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なぜサムライスピリッツの『修羅/羅刹』は“Slash/Bust”になったのか:ゲーム翻訳が「意味」ではなく「体験」を訳す理由

    #0. これは翻訳の本質を示した事例だ

    昔から気になっていたことがある。格闘ゲームの『サムライスピリッツ』シリーズには、

    修羅
    羅刹

    というふたつの剣質がある(確かシリーズ3作目から導入された)。同じキャラクターでもその選択によって技や性能ががらりと変わる、シリーズを象徴するシステムだ。

    ところが海外版では、これが

    Slash
    Bust

    になっている。
    修羅も羅刹もどこへ行った。
    意味だけ見れば、全然違う。

    当時は「ずいぶんな意訳だなあ」と思っていた。しかし今振り返ると、この翻訳はとても面白い。

    なぜなら、これは「意味」そのものを訳したのではない。プレイヤーがゲームを遊んだ時の「体験」を抽出して翻訳していたからだ。

    ---

    #1. 『修羅』と『羅刹』は、日本人にも実は説明しづらい

    修羅。羅刹。どちらも仏教由来の言葉だ。

    日本人なら何となく

    ●修羅
    =阿修羅
    =正統・戦い

    ●羅刹
    =鬼・狂気
    =異端

    くらいのイメージは持っている。
    本当に「なんとなーく」だが。

    その意味を正確に説明できる人は意外と少ない。
    それでもゲームとしては成立してしまう。
    重そう。強そう。危なそう。
    漢字の響きだけで、世界観を感じられるからだ。

    つまり、このシステムの命名は最初から「世界観を感じさせる名前」として設計されている。言い換えると、機能よりも世界観重視。

    物語の雰囲気や余白を大事にする、実に日本らしいネーミングだ。ただし、「修羅ってどんな性能?羅刹は?」という点は、ぶっちゃけ直感的には理解しづらいかもしれない。

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    #2. 英語では、そのままでは絶対に伝わらない

    英語圏では事情が異なる。

    Shura。Rasetsu。こう書いても、多くのプレイヤーには絶対に意味が伝わらない。

    もちろん、そのままローマ字表記にする方法もある。情報としては正しい。しかし、「どっちがどう違うモードなの?」という疑問は残る。

    ゲームは小説ではない。
    説明を読む前に、まず遊ぶメディアである。
    だからローカライズでは別の発想が必要になる。

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    #3. “Slash”と“Bust”は、意味ではなくプレイフィールを訳している

    海外版は『修羅』を“Slash”と名付けた。

    斬る。
    一直線。
    攻める。
    剣士らしい王道の動き。

    一方、『羅刹』は“Bust”。

    壊す。
    崩す。
    破綻する。
    少し危険で、型から外れた印象。

    もちろん辞書を引いてもそうはならない。
    修羅=Slash ではない。
    羅刹=Bust でもない。

    だがプレイヤーは、

    「ああ、Slash はそのキャラの正統派な動き、基本形なんだな」
    「Bust は Slash に比べてクセが強そうだな」

    と直感的に理解できる。つまり彼らが翻訳したのは、宗教概念ではなくプレイフィールだった。

    ---

    #4. ローカライズは「意味」ではなく「操作」を訳す

    ここが、この翻訳の一番面白いところだ。

    日本語版が見せているのは圧倒的に「キャラクターの内面」のほうである。

    修羅。
    羅刹。
    そのキャラは、どんな精神状態なのか。

    一方、英語版が前面に見せているのは「プレイヤーの操作感」である。

    Slash。
    Bust。
    自分はどんな遊び方を選択するのか。

    視点が、キャラクターからプレイヤーへ移っている。つまりこれは、「翻訳」というよりは「視点の再配置」なのだ。 

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    #5. 「理解しなくても感じられる日本語」と「理解して初めて感じられる英語」

    ここで以前書いた『豊臣兄弟!』や『魔貫光殺砲』の英訳記事とも繋がる。

    日本語は、意味を全部理解していなくとも漢字や響きだけで「何となく格好いい」が成立する言語だ。修羅/羅刹はその典型である。

    しかし英語では、分からない単語は、単に文字通りの「分からない単語」になりやすい。
    だからローカライズでは、世界観だけではなく、遊び方まで一緒に伝える必要がある。

    それが“Slash/Bust”という発想だった。

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    #6. 「体験の再設計」という名の「意訳」

    前述の通り、昔の私はこれを「ずいぶんな意訳だなー」と思っていた。

    しかし今は逆だ。これは直訳よりも、ずっとゲームらしい「名訳」だった。

    修羅と羅刹は世界観・設定を説明する言葉。
    Slash と Bust は操作感を想像させる言葉。

    ゲームとは、理解する前に「触り、直感的に遊ぶ」メディアである。
    だから良いローカライズとは、意味を守ることではない。触った瞬間の体験を守ることなのだ。

    修羅と羅刹は訳されたのではない。
    プレイヤーの体験に合わせて、再設計された。

    だからこれを、私は「名訳」と呼びたい。

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