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なぜ『豊臣兄弟!』は “BROTHERS IN ARMS” になってしまったのか:日本語タイトルが英訳で失った「詩と物語のニュアンス」の正体

    ※なんか最近英訳へのツッコミ記事ばかりですが、マイブームということでご容赦を。

    #0. “BROTHERS IN ARMS”……うーん。

    最近、NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』の海外向け公式タイトルを知った。

    BROTHERS IN ARMS

    ……うーん。微妙だと思ってしまう。

    いや、気持ちは分かる。“Toyotomi” が海外では通じないことも。『豊臣兄弟!』だけでは何の話か分からないだろうことも。

    だから、理解しやすいタイトルへ置き換えた。

    BROTHERS IN ARMS
    =「共に戦う兄弟」「戦友の兄弟」

    そう、理屈は分かるのだ。
    だが同時に「何か大事なもの」がごっそり消えてしまった感じもする。

    この違和感は、実は『鬼滅の刃』や『魔貫光殺砲』の英訳とも全く同じ構造をしている。

    ---

    #1. 「豊臣」は、日本人にだけ通じる巨大な情報

    日本人が「豊臣」という二文字を見ると、

    ●秀吉・秀長
    ●百姓から天下人 
    ●戦国時代 
    ●成り上がり 
    ●天下統一

    という要素を一瞬で頭に思い浮かべる。

    つまり「豊臣」は単なる名字ではない。それ自体が膨大な情報を圧縮した、物語そのものなのだ。

    ところが海外向けでは事情が異なる。
    Toyotomi。それだけでは何も分からない。知名度がない。だから翻訳では、その巨大な情報量が最初に失われた。

    ---

    #2. なぜ “BROTHERS IN ARMS” になったのか

    なので、翻訳側の判断も理解できる。
    海外の人へ「豊臣」と言っても伝わらない。

    ならば「共に戦う兄弟」という、世界中で理解できる概念へ置き換えよう。たぶんそんな流れ。

    よって “BROTHERS IN ARMS”。

    理解可能性だけで見れば正しい。しかし同時に、「百姓から天下人に登りつめる兄弟」という、「豊臣」ならではの魅力が消えてしまっている。

    ---

    #3. 英語タイトルは「説明」を、日本語タイトルは「余白」を好む

    ここからが日本語と英語タイトルの比較の核心。

    傾向として、英語タイトルは「誰が何をするか」を直接的に説明したがる。
    一方、日本語タイトルは「どんな世界なのか」を余白で匂わせたがる。

    だから

    『鬼滅の刃』 → Demon Slayer
    『豊臣兄弟!』 → BROTHERS IN ARMS

    となる。

    どちらの英訳も「意味」は伝わる。「誰が何をする作品なのか」も伝わる。しかし日本語タイトルが持つ「余白と詩性」はごっそり消えている。

    ---

    #4. タイトルとは物語の要約ではない

    以前『プラダを着た悪魔』について書いた記事があるが、その内容と根本は同じだ。

    英語タイトル(The Devil Wears Prada)は直訳すると「悪魔がプラダを着ている」。
    「何をするか」に焦点を当てている。

    一方、『プラダを着た悪魔』は、英語タイトルと比較して「誰」に焦点が寄っている。想像の余白を残すことによるキャラクターの定義である。

    タイトルとは、ただあらすじを書く場所ではない。世界観を圧縮する場所だ。

    前述の通り、日本語の語法上では、「豊臣」という名前には、身分制度も戦国時代も日本史も、「誰」が全部圧縮されている。

    英語ではそれが難しい。よっぽど日本史好きの海外視聴者でもない限りは。だから「兄弟が何をするか」の説明へ寄ってしまったのだろう。

    ---

    #5. 私ならどう訳すだろう?

    私なら、せめて「豊臣という姓が背負う、百姓から天下人への成り上がり感」くらいは英語タイトルへ運んであげたいと思う。

    完璧な答えはないが、考えてはみた。

    例えばだが、タイトルを “Brothers” なんかにしつつ、副題として下記の案を添えてみるとか。
    ある程度の分かりやすさを捨てて

    Rise of Toyotomi
    (豊臣の成り上がり)

    にするとか。あるいは

    From Peasant to Power
    (農民から権力者へ)

    とか。

    もちろん、いずれも完璧ではない。
    それでも「兄弟愛」だけではなく、「成り上がり」だけは何とか残したい、と思った。

    翻訳とは辞書を運ぶ仕事ではない。その作品を見た時の「期待感」を運ぶ仕事だからだ。

    ---

    #6. 翻訳が殺すもの、翻訳しか救えないもの

    BROTHERS IN ARMS は決して間違っているわけではない。理解しやすい。絆が伝わる。安全でもある。だが、その安全さと引き換えに「豊臣」という二文字が持っていた詩は失われた。

    これは翻訳の失敗ではない。いわば「文化の距離」である。だから私は、この英語タイトルを見るたび考えてしまう。翻訳とは何を残し、何を捨てる仕事なのだろう、と。

    結論。難しかったです。

    ---

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