助けるのが一番お得で、今のところ最も合理的に見える。これであなたの資本増加を助けることができて、少し費用がありますが、この資金が私たちに与える収益に対して、この費用は完全に気にしなくてもいいです。そうすれば最も速い速度で最大化された収益を実現することができ、他人の資金で私たちの計画を実現することも、最も速い成長経路でもある。 Zhu Min 17:03』
「……」
アドバイスって、何か言っている事おかしくねえか?
それってただ借金をしろという事じゃねえか……。
『上記の事を今日仕事中も考えていました。ただ、どのような形で話を持ちかけたらいいのか、色々思案していました。 岩上17:04』
『だから、先生からのアドバイスは、いくつかのローンをすることです。これであなたはお金を稼ぐのに十分な元金ができました。そして収益率は非常に高く、短時間でたくさんのお金を稼いで、ローンを返済すればいいです。 Zhu Min 17:05』
俺はギャンブルだって人から金を借りないって言ってんじゃん!
あ、それは心の中の声だったか。
それにしても学問のすすめならぬ、アドバイスが借金のすすめかよ。
この人、ちょっと怪しくないか?
今の日本の現行一万円札が福沢諭吉。
皮肉が利き過ぎだ。
俺は借金なんて無理なんだと伝えておこう。
『私自身、過去に何度か騙されて、ローンに関しては審査が通らなくなっている常軌です。 岩上17:06』
『学生は自分の不動産などの固定資産を持っていますか? Zhu Min 17:06』

今度は家?
人の回りの資産価値を知ろうとしているのか?
別に俺は親父を許している訳でもなければ、お袋は知らない内に亡くなったと聞いただけ。
実家の稼業すら継がなかった俺が、どうして家の売買の権利を持つ?
北斗の拳の作者原哲夫の漫画『公権力横領捜査官 中坊林太郎』の決め台詞が脳裏に蘇る。
「親は関係ねえだろ。親は…。俺の前で親の話はよしてもらおうか!」

一回実際に言ってみたい!
この林太郎って、作者が前に言っていたけど、『蒼天の拳』の霞拳志郎の元のモデルになってんだよね。
うん、北斗のケンシロウではなく、拳志郎のように最初は猫を被って答えよう。

『親の名義になっているので、私の資産ではないです。 岩上17:07』
牛乳瓶メガネがあったら、掛けたい気分だった。
『学生は以前詐欺に遭ったことがありますか? 何が起こったのか。 Zhu Min 17:07』
何でここで詐欺に遭った事を聞く?
俺にそれを質問するのかよ?
何が起こったかも何も、ここ十年振り返れば、利用され騙され、金を失い、命を二度捨てそうになった。
インカジ『新宿クレッシェンド』での私財の喪失。
〇〇会クソヤクザの搾取からの借金。
おじいちゃんが亡くなったあのあとから、俺はあの地獄変で一度人生を詰み掛けたのだ。
そして二度目の四つの地獄めぐりでも、再度人生を詰み掛けた。
懲りない俺は、心筋梗塞のあと山下、神田、河本マンション、自称俳優と多重構造で連鎖する真地獄変で、疲労困憊状態。
そこへ池袋のキャバ嬢ちかのいたちっ屁のあと、すぐ若香と知り合ったのだから。
いや、まだ一応俺の中に残っているものがあるじゃないか……。
『振り返ると、何度も騙されました
一応私は世間では小説家という扱いになっています 岩上17:08』
俺は自分のウィキペディアのURLを見せた。
『社会は継続的に発展しており、様々な詐欺が次々と発生しているので、私たちはいつでも注意する必要がある。 Zhu Min 17:09』
え、俺の経歴無視?
少しは驚いてくれないの?

『学生は以前詐欺でいくら失ったか。 Zhu Min 17:09』
そりゃあちゃんと換算した事ないけど、相当な金額になるぞ?
『本も賞を取り、出版していましたが、出版社から印税をまったくもらえなかった事や……。 岩上17:09』
あれで一体いくら損をした?
あの時出版社のサイマリンガルが、マスコミの報道に協力して乗っていれば、読売新聞での俺の特集記事や、TBSだって何度も会って話したなだから、企画の番組だって作ってくれたかもしれない。
尚且つあの総合格闘技の復帰戦で、試合に集中させてくれていたら、俺はまず負けていないだろ?
まあこれはたらればの話だし、正確な金額なんて出せやしない。
まあ実害を出そうか。
『一番多いのが、知り合いにお金を貸して逃げられたり。 岩上17:10』
伊達やインターコンチネンタルホテルの連中にタカられた横浜時代。
神田や山下哲也にタカられ続けた最近までの大久保時代。
貸した驕っただけで、いくらになる?
神田とつるんだ三年だけで、貯金できていないんだぞ?
月に五十万と給料を設定しても、一千八百万。
そこからもちろん生活費や家賃等、遊び代だって引くけど、貯金が全然できなかった事を差し引けば、あの馬鹿絡みだけで三百万から五百万は色々な意味で失ったようなものだ。
伊達だって、毎回当時会う度に「岩上さん、一、いいすか? 二、いいすか?」と返さない金を何度渡してきた?
『学生はこのような経験から、銀行にお金を借りて、銀行から融資を受けることができませんか? Zhu Min 17:11』
おい、そこで何で銀行に金を借りるが出てくるんだよ?
お偉いさんかもしれないが、空気すら読めない馬鹿なのか?

親は関係…、じゃなくて、銀行は関係ねえだろうがよ!
まだ俺のターンだろ。
大人しく話を聞けよ。
自身の恥を晒しているんだから。
『店を経営した際、責任だけ取らされ、当時の従業員たちへ払う保証でお金を失ったり。 岩上17:11』
あの時三百万が最後に出した金だけど、保証で出した数十万に瀬沼に課して逃げられた十五万円などを入れたら、四百万ぐらいになるぞ?
あ、絶対借りる気など無いから、先に言っておこう。
『銀行からは現状無理だと思います。 岩上17:11』
他に何があったっけ?
ラッキーハウス時代を経て…、あれは無職期間の数ヶ月で金は使い果たしたか。
つまり今のインカジ『レディ』から、俺はまた裸一貫でここまで生き抜いてきたのだ。
心筋梗塞になり、入院費もすべて自腹。
そんな状態の中、神田に荒らされ、山下にタカられ、河本マンションからは不当で無茶苦茶な光熱費を請求され続け、自称俳優の二度に渡る梯子外しによって、引っ越し代やら諸々で五十万から六十万の金を短気で失っている。
あの山下、神田、河本マンション、自称俳優といった人の心を持たないクソみたいな連中に削り続けながらも、しぶとくいるのだ。
これ以上俺にどんな負荷を与えようと言う?
『ここ数年で必死に働いて、どん底なら這い上がった状態が今です。 岩上17:12』
『これは痛烈な教訓である。この件はどのくらい起きましたか? もしあなたが銀行で借金をして期限を過ぎていなければ、銀行に融資してもいいです。 Zhu Min 17:12』
コイツ、人の話聞いてねえのかよ?
何故ここまで話しているのに、銀行の融資やら借金がどうのとか出てくるんだよ?

『この社会はとても現実的だ。あなたが困っているとき、すべての友達はあなたから離れます。あなたがもっと良くなると、友達も増えます。この過程は自分だけが知っている。 Zhu Min 17:13』
何馬鹿な事抜かしてんだ、コイツ?
いいか?
そういうのは友達と言わない。
タカり屋集団と言うんだ。
シンガポールや中国じゃ、そういうのは教えてくれないのか。
全部赤裸々に言ってんだぞ、こっちは!
『家族にも当時遺産相続の件で裏切られ、実家にいないので正直自分の事なのに把握できていないのが現状です。 岩上17:14』
あ、まだ二度目の横浜地獄めぐりや、〇〇会秋田を殴ってしまった落とし前とかは出してねえか。
『悲しいことは考えないでください。これは自分の気持ちにしか影響しません。私たちは今を大切にして、自分の未来をより良くすることがより重要です。 Zhu Min 17:15』
悲しい事?
何を甘っちょろい事を抜かしてんだって。
俺は物心ついた時から、地獄の淵でずっと生き抜いてきたんだよ。
左目の二つの傷が疼く。
お袋のヒステリーへ長男だから虐待を受け、それでも死なず、壊れずにきたんだよ。
あんたじゃ、想像もつかないような阿鼻叫喚の中を馬鹿なりに必死に這いずってきたんだ。
まあこんな若香の叔父に八つ当たりしたところでしょうがないか。
金持ちや権威のある人間に、俺の辛辣さなど到底理解などできやしないのだから。
底辺を生きる人間の気持ちを理解できない可哀想な人種。
神田にも以前抱いた感想に近い。
品性は金じゃ買えない。
『はい、仰る通りですね。 岩上17:15』
唯一自身が誇れる部分……。
それは自分を過剰に言わず、負け犬は負け犬らしく自覚しているところだ。
人に利用されたからといって、じゃあ俺も誰かを利用しようなんて思った事がない。
散々騙されたから、こっちも騙し返そうなんてやった事もない。
そしておじいちゃんに育てられたから、品性だけはいいのだ。
何せ、天皇陛下から何度も勲章をもらっても、一切それを選ぶらずに地味に質素に生きた祖父の背中を見て育ったんだからな。
だからこそ、心筋梗塞で倒れて死を覚悟した際、怖くなく不思議と笑えたんじゃないか。
『今話したのは通り過ぎた過去の話と、現時点での結果です。 岩上17:16』

『未来の道はまだ長いです。私たちは今、絶えず努力して、自分の未来を輝かせる必要があります。 Zhu Min 17:16』
だから俺はやれる事はやったって!
もう生活費や家賃以外の金は入れただろ。
俺はそれ以上、誰からも金を借りようと思わない。
『はい 岩上17:16』
この人間からは、尊厳的なものを何一つ感じられない。
何故か?
かつて俺が追いつけないと見てきた背中に対し、遠く及ばないからだ。
無償で力尽きた俺の前で、いつだって変わらなく接してくれる人たちがいる。
坊主さんに奥さんの裕子さん。
そして先輩の岡部さん。
横浜の盟友石川雅之。
亡くなってしまったけど、斉藤弘一。
そこまでベッタリじゃなかったけど税理士の大野和道さん。
さらにもう見る事は叶わないけど、偉大な背中を見せてくれた先人たち。
二千年で亡くなったジャンボ鶴田師匠。
二千九年で亡くなった三沢光晴さん。
二千十四年で亡くなったおじいちゃん。
二千二十年で亡くなった栗原名誉会長。
俺は何に感動し、何を今まで見てきた?
昼間脳裏の片隅にあった違和感。
それが少しずつ拡大していくのを本能的に悟る。
『学生は銀行のローンについて相談しようと試みることができる。銀行にローンを借りる時は投資に使うとは言えません。ローン投資銀行はあなたにローンを貸してくれないからです。銀行にローンが家の内装のため、あるいは事業を経営していることを教えて、銀行があなたにローンを貸してくれるかどうかを見ることができます。 Zhu Min 17:19』
何を馬鹿な事をまだ抜かしているんだ、コイツ?
何がローンなの?
何が投資なの?
百四十万円入れたあとだから、もう遅いかもしれないけど、コイツら詐欺なんじゃないのか?
「……」
おっと動揺を出すな。
そのまま馬鹿なふりをしてこれまで通り接しろ……。
『まずは相談ですね。 岩上17:19』
そう…、まだ盲目的に信じていますという姿勢を崩すな。
『現在金取引市場はお金を稼ぐ機会が多いので、よく把握しなければなりません。五月にはまたお金を稼ぐ機会があります。もし終わったら、私たちは操作できなくなって、その時は市場から撤退します。 Zhu Min 17:22』
何故五月が始まった時点で撤退まで言える?
それは俺にまだ借金なりローンなり組ませ、焦って金を入れさせたいからじゃないのか?
落ち着け。
タバコを吸いに行け。
大丈夫、コイツら、日本にいる訳じゃない。
俺の姿を見ている訳じゃない。

ベランダへ出て、外壁を思い切り殴った。
右の拳から血が噴き出す。
本当に俺って馬鹿だなあ……。
真地獄変で、ここまで消費されたのに、最後の最後がひょっとしたら詐欺かもなんて……。
『了承致しました。タイミングがとても大切なんですね。 岩上17:23』
携帯電話の画面についた血をティッシュで拭う。
『学生も両手の準備ができます。良い友達からお金を借りることで元金を得ることもできます。投資のためだと友達に伝えることもできません。誰もお金を貸して他人に投資したい人がいないからです。あなたは良い理由を探す必要がある。あなたが元金をもっと借りることができれば、もっとお金を稼ぐことができます。 Zhu Min 17:26』
おいおい、何で銀行では借りないとハッキリ言ったのに、まだしつこくそれを言う?
本当に薄っぺらい奴だな。
『ええ、それを私も色々考えていました。 岩上17:26』
元は頭悪くないだろ、俺は……。
小説を書いてみようって、本当の処女作でいきなり文学賞を取って全国出版しているんだぜ?
国立図書館にだって名前があるんだ。
頭を使え。
脳みそをフル回転させろ。
馬鹿かもしれないけど、本能的な気付きを得た今、どうすれば入れてしまった百四十万を引き出せるか。
それだけを中心に考えろ。
『投資をするのはタイミングをコントロールすることにこだわっています。チャンスが現れた時間には、多くの場合、ほんの少しの時間しかありませんが、この少しの時間には無限の可能性を生み出すことができます。 Zhu Min 17:27』
だったら毎回百四十万の元手で二十万入るんだから、それで十分だろ。
何故必要以上にいいと言っているのに、何度も借金を勧める?

うつけ者を演じろ。
馬鹿だけど、ひたすらもっと道化になれ。
そこから隙間を探れ。
もうレスラーでも何でもない。
攻撃は十二分に受け続けた。
今度はこっちの切り札をいつ出すかだけ。
『はい、それはここ数日、先生からの指示通り動いてみて、自覚できました。 岩上17:28』
『例えば十万ドルの元金を借りることができます。十万ドルの元金で五十万ドル以上稼ぐことができます。この勘定は計算してみるととても簡単です。五十万ドル以上の預金があれば、今後の生活に大きな変化があります。あなたの家族、あなたの友達もあなたを見直します。 Zhu Min 17:29』
いやいや、見直さないって。
それにそんな事で見直す連中なんていらないよ。
詐欺なんだろ?
おまえ、言っている事がおかしいぞ。
「……」
誰かが俺の背中をポンポンと優しく叩いたような気がした。
うん、分かってるって。
落ち着けって、今はひたすら道化に徹しろよ。
『本当仰る通りだと感じます。 岩上17:29』
『いくら元本を借りられても、最低でも自分で頑張ったことがある。あなた達はすべてしっかりチャンスを把握して、自分の人生のために。積極的に行動しましょう。 Zhu Min 17:30』
まだ学問のすすめ…、いや、借金のすすめを説くか。

何も難しい事じゃないだろ?
自称俳優の若菜龍平に対して表面的に行うジキルとハイドモードになればいいだけ。
総合格闘技の試合でも手を抜いた過去。
でも今は違う。
本気を出せ。
もう遅いかもしれないけど、最善を尽くせ。
『はい、可能性を色々模索して頑張ります。いつも本当にありがとうございます。 岩上17:31』
『叔父のアドバイスにとても感謝します。お疲れ様でした。叔父は休みに行きます。本当にありがとうございました。 朱婧瑶 17:32』
若香…、おまえも俺を騙していたのか?
信じたかったけど、あまりにも今日の一連の会話の内容はおかし過ぎる。
四月の頭から近付いてきたのは、おまえだったよな?
LINEへ誘導したのもそう。
旦那の浮気を見て、ショックで流産したって本当なのか?
俺は百合子との間にできた子供の十字架は、未だ背負っているぞ?
俺の幼少時代からの辛辣な過去も話した。
本当にこの一ヶ月、色々な話を共有した。
でも、おまえが俺をこの怪しい金取引へ引き込んだんだよな?
思えば五万円は最低掛かるというルール縛り。
そしてこのサイトへ入らなかった時のヒステリックな取り乱し方。
やらないなら関係は終わりとも俺に言ったよな?
今冷静になって思えば、摩訶不思議な事だらけだ。
何で彼女は電話番号を俺が教えたのに、常にLINE電話だけなんだ?
一度声は聞いた。
たどたどしい日本語だった。
でもそれだけ。
ビデオ通話だって、電波が悪いと一度も若香の映像を見た事がない。
できれば確認したい。
おまえ、本当に女なのか?
『ありがとうございました。 岩上17:32』
『皆さんもゆっくり休んでください。先生は今お茶を入れて飲むつもりです。 Zhu Min 17:33』
お茶を淹れる。
中国人を気取るつもりか?
まあ、コイツはもういい。
後回しだ。
『はい、お疲れ様でした。 岩上17:33』
おい、若香、おまえ出番をサボらず集中しないと。
まだ大金を俺から引き出せるかもしれないんだぞ。
俺はプライベートLINEで若香個人へメッセージを打っておく。
『はい。 叔父様お疲れ様でした。 朱婧瑶 17:35』
グッジョブ。
やはり君はそうでなければね。
グループLINEから出る。
自分の打った冷たい文章を見直した。
『先生が色々親身になってアドバイスをくれて、とても感謝しています。 岩上17:34』
『もちろんですよ。若香が言ったよ。叔父は私たちのためによく考えてくれますね。 朱婧瑶17:36』
うん、本当に借金を凄い勧めてくる叔父さんだよね。
素晴らしい。
心筋梗塞で死の淵から生還した時を思い出せ。
俺は窮地になればなるほど、笑いが出てくる。
『ええ、色々と感謝しています。 岩上17:39』
まだ表情が硬いぞ。
いつものように振る舞わなきゃ。
ブラックジョークが持ち味だろ?
藤子不二雄の『魔太郎が来る』や『ブラック商会変奇郎』のように。
ああ、魔太郎のようにあの台詞を言いたい。
「おのれ…、この恨み、はらさでおくべきか」

ああ、魔術が使えたらなあ……。
『若香さん、食材買い過ぎちゃって、どんどん料理しないと消費できないので、料理始めますね。 岩上17:40』
『そうですね。叔父はいつもまじめに勉強する若者が考えます。以前若香がコロナの状況に遭遇した時、後ろでも行われていたローンは叔父と取引をしていました。 朱婧瑶17:41』
真面目に勉強ではなく、何も考えず金を運んでくれる愚か者が好きの間違いだろ?
何故日本語が拙いと言って、変な文章を打つ君が、そこまで流暢な文章を打てるんだい?
『それでは夜イチローは何をするつもりですか。 朱婧瑶17:41』
あはは…、ちょっと失礼……。
またベランダへ出て、外壁を殴打する。
血まみれになる拳。
うん、この呪われた血は、まだ吐き出さなきゃいけない。
『料理して、寝て、それから仕事になります。 岩上17:43』
あ、買っといた食材の写真も見せないと。
『今日買った食材の一部です。 岩上17:44』
『今日はいつ買いましたか? 夜は仕事に行くのでしょうか? 朱婧瑶17:45』
おいおい、俺は今日仕事を終え、入金したあと買い物へ行ったとちゃんと伝えているぞ。
勉強不足なのはそっちじゃないのかい?
でも、エキストラの大根役者のミスは、熟年した演技派の俺が、ちゃんとフォローしてあげるからね。
よく見とけ、自称俳優の龍平。
上っ面のエキストラなのに『関ヶ原』だ『龍が如く』じゃないんだって。
演技っていうのは、こうやって魂で演じるんだよ。
それができているなら、例え『進撃の女人』だって堂々と言えるはずなんだ。
『今日は仕事終えて、若香さんに連絡して、電車乗って帰って、銀行に振込して、その間に買い物済ませたんです。 岩上17:47』
『時間はまだ緊張している。だからやはり自分に一定の経済基礎を持たせる。あまり心配する必要はありません。安心して若香にご飯を作ってあげましょう。 朱婧瑶17:49』
どうやって海外にいる設定の君に、俺がご飯を作ってあげられるの?
シンガポールに住む…、いや、そもそも若香という名前ですら本当かどうかも分からない。
フェイスブックで最初に接近してきた名前は、寳尺あさみ。
自分を若香と呼びながら、何故かLINEでの表示は、朱婧瑶。

いやいや、まだ金を取り戻せていないんだから、演じろって!
俺の根底に溜まった怒りの感情など、屁の価値もないんだから。
ロミオとジュリエットモード発動。
お馬鹿な自分を笑え。
俺が自分で選択してここまできてしまったのだ。
『若香さんと会って、あなたがそれを望むなら、俺はいくらだって頑張りますよ! 岩上17:49』
『これは決まっていますね。今、私たちのこの年齢はもっと関心と愛情を気にしています。外見を重視しているわけではないですね。特に女性には頼りがいがあることが大切です。 朱婧瑶17:52』
君…、本当に俺より十歳年下の四十二歳なの?
ビデオ通話今から掛けようか?
いやいや、冷静になれよ!
それじゃ彼女の正体を確認しておしまいだろ。
そこを詰めるところじゃないんだって。
ロミオとジュリエットじゃ役不足。
多重人格ビリーミリガンモード発動。
これまで生きてきた五十二年間のどうしょうもない英知を走馬灯のように拾え。
『若香さんありがとうございます。最大限に努力しますよ。 岩上17:54』
『もちろんイチローが最善を尽くすことを知っています。それも私たち自身がこっそりお金を稼ぐことです。そうでなければ、他の人が知っていても嫉妬します。 朱婧瑶18:00』
男か女かすら分からない君へ。
今目の前にいて、それをほざいていたら、打突をお見舞いしているぞ?
だから違うって!
ビリーミリガン!
ロミオ!
ジキルとハイド!
何だっていい。
いいから演じろって。
ほら、時間空けるな。
こういうのは間も大事なんだから。
『若香さんの言う通りですね。 岩上18:00』
さあ、大根役者がまた惑わしの薄っぺらい台詞を投げ掛けてくるぞ。
荒れ球のヘボピッチャーが、どんなところへ投げてもすべてキャッチしなきゃ。
『もちろんです。だからお金は私たちのために自分で稼げばいいです。イチローと誰もそんなことを言わないで。後で誰かがあなたの借金を管理するのは避けられない。 朱婧瑶18:02』
後ろの誰かって誰?
つのだじろうのうしろの百太郎?
誰かに相談しないでって、詐欺だとバレる可能性があるからだろ?
おいおい、俺を誰だと思ってんだい、セニョリータ。
『今はお金を借りて自分の利益を拡大する方法を考えています。そして期限が切れたら他の人に返す。恥ずかしい場合は、他の人に利息を払ったりプレゼントを送ったりすることもできます。 朱婧瑶18:03』
金を借りるのに利息を払ったり、プレゼントを贈ったり?
いやいや、百四十万入れちゃったからさ、他人にプレゼントどころじゃないだよね、正直。
拳で壁を殴り続ける。
落ち着け。
冷静に。
自分をどれだけ傷つけてもいい。
それでもいいから演じろ。
『そうですね。俺も方法を色々考えていました。 岩上18:11』

『方法はいつも困難より多いですね。きっと良くなるよ。 朱婧瑶18:13』
返事を打ちかけてやめておく。
まだここは彼女のターン。
あー、拳が痛いなあ……。
『「若香」はずっとあなたと一緒にいます。先に車で家に帰ります。後ほどイチローに連絡します。 朱婧瑶18:19』
ほら、そう来たか。
休憩時間に突入?
しばしの間、猶予を与えよう。
『仕事終わったんですね、お疲れ様。気を付けて帰って下さいね。 岩上18:21』
さてこっちはお料理タイム。
簡単な総菜を三種類作り、手早く写真を撮っていく。
あ、血が人参に垂れちゃった。
まあ分からないか、色合い的に。
『モヤシのナムル、ほうれん草の胡麻和え、人参の甘煮、それにサラダ作って食べました。とりあえず一度寝ますね、おやすみなさい。 岩上18:49』
俺も一旦小休止。
次の開園までちょっと休もう。

あの高円寺の手相占い師西谷泰人。
あいつ、インチキ占いも程があるぞ?
三十分二万五千円も取っといて、五十二歳から五十三歳に掛けて、多方面で金が入り、敬意を持つ運命的な女性と出会う?
おまえがあんな事言ったから、変に当て嵌めて信じちゃったじゃねえかよ。
「……」
まあこれは自分のせいか。
信じてしまった俺がいけないだけ。
神田などとつるんだから、あんなインチキ占い師の紹介とかになってしまうのだ。
あー、中学時代の同級生とはいえ、縁を切ったのに未だこうしてドブネズミのように関わってくるなよ、屑野郎。
群馬の先生の人格は素晴らしかった。
でも、あの先生の言う事がすべて現実的になった訳ではない。
神に選ばれた、人より試練が多い、印税が入るでしょう。
それらの言葉を都合よく当て嵌め、俺は楽しようと生きた結果、生活苦になり、二度目の新宿歌舞伎町へ行ったのだから。
自分のだらしなさ、怠け者の癖がすべての災いなのだ。
俺は自分の浅はかさと、すぐ人を信じてしまうこの単純な性格を呪え。
そして今やらなきゃいけない事は、夜になれば仕事があるから眠る。
歳なんだから、いつまでも徹夜で仕事なんて無理なんだから。
タイマーを九時にセットして目覚める。
うん、想定通り若香からのLINEが届いていた。
『若香さんも家に着きましたね。イチローはまずゆっくり寝ましょう。目が覚めたら若香に言ってね。 朱婧瑶19:08』
『起きました。 岩上21:00』
次はどう来る?
あまり寝てないか?
『こんなに早く目が覚めましたか。長く寝ていませんね。 朱婧瑶21:02』
若香君…、それじゃ次にエキストラでも出場できないよ?
『二時間ほど寝たようです。 岩上21:03』
『そうですね。だからイチローさんはよく寝ていないと思います。 朱婧瑶21:08』
そのアドリブじゃ意味ないだろ。
観客も席を立って帰ってしまうぞ。
『イチローはまた寝に行きましたか? 朱婧瑶21:41』
しょうがないなあ。
見本を見せてやろう。
ベランダへ出て、セブンスターに火をつける。
煙をゆっくり吐き出してから、魂を込めて文字を打った。
『危なかった。危うく寝掛けたところでした。 岩上21:42』
『「若香」ならわかる。イチローはきっと十分に寝ていないんだよ。 朱婧瑶21:43』
いやいや、分からないでしょ。
だって俺、寝ていないもの。
アドリブってこうやらないと。
『若香さんの膝枕で眠りたいです。 岩上21:54』
『それはあなたが休む時を待つべきではありませんか。これで出勤する必要もないですね。 朱婧瑶22:00』
意味不明な日本語はもうやめろ。
さすがに飽きてきた。
飽きて…、飽きた…、秋田……。
あのクソヤクザと、歌舞伎町でバッタリ会わないかな?
路地に引きずり込んで、今ならキッチリ半身不随にできると思う。
俺はあの時の屈辱を今でも忘れちゃいない。
毛頭もな。
インカジ『レディ』に入りたての頃、店長の斉木との会話を思い出す。
俺があのあと何故横浜で地獄を何度も体験し死にぞこない、何故また懲りずに新宿へ戻ってきたのか?
本能的に自覚していたのだ。
俺は秋田に会ったら、殺してやりたいという気持ちを今でも持っている事を……。
「あれ、岩上さん…、どうかしましたか?」
あの時の屈辱。
そして芽生えた明確な殺意の残像。
会ったらあの男を路地裏へ引き込み、口元を左手で押さえた状態で打突改をお見舞いする。
頸椎をズラし、生涯半身不随にさせてやりたい……。
その為に俺はこの歌舞伎町へ戻ってきているのだ。
「いや…、過去因縁あった〇〇会のクソヤクザを思い出してしまいまして……」
「いきなり物騒な話をしないで下さいよ」
「すみません…、もちろん偶然会ったらの話です……」
「偶然会ったら? いやいや、何をするつもりなんですか」
いけない…、殺意を無関係の人間の前で漏らすなよ。
この明るい職場の空気を乱すような真似はやめろ。
あくまでも私怨に過ぎないのだ。
右拳をギュッと握り締め、親指を真横にピンと突き出す。
打突…、俺が現役時代に編み出した卑劣極まりない人道的に外れた必殺技。
試合でも使った事のないこの殺人技。
秋田と偶然会った時に躊躇わず使う事ができるのだろう。
その為に俺は、この禁忌の技を開眼したのだ。
身体がブルッと震える。
武者震い?
いや、根底に眠っていた静かな殺意、それに自身が気付いたから?
セブンスターに火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出す。
この殺意、店のスタッフには誰も知られるな。
本当に秋田は運がいい。
この俺と、あれから一度も出会っていないのだから。
本当文学賞を取り幸せな気持ちで臨んだ二千八年の試合でなく、今のような心境で総合格闘技へ出たかったよね……。
『仰る通り。でもまだスタッフに過ぎない俺は、準備して仕事へ行ってきますね。 岩上22:02』
あれ、少し間を空け過ぎたのか?
大根役者引っ込んじゃったよ。
それでも俺はいつも通り演技しろ。
『それでは若香さん、仕事へ向かいますね。 岩上22:19』
新宿駅に到着すると、おのぼりさんのように写真を撮る。
『明日から本当のゴールデンウィークだから、人が多いです。 岩上22:28』
こっちはゴールデンウイークならぬ、ダークウィークになってしまったけどね。
『そうですか。本当にたくさんの人ですね。夜の新宿は昼よりずっと人が多いですね。 朱婧瑶22:34』
そりゃ多いさ。
君らみたいな人を騙す日陰者は、俺の働く裏稼業と種類が違う。
同じ裏でも、何でもする君らと、俺らじゃ、全然非合法でも別ものなんだよ?
君らは金の為なら人だって平気で殺すんだろ?
俺たちは違う。
せいぜい停めちゃいけないところと分かっていながら、駐車をしてしまう程度。
どっちも警察には捕まるけどね。
『向こうはゴジラですか? 朱婧瑶22:35』
まだここは新宿駅を出たところだろ。
何回写真を見せてきたと思っているんだよ。
『ゴジラはこの道を真っ直ぐ行った二百メートルくらい先にありますよ。 岩上22:37』
コマ劇場のあとに、こんなデカいぬいぐるみ作りやがってよ……。

『そうですね。夜は明かりが暗いはずです。見ていない以上ですね。 朱婧瑶22:38』
ほら、台詞も噛んでいるって。
もう今日は駄目だな、休ませよう。
インカジ『レディ』へ到着。
「……」
また神田の搾取の時のように、一からコツコツ貯めないとな……。
『若香さんはこれからお風呂入って、寝る準備ですね。ゆっくりお過ごし下さい。 岩上22:57』
これからこっちは節約生活か…、いや、諦めるなって。
隙を見つけろ。
自分で汗水垂らして働いた金を取り戻せ。
『はい、そうです。若香は今お風呂に入ります。そして寝る。イチローお疲れ様でした。おやすみなさい。また明日。楽しい気持ちを保つよ。 朱婧瑶22:59』
今日は本当に暇だなあ。
こういう時こそ無性に忙しければよかったのに。
『ゆっくり休んで下さいね。若香さんの快適な安眠を願います。おやすみなさい。 岩上23:08』
俺は作り笑顔をしながら、文字を打った。
あ…、四日に斉藤龍顕先生と会う約束してしまったけど、こうなってしまった今、どうすりゃいいんだろ?
まあ愚痴ぐらい聞いてくれるよね……。

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