
歳末は「イラスト大放出」をやってみたい
今年のはじめ、思いつきで「みんフォト」をやってみることにしました。
当初は複業のことが頭にあって、イラストの練習をする!いずれはポートフォリオに!いずれは複業に繋げる!なんて息巻いていたのですが。
ああ、ただの趣味だな、と思う方が私にはしっくりくることがわかってきた年の瀬です。自分が楽しく描いたものを、レートに載せたくないというのが本音。「自分」というものをどこまで市場に出すか、そっとしておくか、どこまでを仕事にするのか、そのあたりの線引きをよく考えた1年でした。市場にのせるつもりはなくても、気づけばからめ取られることも多いなぁという反省もこめて。
私なりのみんフォトの意義は、イラストを使ってくださった記事に辿り着くことができて、いつもとは違うアルゴリズムで辿り着ける(気がする)記事との出会いがあること。
そして、このイラストはこんな文脈で使われることが多いんだな……、こういう考え方もあるんだな……といった気づきがシンプルに楽しい。
で、ポートフォリオにまとめるかわりに、イラスト大放出ってのをやってひとり楽しむことにしました。「歳末大セール」みたいなちょっとチープででも楽しい「大放出」って言葉を自分で開催するってなんかおもしろそう。
最近は、note記事が書けたら慌ててイラストを描いてupするという流れができていて、 デジタルイラストはある意味間に合わせ。
だから「大放出」なんて言っても、全て、私のnoteで使った見出し画像を貼り直すだけなんですけどね。
そんな中でも、自分が好きなタッチとか色合いとかを少しずつ研ぎ澄ませて試行錯誤する時間はとても楽しいものです。スマホスクロールをやめたくて辞書を買いましたが、スクロールの代わりにipadを開いて絵を描くってのも悪くないと気づきました。


間に合わせで描いてるな……と思わなくもないのが、色味のこと。「秋色」ってパレットをつくって、そこに私が使いやすいなと思った色を記録しておいて、主にそればかりを使って描いています。だからいつも似たような色になりますね。だから秋にupしたnoteの画像ばかり。


そして絵を使いたいシーンって、具体的な写真や絵図がない場合、感情の揺らぎを記したnoteだったり、抽象的なできごとだったり。私のかくnoteにしても「手帳」とか「読書」とか「考えごと」とかそういうのが多いです。


なんだ、「大放出」なんて言ってもたかだか6枚きりのイラストじゃないかという話なのですが。noteをかく時間はご自愛というか自分のための滋養強壮というか、そういう濃厚な時間なので、1つ1つのイラストにはそのときの思い出がつまっておりまして。そういう意味では私にとって「大放出」なんです。
……と言い訳させてください。
今年もあとわずか。よいお年をお迎えくださいませ。
これを今年中にあと何回かnoteで言いたいものです。