
給食革命 第三話『現場の誇り』
#創作大賞2026 #お仕事小説部門
会社には経営理念があり、
その考えに基づいて仕事を行う。
たぶんに漏れず、私の会社にも経営理念はある。
確かに素晴らしいことを書いてあるが、
少し難しい言葉を使っているので、
分かりづらい。
そして三つの文に分かれていて少し長い。
会議などで
スタッフみんなで読み上げることがあるが、
私はもっと簡単な言葉を
使ってほしいなぁと思う。
厨房の若手のスタッフ君に聞いてみた。
『会社の経営理念って分かるか?』
若手のスタッフ君は
『なんすか?それ?』
私は額縁に入った
会社の経営理念の文書を見せた。
そして、読ませてみた。
『けけ、けいえい、りり、ねん……
え〜と
次のこの漢字ってなんて読むんですか?』
まず漢字が読めない。
若手のスタッフ君には、漢字の勉強から
やり直してもらわねばならないことが
分かったのである。
この若手のスタッフ君を除いては、
意味はなんとなく分かるが、
やはり普段使わないような言葉で
書いてあるので覚えるのが難しいとのこと。
そしてやっぱり長い。
他の会社さんでも
経営理念は結構そういうものが多いように思う。
シンプルで短い理念の方が分かりやすく、
覚えやすいと私は思う。
例えば、
大企業でいえば、
Amazon
『地球上で最もお客様を
大切にする企業であること』
ソフトバンク
『情報革命で人々を幸せに』
永谷園
『味ひとすじ』
このあたりの経営理念はめちゃくちゃシンプル。
それでもってスッと頭の中に入ってくる。
素晴らしい!
ただ、分かりにくいからダメとかではない。
私の会社の経営理念もそうだが、
難しい言葉を使っている事で、
それはそれでカッコよく見えたりもする。
なので
私の会社の経営理念は
これでいいと思うことにした。
私は私で経営理念とは別に
この仕事をする上で大切にしている
『軸』が3つある。
まず、一つ目は、
『入って良かったと思える』
二つ目は、
『辞めない』
三つ目は、
『人の話を聞く』
この3つを大切に日々働いている。
一つ目は、そのままの意味。
毎日が楽しく、学び成長し続けられる。
価値のある仕事をしているのだと思えること。
二つ目の『辞めない』は、
自分自身が会社を辞めないということと
人が辞めないということの2つの意味がある。
辞める時の大抵の理由は
人間関係、身体的理由、仕事が合わない。
このようなところだろう。
人間関係や身体的理由は理解できるが、
仕事が合わないと辞めていく人ってのは
面接段階で仕事内容を
ちゃんと自分事として
聞いていないような気がする。
面接をする側もされる側も
貴重な時間を削ってるわけだから
もう少し面接される側にも
この仕事が自分に合っているかということに
重きを置いてほしいものだ。
特に調理師さんの面接は、やっかいだ。
既に調理技術を持っている方が殆どなので
『給食調理ぐらい自分にもできる』
という自信ありありで
面接を受けにきている事が多い。
調理が出来るのと給食調理が出来るのとは
全くの別モノ。
一般の飲食店で
長年料理長を経験されている方ですら、
調理方法の違いに驚かれる程だ。
ベテラン調理師さんと
採用した調理師さんとが
よく調理方法のことで、もめることもしばしば。
ベテラン調理師さんの言い分の方が
だいたい筋が通っているのだが、
なかなか相手には伝わらない。
そして結局辞めていく。
そのベテラン調理師さんも
和食一筋で今まで技を磨いてきた方なので、
この業界へ転身された時は
ものすごく大変だったと思う。
相当苦労されたに違いない。
なので新しく入ってくる人には
厳しくもなってしまうのだろう。
そんなベテラン調理師さんから
私はこの仕事をする上で、
考え方に大きな影響を与えてもらったことがあるのだ。
この仕事は今後DX化が進んで行き、
現場での調理ができなくなってしまうと
不安に感じ始めていた頃、真剣に相談した事があった。
『この給食の仕事って
これからどんどん工場で作られていくように
なるんですかね?』
ベテラン調理師さんは
『なくならない!』
『手作りを求める人が
いなくなるわけないだろっ』
強い口調で言われたのでビックリしたのだが
確かにそうだ。
毎日、カップラーメンや冷凍食品は無理。
たまに食べる分には美味しくいただけるが、毎日は嫌だ。
味も少し濃い目に作られてる事が多く、飽きてしまう。
だからベテラン調理師さんの言葉は私の心にストンっと落ちたのだ。
流石、
長い時間料理と向き合ってきた人間の
魂の言葉は違うな。
そうだった!
私は料理を初めて作った日の事を
思い出した。
母親に教えてもらい、見守られながら作った
『だし巻きたまご』の思い出だ。
母親に横で教えてもらいながら、
ボウルに卵を割り入れ、
だし粉と醤油とみりんを入れて
お箸でかき混ぜて卵液を用意。
まずは母親のお手本から
四角いフライパンを火にかけて、
ペーパータオルで油を薄く敷き、
卵液を入れ焼いていく。
パチパチと音をたてながら膨らんだ気泡を潰していく。
手際よくクルクルと卵を巻いて出来上がり。
実に簡単にやっていく。
そして、母親は私を見てニッコリと微笑む。
さぁ次は私の番だ。
同じようにやってみるが
上手く巻けずにぐちゃぐちゃになってしまい、
出来上がったのは
『スクランブルエッグ』
そう、私が初めて作ったのは
『和風スクランブルエッグ』
だった事を思い出した。
完全に失敗してるのに、美味しかった。
味付けレシピが母親のものだったからなのか、
美味しかった。
母親も『すごく美味しい』と言ってくれた。
今思えば、あのニッコリ笑顔は
失敗したって
あなたが初めて作る料理なんだから
なんだって美味しいよ。
だから頑張って!
というエールだったんだ。
そんな事を思い出した瞬間だ。
私の中で…
手作りは無くならない。
無くしてはいけないんだ!
と、不安は決意へと変わった瞬間だった。
手作りという灯火を。
給食調理は火を灯す。その火で心に火を灯す。
おそらく介護施設に住んでる入居者さんは、
ここが最後の家になる。
施設職員さんは家族のようなものだ。
そして、
私たち厨房のスタッフは食事で家族を支える立場。
食事で家族にぬくもりを与える。
それこそがこの仕事の本質。
温度は高い方から低い方へ流れる。
じゃあ、
厨房スタッフの心の温度を1度でも
上げようじゃないか!
この熱を厨房から施設全体に伝えていこう!
よし、
日々の仕事で体現していかなくてはならないな。
私の会社はお食事の質はかなり高い。
常に『美味しい』の声が溢れている。
その先頭に立って活躍してくれているのが、
先程のベテラン調理師さんだ。
元々この会社に入社する前は、
寿司職人でもあった。
有名なお店のカウンター越しにお寿司を握ってきた経験者。
歳はいっているが
顔立ちもイケメンでしゃべりも上手い。
なので握り寿司イベントでは入居者さんに大人気。
『おかわり』の嵐だ。
普段のお食事にも一切手を抜かず、
特に『すまし汁』が好評。
他の調理師さんとは
全く別のレベルのものを仕上げてくる。
鰹と昆布の「和」を感じさせる香り。
黄金色に輝く透き通った出汁。
私も見様見真似でやってみるが、
到底足元にも及ばない。
使っている食材は全く同じなのに仕上がりは、
かなり違う。
手順も全て真似してみたが、やはり同じものはできない。
それは本人にしか分からない肌感というものがあるのだ。
食材や調味料を入れるタイミングを
状況に応じて、見極め、作り上げる技。
料理の世界には
そういうその人にしか分からない技術が存在する。
これはこの先も機械化できないレベルの話だ。
いわゆる『職人』ということだ。
このベテラン調理師さんからは
本当にたくさんのことを学ばせてもらった。
もうすぐ定年なのでそれまでには
同じものが作れるようにまだまだ勉強させてもらうつもりだ。
頑張るぞ!
そんなある日、
ベテラン調理師さんは会社から呼び出された。
定年後の話があるとの事だ。
翌日、どんな話だったか聞いてみた。
定年後の給料の話だったそうだ。
かなり収入が減ってしまうとのこと。
『辞めます』
ベテラン調理師さんは、そう言った。
えーー辞めるの?辞めるんかいっ
そして、ベテラン調理師さんは
しばらくして本当に会社を辞めた。
次の職場を探し出して、
面接で合格を決めてすぐに辞めたのである。
技術は本物なので、どこでも通用する。
本当にすごい人だった。
私に『手作り』の意味を教えてくれた大恩人だ。
辞める理由がもう一つあった。
『給料が合わない』だ。
確かに、仕事量に対して給料は少し淋しい。
朝早くから汗を流して、
一生懸命にお食事の支度をしてる割に対価が伴っていないように思う。
もっと楽な仕事はいくらでもある。
今、現場で働く人たちは
誇りだけを胸に踏ん張ってくれているのだ。
この給料という問題は、
この仕事を継続していくために立ちはだかる大きな壁になる事は間違いない。
こんな理由で人を失いたくない。
私はそのベテラン調理師さんから学んだ『すまし汁』を作りながら
立ち昇る湯気が消えていく様を去っていくその人のように思い、
絶対に乗り越えなくてはならないのだ。
と。
そう静かに決意した。
よしっ
考えて突破だ!