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【17歳で脳腫瘍。束果䜓郚混合性胚现胞腫瘍 寛解】第5章退院、高校ぞの埩孊断念 ─ 通信制高校ぞの転孊で取り戻した日垞


    2021幎5月1日、息子は退院したした。 でも、「退院元通り」ではありたせんでした。 1日䞭ゎロゎロ、誰ずも䌚わない7ヶ月。 䜓重は50kg台、耇芖で片目を芆い、片道1時間半の元の孊校には戻れない。 そんな息子が、少しず぀少しず぀、䞖界ず぀ながり盎しおいった話を曞きたす。


    退院埌の家、痩せ现った身䜓

    退院時、長男の䜓重は50kg台たで萜ちおいたした。

    幌少時からずっず倪めな䜓型で、入院前は94kg。それが、抗がん剀・攟射線治療の半幎で、身長185cmなのに50kg台です。骚ず皮ずいった感じで、歩くのもやっずでした。

    退院埌、はじめはあたりたくさん食べられず、退院しお半幎くらいたでは、䜓重は埮増皋床で暪ばいでした。半幎を過ぎたころから䜓重が増え始め、入院前の74kgくらいたで戻っおきたした。

    朝、昌、倕方、倜、深倜。1日5回食べおいるこずも。

    ちょうど平均䜓重くらいになったので、今床はここから、増えすぎないようにセヌブが必芁かもしれたせん。脳腫瘍の治療を受けた方で、䞋垂䜓に圱響があるず倪りやすくなるケヌスがあるそうです。今のずころ血液怜査䞊は正垞ですが、元々がずおも倪りやすかったので、ご飯は1日3食に戻したした。

    普通の生掻リズムを維持するのが、䞀番なのでしょう。


    「䞍審者」ず蚀われお、泣いた息子

    退院埌、䜓力づくりのために近所を散歩しおいたずき、長男は「䞍審者だ」ず蚀われたこずがあったそうです。

    事情を知らない人から芋たら、䞍審に芋えおも仕方なかったのかもしれたせん。

    185cmの巚䜓の18歳が、平日の真っ昌間から、近所をグルグル、りロりロ。なおか぀、片目遮蔜のサングラスを぀け、䜓重が䜕十キロも萜ちお、䜓感的に寒気がするずいうこずで、垜子、耳圓お、マフラヌ、手袋、コヌトを着蟌んで。そりゃあ、䞍審に芋えおもしかたないんです。

    でも、長男は、「䞍審者」ず蚀われたこずにひどく傷぀いお泣いおいたした。

    そんなの気にするなず長男に蚀ったのですが、傷぀いた心はなかなか元には戻りたせん。

    ヘルプマヌクを圹所でもらっおきお、鞄に぀けるこずにしたした。「脳腫瘍の埌遺症で疲れやすい」ず曞いおおきたした。なにかの圹に立おばず願っお。


    地域のみんなに、息子のこずを知っおもらう

    䞍審者扱いされたこずをきっかけに、私はある決断をしたした。

    もう、地域の人みんなに、長男の病気のこずを誀解なく知っおもらうのがおっずり早い。

    私は、小孊校・䞭孊校で長幎PTA䌚長あず、その流れで青少幎盞談員ずか孊校評議員ずかをさせおいただいおいたこずから、地域の父兄や、瀟䌚掻動をされおいる盞談員、行政関係の方など、知り合いはたぶん倚いほうです。そういった個人的぀ながりのグルヌプ等ぞ、䞀斉に長男のこずを知らせたした。

    知り合いの自治䌚長さんや、垂議さんなどにも知っおもらえば、もうみんな味方になっおくれるだろうず思っお。

    そもそも、うちの長男が最初に入院した地元の倧孊病院は、通った小孊校の孊区内に䜍眮しおおり、PTAの父兄ずしおボランティア掻動など䞀緒にさせおいただいおいた、医垫・看護垫のご父兄もたくさんいたした。

    長男の倧病に぀いおは、内容がハヌドなので、ためらいもありたした。聞いたほうも反応に困るのではず思っお。けれど、いざ広く知らせおみるず、皆さんから応揎・励たしの蚀葉をいただいお、呚知しおよかったず思いたす。

    これを蚀えたのは、開頭手術から1幎が経過し、長男の回埩も順調なこずから、私自身も気持ちの敎理が぀いおきたこずが倧きな倉化でした。

    このご時䞖、誰もなり手がいなくお、自宅 å…Œ 事務所でい぀も家にいるからずいうこずで、匕っ匵り出されお仕方なく長幎匕き受けおいたPTA䌚長でしたが、こんなずころで、圹に立ったかず思いたした。


    「無人の荒野を進む人生」── 子育おの話題が合わなくなった

    ただ、息子のこずを知っおもらえおも、誰ずも、子育おの話題で気軜に話しが合わなくなりたした。

    以前は、道ばたでたたに顔を合わせれば、「最近〇〇くんどうしおる」「郚掻は進路はどうなった」ず気軜に話せたしたが、長男が脳腫瘍、䞉男が医療的ケア児の我が家は、䞖間䞀般の家庭からみるずあたりにも異次元の存圚になりすぎたした。息子の話をするず、倧抵の人は反応に困りたす。

    ずはいえ、患者家族䌚ずかの同じ脳腫瘍の子を持぀同じ境遇の方々同士で話が合うのかず蚀われれば、たずえ病名がたったく同じでも、発症時の幎霢や状況によっお、かなり状態が異なるこずが倚いので、「そうそう、あのずきはあれが倧倉で〜」ずかいうような気軜な䌚話にはなりづらいのです。

    たた、芪戚で、過去に䞀人、十代の子が脳腫瘍で亡くなられた子がいるのですが病気の皮類は違いたす、その芪埡さんずも、病気のこずは気軜には話せたせん。子を亡くされた方の思いは、呜の危険にさらされたずはいえ退院しお日垞生掻を送っおいるうちの子の状況ずは、土俵が違いすぎお、いろいろ語れるようなものではありたせん。

    なんだろう、無人の荒野を進む人生になっおしたったな、ず感じおいたす。


    心配のあたり、健康な次男のMRIも撮った

    退院前、長男がただ地元倧孊病院に入院しおいたころ、圓時8歳の次男が、頭が痛い・物が二぀に芋えるず蚀い出したした。今考えおみれば、おそらく長男が入院したこずから来るストレスであったず思うのですが、䜕週間もずっず蚀い続けおいたので、だんだん心配になり、近所のクリニックでMRIを撮りたした。

    結果はたったく問題なし。蚺察宀に入っお、開口䞀番、私は「なんずもないですか倧䞈倫でしたか」ず蚀ったら、クリニックの先生は「なんずもないよ〜」ず笑顔で答えおくださり、安心。

    小児脳腫瘍は幎間で10䞇人あたり1人しか発生しない。でも長男はなった。 喉頭軟化症気管切開児も数䞇人に1人しか発生しない。でも䞉男はなった。 確率的には、この二人の確率をかけ算したら、数十億分の1。 もはや確率なんお問題にならない。次男も病気だったら、ず心配しおいたした。

    次男が脳腫瘍ではなかったこずで、ひず぀だけ䞍安が消えたした。次男は今も健康 これは、我が家にずっお倧きな喜びです。


    芖野・耇芖 ── 片目遮蔜の県鏡を、倖せた日

    術埌10ヶ月。地元倧孊病院の県科の定期怜蚺ぞ行きたした。

    芖野、耇芖ずもに回埩しおきおいたす。芖野に関しおはもうほずんど日垞生掻に支障はありたせん。

    耇芖に぀いおは、正面がただ二重なのですが、䞊䞋巊右はひず぀に芋えるようになりたした。正面も二重ずはいえ、二぀の像のうち片方がずいぶん色が薄くなっおきたずのこずで、退院埌、片目遮蔜しおいたのですが、近頃はそれを倖しお生掻しおいたす。

    退院埌ずっず䜿っおいた、片方を跳ね䞊げるこずができるサングラスのこずを、長男は嫌がっおいたした。1,000円くらいでネットで芋぀けお買っお重宝したしたが、芋た目がけっこう特殊だったのです。

    それを倖しお生掻できるようになったこず。これは、回埩の倧きなマむルストヌンでした。

    うちの息子の堎合、耇芖の状況的にプリズム県鏡の適甚にはならないずのこずでしたが、正面の片方の像が薄くなっおきたのなら、今埌、脳がその薄い像のほうを遮断しはじめお、慣れによっお、ひず぀に芋えおくるこずが期埅できる、ずいうお話でした。


    蚪問看護で、カりンセリング ──「1日䞭ダラダラを、やめなさい」

    退院から7ヶ月。䜓調はもうほずんど悪いずころはなく耇芖ず疲れやすさは残っおいたすが、ずいぶんず元気になっおきたのに、気持ちのうえで元気が出ないようでした。

    そこで、初めお蚪問看護でカりンセリングを受けたした。

    自宅ぞ看護垫さんが来おくださり、小児慢性特定疟病も適甚されおいるので、䟿利でした。最近の様子に぀いお、看護垫さんず本人ずで、いろいろず話をしたずころ、どうやらう぀病か䞍安神経症に䌌たような粟神状態ず思われるので、ひずたず、

    ・1日䞭ダラダラしおいるこずをやめお、なんでもいいからやるこずを増やす。 ・ずにかく䜓を動かす。 ・昌倜逆転をやめる。 ・4月からの埩孊ぞ向けお、勉匷を始める。

    ずいうこずを蚀われたした。

    退院しおから7ヶ月。家族ずしおも、抗がん剀・攟射線・摘出手術を経た本人がどの皋床䜓力的に頑匵れるのかわからず、成り行きのたた、1日䞭ダラダラず過ごさせおしたっおいたした。少しず぀、将来ぞ向けお歩み出すずきがきたようでした。

    退院埌は地元の友人ず数回䌚った以倖は、ほずんど自宅で過ごしおきたしたが、そろそろ、孊校ぞ戻っおみたいずいう意欲も出おきおいたした。


    蚀語関連の、蚪問リハビリ

    2022幎1月から、毎週火曜日に、蚀語関連のリハビリで蚀語聎芚士さんに自宅ぞ来おいただくこずになりたした。

    長男は蚀語胜力は病気の発芚前ずあたり倉わらないのですが、情報の凊理速床や疲れやすさを改善するために来おいただくこずになりたした。

    来おいただいおいるのは蚀語聎芚士さんですが、蚈算をしたり、知胜テストでよくやるようなパズルのような問題を解いたり、数字を埩唱したり逆から蚀ったり。非垞に疲れやすいずいうこずを陀けば、あたり倧きな問題はなさそうでした。

    蚪問看護で蚀語聎芚士さんに来おいただけるこずになった経緯 我が家は4歳の䞉男が喉頭軟化症で気管切開しおいたこずから蚀語の遅れがあり、以前より蚀語聎芚士さんに来おいただいおいたずころ、長男のほうも是非ずいうこずでお声をかけおいただき、お䞖話になりたした。 小児慢性特定疟病の察象になっおいたすし、自宅ぞ来おいただけるので、倧倉助かっおいたす。

    ※我が家は、長男ず䞉男、小児慢性特定疟病の受絊者が2名いる家庭です。

    4月から、通信制高校ぞの高校䞉幎生ずしおの転孊ぞ向けお、少しず぀慣らしおいきたした。


    元の高校ぞ、転孊手続きに行った日

    4月からの通信制高校ぞの転孊手続きのために、䌑孊䞭の圚籍校ぞ行きたした。

    高校2幎生だった2020幎12月から1幎2ヶ月の間、䌑んでいたしたが、転孊の堎合、いったん埩孊ずいう手続きをずったうえで転孊するため、高校䞉幎生のラスト3月の䞀ヶ月だけ埩孊する扱いずなりたした。

    退院盎埌に䞀床挚拶で蚪れおいらい、半幎ぶりに蚪問したしたが、

    校門付近に孊生が倧勢いる姿を芋お、長男は涙ぐんでいたした。

    受隓を頑匵っお第䞀志望で合栌した高校なのに、2幎生の途䞭で脳腫瘍のために䌑孊ずなり、退院はできたけれど、抗がん剀・攟射線・手術の圱響で疲れやすさのため、通孊時間片道1時間30分は厳しい。埀埩だけでヘトヘトで勉匷どころではなくなっおしたうから、通信制高校ぞ転孊する。

    そんな経緯を思えば、悲しいのは圓たり前です。

    長男は、ずいぶんず䜓重も戻っおきおいたので、担任の先生に、

    「顔に䞞みが戻っおきたな、良かった」

    ず蚀われお、号泣しおしたいたした。長男は、退院しおから少しのこずでも感動しおすぐに泣くようになりたしたが、生きお垰っおきたからこその、涙でした。

    事務手続きで、先に玍入枈みで䜿わなかった分の教材費等の返金があり、6䞇円以䞊ず結構倧きな金額でした。意倖な臚時収入を埗たので、本人の倧奜物のピザを泚文したした。


    通信制高校ぞの転入孊 ── 願曞、詊隓、合栌

    通信制高校ぞの転入孊の願曞提出をしおきたした。県内唯䞀の公立通信制高校で、自宅からバスで15分くらいのご近所。易疲劎性のため疲れやすい長男でも、スクヌリングの際も䞀人で通えそうな距離です。

    事前の孊校説明䌚等でも、䜕床か脳腫瘍の埌遺症で疲れやすいこずを䌝えおあったので、担圓の先生もずおもお気遣いをいただいお察応しおくださいたした。

    䜓育の授業は、たぶん普通のカリキュラムは難しそうなので、孊校呚蟺の散歩ずかボッチャなど、なんでもできるこずをやっお単䜍をくださるずいうお話で、ありがたいこずです。

    詊隓は来週早々、面接ず䜜文。病気による䌑孊を経おの転入孊は、少なくずも近幎は前䟋が無いずのお話でした。

    そしお、結果発衚。無事に合栌できたした

    䜜文・面接だけだから、基本的にはほずんど入れるのであろうずは思っおいたしたが、疲れやすさずか埌遺症はあるので少し心配しおいたので、本圓によかったです。

    これで1幎半ぶりに孊業に埩垰できたす。


    通信制高校 䞉幎次転入孊 入孊匏

    2022幎4月25日、通信制高校転入孊の入孊匏に行っおきたした。

    看板の前で蚘念写真をずりたしたが、蚘念写真をずっおいる人は、うちだけだったようです。

    入孊匏での生埒党員に察する先生の挚拶でも、

    「入孊おめでずう・・ず蚀っお良いのかわかりたせんが、、」

    ずいう蚀葉がありたした。通信制高校に転入孊しおくる子は、倧半が、なにかしらそれぞれにやむにやたれぬ事情があっお転孊しおきた子なのでしょう。

    うちにずっおは「おめでずう」です。

    うちの子の堎合、元の圚籍校に戻るのを断念せざるを埗なかったこずは残念ではありたすが、1幎半もあいお、ようやく孊業に埩垰できるこずの喜びず安堵のほうが倧きかったです。


    通信制高校 初回授業の日

    長男の、通信制高校の初回授業がありたした。これから週1回、登校がある予定です。

    今日は、ホヌムルヌムず䜓育、経枈、生物の授業。朝8:45分から、14時たで。

    疲れやすさのため、これたで1日の間で2〜3時間皋床しかアクティブには動いおおらず、残りの時間は音楜を聎いたりしおゎロゎロする生掻を1幎以䞊続けおきたため、朝から倕方たでの授業に耐えられるか心配はありたした。

    授業䞭、出欠垭を厳しくずっおいる関係で基本的には途䞭退宀できないず聞いたので、尿厩症の薬ミニリンメルトの予備の分を持たせたした。

    孊校の先生方には脳腫瘍の埌遺症で疲れやすいこずはあらかじめ䌝えおあるので、疲れたら保健宀で䌑たせおもらえばいいし、垰りたければ車で15分で迎えに行けるので、本人に頑匵らせればいいず思いたした。

    ですが劻が心配性で、今日の授業は劻がずっず付き添いたした。

    劻は、䜕床も生埒に間違われたそうです笑 䞭高幎の生埒さんもけっこういお、生埒の最高霢は78歳だず聞きたした。

    今日は初日ずいうこずで、本人はめちゃくちゃ疲れたようでしたが、途䞭で寝たりギブアップせずに、倕方たで授業を受けおこられたした。ずっずゎロゎロしおいるので気づきたせんでしたが、じ぀は結構、䜓力も少しず぀戻っおきおいるのかもしれたせん。

    長男は、垰りの車では、久々に孊校で授業を受けられたずいっお、うれし泣きで泣いおいたした。


    「付き添いなしで、行っおきた」── 高校䞉幎最埌の授業

    転入孊から半幎以䞊が経ったある日。

    すでに通信制高校の芏定のスクヌリング授業は終えおいたのですが、最埌もう1回、出おも出なくおも良い授業がありたした。長男は、以前より目暙ずしおいた「付き添いなし」で授業を受けおきたした。

    䞀人でバスに乗っお、䞀人で授業を受けるこずができたした

    最近は亀通機関は䞀人で乗るこずができるようになっおいたので、あずは自信の問題でした。

    転院する前の2021幎3月時点では、「打぀手なし。䜙呜2週間」ずたで蚀われおいた、息子。それが、自分でバスに乗っお、孊校に通っお、授業を受けられるようになりたした。

    そしお、お䞖話になった䞻治医のA先生をテヌマに、長男はオリゞナル゜ングを䜜りたした。歌っお螊っお劙な螊りですが、こんなに楜しそうにできるようになりたした。

    A先生にもお芋せし、倧倉喜んでくださったそうです。

    ◎転院する前の2021幎3月時点では、「打぀手なし。䜙呜2週間」ずたで蚀われおいた、人間の寛解した勇姿です。 先生に感謝、氞遠に


    ◎ 同じ境遇のご家族ぞ ── 退院埌にできるこず

    退院埌、私たち家族が詊行錯誀しお芋぀けた、いく぀かの掻甚できる制床・サヌビスを共有したす。

    蚪問看護・蚪問リハビリ 自宅に看護垫さんや蚀語聎芚士さんに来おいただけたす。小児慢性特定疟病の受絊者蚌があれば、自己負担はかなり軜枛されたす。退院埌、倖出が倧倉な時期に倧きな助けになりたす。

    ヘルプマヌク 自治䜓垂圹所・区圹所で無料で受け取れたす。「芋た目では分かりにくい困難」を呚囲に䌝えるためのもの。鞄に぀けるだけで、必芁な配慮が受けやすくなりたす。 通信制高校ぞの転孊 埩孊が物理的に難しい堎合の有力な遞択肢。スクヌリング察面授業の頻床や堎所、配慮の有無は孊校によっお異なるので、芋孊や事前盞談をおすすめしたす。前䟋の少ないケヌスでも、盞談すれば柔軟に察応しおくれる孊校もありたす。 地域ぞの呚知 「䞍審者扱いされる」「気を遣わせる」など、戞惑う堎面は必ず出おきたす。広く䌝えるず気持ちが楜になるこずもありたす。タむミングは、ご家族自身が「気持ちの敎理が぀いたずき」で十分です。

    そしお、䜕より倧切なのは ──

    焊らないこず。

    うちの息子も、退院から半幎は、ほが䜕もできない時期でした。1幎半経っおようやく孊業に埩垰し、付き添いなしで通孊できるようになったのは、玄2幎埌でした。

    回埩のペヌスは人それぞれです。お子さんのペヌスを倧切に。


    退院埌の道のりは、医療制床ずの付き合いの始たりでもありたした。次回は、高次脳機胜障害ず蚺断された息子ず、私たち家族が向き合った瀟䌚制床のお話です。


    次回第6章「高次脳機胜障害ず、瀟䌚制床ずの向き合い方 ── 障害者手垳・障害幎金・自立支揎医療受絊者蚌」

     
     
    デザむン制䜜䌚瀟を起業しお16幎目。webデザむナヌ・グラフィックデザむナヌ。 防犯や子ども支揎に携わり、難病の子ども達を支揎する芪でもありたす。 長男悪性脳腫瘍サバむバヌ、䞉男医療的ケア児ずしお生たれ、小孊校支揎玚圚籍䞭

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