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給食革命 第二話『餌と言われた日』

    #創作大賞2026 #お仕事小説部門

    ある日、施設の栄養士さんに呼び出されて、
    入居者さんから厨房の方を連れてきて欲しいと言われたとのことで、
    居住スペースである2階へとついていくことになった。

    呼び出したのは90代のおばあちゃん。
    しかもかなりの剣幕具合でお怒りだった。

    『こんなの煮付けじゃないわっ』

    ん?

    『私にこんなモノを食べさせる気なの?!』

    えっ?

    『私の食事を餌だとでも
    思っているの!?』

    ふぇっ?なんの事だ?

    確かに本日の献立は『黄金カレイの煮付け』で、
    その通り調理して提供してある。

    おばあちゃんの目の前には、
    その『黄金カレイの煮付け』がお皿に綺麗に盛り付けられている…。

    私は訳が分からない。

    おばあちゃんは認知症なのかなとも思ったが、
    そうではないみたいだ。

    横に一緒に立ってくれている栄養士さんの顔を見ると。
    おばあちゃんの怒鳴り声で少し涙目になっている。

    『すみませんが、お味が合わなかったのでしょうか?』

    私はおばあちゃんに尋ねてみた。

    するとおばあちゃんは、

    『こんな煮付け、生まれて初めてよっ!』

    『魚が可哀想っ!』

    まだ何を伝えたいのか分からない。
    味見もしっかりとして最高の味付けなのは間違いないはずだ。

    この日は、
    冷凍の魚特有の臭みを抑えるためにしっかり目にたっぷりのお湯で、
    霜降りをして、
    水、料理酒、砂糖、
    そして少し多めのおろし生姜を鍋でグツグツ沸かして、
    その沸騰した煮汁に魚を丁寧に入れて15分。

    仕上げに濃口醤油、
    そして色みにもこだわって刺身醤油も入れて、
    丹精込めて拵えさせてもらっている。

    むしろ自信しかない逸品だ。

    『何が気に入らないのですか?!』

    私は少し感情的に質問してみた。

    すると、
    無言のままおばあちゃんはスプーンを手にして、
    煮付けの皿に突っ込んだ。

    そして、煮汁を掬い上げ、何度も何度もスプーンから垂らし始めたのだ。



    恐らく戦争経験もしてるだろうに、
    食べ物をこんな雑に扱うなんて、なんて人だ。

    あり得ない。

    歳をとるとこういうことさえ考えられなくなるのだろうか。

    私がそう考えていると、
    スプーンから何度も煮汁を垂らしまくるおばあちゃんが

    『なんでこんなに煮汁が多いの?』
    『しかもこんなにサラサラしてる。』
    『これは煮付けとは言わない』

    …

    私は、ハッとした。

    そういうことか。

    私はおばあちゃんの言いたい事がやっと分かった。

    ごめん。おばあちゃん。
    私が間違ってた。

    給食は大量調理になるので、
    魚の身を煮汁にしっかりと浸しながら煮込んでいかないと中心の温度が上がらないので、
    どうしても煮汁が多くなる。

    ただそれは家庭やお店で作るような醤油の黒光りするような照りのある煮汁とは、ほど遠い。

    おばあちゃんが言いたかったのは、
    その煮汁の粘度と量のことだった。

    確かに煮付けを作る時は、
    煮汁を何度も魚にかけながらじっくりと味を染み込ませて作るのが美味しくするコツである。

    そうすると、
    見た目も艶々して醤油の香りと少し濃いめの味に仕上がる。

    おばあちゃんは自宅に住んでいた時は、
    そういう煮付けを作ってきて

    家族に愛情を注いできたに違いない。


    と、私は深く反省した。

    『大変申し訳ございませんでした。』

    私は深く頭を下げて改善に努める事を約束したのであった。

    2階から厨房へ戻る時に栄養士さんが

    『気にする事ないですよ、
    厨房の方は普段から一生懸命に
    お食事を用意してくれてますから。』

    と優しい言葉をかけてくれた。

    私は大量に調理するだけでは本当の食事にはならない事に気付かされたのである。

    食事を作るという意味。

    食事を作る側と食べる側の本来の姿。

    時間のない現代社会では、
    忘れ去られている事なのかも知れないが、
    本来、

    食事作りとは作り手が食べる相手に
    精一杯の愛情を注ぐもの

    忘れている自分に問い直してみた…。

    自分の子供に初めて離乳食を作った時のことを。

    何を食べさせたらいいのか分からなくて、
    自分の親や知人に聞いたり、
    本で調べたり、ネットで検索したりしたことを。

    成長のために何が体に良いモノなのか、
    どのようなものが我が子に必要なのか。


    日々悩んで作ってきたではないか。


    自分が子供だった頃、
    学校帰りに今日はどんなご飯を作ってくれてるのかなぁと楽しみや期待を膨らませて帰っていた時のこと。

    普段は一切手伝わないのに、
    餃子を作る日は一緒に作ってみたり、
    林間学校で教えてもらったカレーを家族に振る舞うために少し背伸びして作ってみたりした思い出。

    そこには家族に喜んで欲しいという愛情表現が確かにあった。

    私はその全てを改めて思い起こされたのであった。

    私は今後、
    施設で作る煮付けは照りが出るように予め煮汁は少なめにし、
    鍋を深さのない浅めの鍋に変えて、クッキングシートを鍋蓋代わりにし、
    煮汁がある程度干上がるまでグツグツと醤油が少し焦げ付くくらいの火加減を保ちながら煮付けていく調理法に切り替えると決めたのである。

    美味しそうな生姜と醤油の香りと、
    テリッテリッ黒光りする少し粘度のある煮汁の
    煮付けへ改良するために。


    そして、
    優しく声をかけてくれた栄養士さんは、
    そういう本来の作り手の気持ちに寄り添ってくれていたのだと思う。

    毎日、
    頑張って食事を作っていた姿を見てくれていたんだ。

    真剣にお食事と向き合っていて良かったな、と。


    過去×給食×未来


    そう思いながら厨房へ帰ると…。

    もうひとつ問題発生!

    おやつの時間に提供する柚子饅頭が足りない。
    しかも10個も。完全に発注ミスだ。

    どうしよう…おやつの提供まであと2時間。

    流石に同じ日に2度も問題を起こすのは入居者さんにも栄養士さんにもうんざりされてしまう。

    ここは何としてでも挽回しなくては!

    しかし、
    柚子饅頭は前もって既製品を業者から仕入れているのですぐに準備はできない。

    このままではせっかく食事作りの意味を思い出させてくれたおばあちゃんにも何も返すことが出来ない。

    さぁどうする…考えろ…。

    …作ってみるか。

    柚子饅頭なんぞ今まで一度も作ったことなどない。

    でも、やるしかない。

    ネットで作り方を調べてみたら、なんとか作れそうだ。

    材料は
    薄力粉、牛乳、砂糖、サラダ油、ベーキングパウダー、
    そして柚子…

    足りないものがある。

    私はすぐさま近くのスーパーへと駆け込んだ。

    目的は『白あん』だ。
    150g入りの袋を2パック手にしてすぐさま会計レジへ。

    厨房へ戻るとすぐに柚子饅頭作りにとりかかった。

    薄力粉と牛乳と砂糖と少量のサラダ油、
    ベーキングパウダーを混ぜてコネコネ。

    冷凍庫に常備していた柚子の皮を細かく刻んでそこに混ぜ合わせる。

    これで生地はできた。

    先程の白あんをパックから取り出し、
    14個ほどに分けて手早く丸めて。
    10個あればいいのだが、
    失敗したり落としてはいけないので少し多めに作っておく。

    こういうリスク対策はとても大事だ!

    生地を薄く伸ばして、その白あんを包む。
    包んだ綴じ目を下になるように並べて、
    スチコン(スチームコンベクションオーブン)
    で蒸し上げて完成。

    即席柚子饅頭の出来上がり。

    ほんのり黄色掛かった柚子饅頭に仕上がった!

    よし、
    この手作りしたものを、先程のおばあちゃんに食べてもらおう!

    喜んでくれるかな。

    よく見ると
    出来上がった内のひとつは、生地が濡れて膨らまなかったようだ。

    多めに作ってて良かった。

    味見でひとつ食べてみたが、
    柚子の香りもしっかりするし結構イケる!

    美味しい!
    初めて作ってみたが上出来ではないか!

    こういう達成感があるのがこの仕事のおもしろい部分なのかもしれないな。

    おやつの提供には充分間に合った。

    手作りした柚子饅頭はおばあちゃんやその他の入居者さんたちも大変喜んでくれていたそうだ。

    どうにかこうにかこのピンチを無事に乗り越えられたのである。

    給食を商いにしていると、
    度々このようなピンチに見舞われる。

    それをどうにかして乗り越えていく
    技術が必要だ。

    問題が起こる前の対策。
    起こった時の対処。


    一失万無(いっしつまんむ)という言葉がある。

    信頼を積み上げるのには
    時間がかかるが、
    失うのは一瞬である。

    これからまた、
    愛情のこもったお食事を提供して、
    信頼を少しずつ積み上げていくしかないな。

    私はこの日、
    この給食という仕事の意味を理解したのだった。

     
     
    委託給食会社で15年以上に渡り、給食業界を経験し、 DX化が進む中で失われていく“人の温度”を守るため、施設厨房の運営方法、作業効率化、イベントなど、施設を包括的に支援するモデルを構築。 小説『給食革命 ─ 食事に宿る命』を通して、 現場のリアルと未来の可能性を伝えていきます。

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