メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

氷河期䞖代AD、テレビの片隅で。#16「小さな仕事でも党力だった、䞀発屋芞人さんに芋たプロ意識」

    䌚瀟を蟞めお、ほどなくしお
    決たった仕事があった。

    蟞めた僕を心配しおくれた、

    別の制䜜䌚瀟のプロデュヌサヌが
    くれた仕事だった。

    本圓にありがたかった。

    でも数日埌、

    その人から電話が来た。

    「本圓にごめん」

    「西山さんから連絡あっお  」

    「君ず仕事するなら、りチずはもう仕事しないっお蚀われちゃっお」

    あのチョコボヌル西山だ。たさか本圓に、

    そんなこずをするずは思わなかった。

    でも䌚瀟を蟞めたあずも、
    意倖ず優しくしおくれる人はいた。

    あるプロデュヌサヌは、かなり倧きな倖車のSUVに乗っおいた。

    僕は冗談で、

    「その車、乗り換える時くださいよ」

    ず蚀っおいた。

    するず本圓に、

    「もうすぐ倉えるから、お前乗る
    逞別代りにやるわ」

    ず蚀われた。

    たさかず思った。

    でも本圓に、タダで譲っおくれた。

    テンションはかなり䞊がった。

    ただ冷静に考えるず、
    かなり危険だった。

    その頃の僕は、恵比寿に䜏んでいた。

    家賃7䞇円。

    そこに駐車堎代4䞇円。

    僕の地元だったら
    割ず良い郚屋が借りられる。

    AD時代の絊料では
    完党に砎綻しおいたず思う。

    だから僕は、ADの頃より
    皌ぐしかなかった。

    ずはいえ、珟実はそんなに甘くない。

    僕はフリヌのディレクタヌになった。

    でも、ろくにディレクタヌ経隓がなかった。

    圓然、簡単に仕事なんお来ない。

    そんな時、助けおくれたのは
    同期だった。

    AD時代の同期、束田。

    浅野忠信ずマキタスポヌツを足しお2で割ったみたいなダツ。

    束田は僕より先に䌚瀟を蟞め、
    フリヌのディレクタヌになっおいた。

    事情を話すず、

    「じゃあ知り合い玹介するわ」

    ず蚀っお、制䜜䌚瀟を繋いでくれた。

    そこから特番の仕事をするようになった。

    さらに、同期の女子も仕事を玹介しおくれた。

    モヌニング嚘。にいたらセンタヌになれそうなくらい可愛いけど

    性栌のキツさでもセンタヌだった女子だ。

    AD時代は、かなり怖かった。

    その同期は別の䌚瀟でAPになっおいお、

    「今床特番あるけどやる」

    ず普通に仕事を振っおくれた。

    意倖ず優しかった。

    持぀べきものは同期である。

    特番。

    たた特番。

    さらに携垯電話の動画コンテンツ。

    ただスマホではなく、
    ガラケヌ時代だった。

    圓時は、携垯電話向け動画が少しず぀増え始めおいた頃だった。

    テレビだけじゃなく、ずにかく䜕でもやった。


    そんな䞭
    携垯電話向け動画の仕事をした時の事。

    公開間近の映画を芳お、
    芞人さんが感想を話す。

    尺は2分もない、かなり小さな番組。

    正盎、
    圓時の僕は少し思っおいた。

    「テレビを蟞めお、
    今、自分は䜕をやっおるんだろう」ず。

    そんな頃、
    ある芞人さんが出挔しおくれた。

    ヒッチハむクで倧ブレむクしたあず、
    テレビではあたり芋なくなっおいた人だった。
    䞀発屋ず蚀われおた人。

    でも、その芞人さんは、
    めちゃくちゃ面癜かった。

    映画の感想もちゃんず入れながら、
    短い尺の䞭で笑いも䜜る。

    しかも、
    カメラが回っおいない所でも
    ずっず面癜い。

    初めお䌚ったスタッフたちを、
    楜したせおいた。

    その時、
    少し恥ずかしくなった。

    僕はどこかで、
    「携垯電話の動画なんお」
    ず思っおいた。

    でも、
    その芞人さんは違った。

    仕事の倧きさなんお、
    たぶん関係なかった。

    どんな仕事でも、
    党力だった。

    数幎埌、
    その芞人さんは
    毒舌キャラで再ブレむクした。

    今では、
    テレビで芋ない日はない。

    ずある番組で、
    女性タレントに「党力で仕事しろ」ず
    説教しおいたが、説埗力があった。

    たぶん、
    あの人は、
    売れおいない時も、
    ずっず党力だったのだず思う。


    特番ず携垯電話の番組を掛け持ちしながら、

    なんずか食い繋いでいた。

    収入は安定しない。

    将来も芋えない。

    正盎、

    い぀たで続けられるのか分からなかった。

    そんなある日。

    線集所に、

    バむク䟿が来た。よく芋るず

    芋芚えのある顔だった。

    昔、

    同じ番組で働いおいたAD。。。

    薬物で捕たったダツだった。

    今はバむク䟿の仕事をしおいるそうだ。

    少し立ち話をした。

    そしお垰り際、

    圌は蚀った。

    「ただこんな業界にいるんだ」

    笑っおいたけど、少し寂しげな顔をしおいた。

    圌にずっおテレビ業界は、

    もう戻りたくない堎所になっおいたず思う。

    圌は薬物で捕たった時、

    自分で譊察眲に出頭したらしい。

    クスリをやめたいけど、やめれないず。。。

    あの頃のテレビ業界は、

    いろんな誘惑も倚かったのだろう。

    薬物。

    そういうものに近い堎所だったんだずも思う。。。

    今でもたたに思う。

    もし僕が、

    少し違う遞択をしおいたら、

    どうなっおいたんだろうず。。。

    「次の配達あるから」ず、

    圌は線集所を埌にした。。。

    フリヌランスは、仕事をしなければ収入れロだ。

    20代埌半、経隓も実力もない僕に、

    レギュラヌ番組の仕事はなく生掻はギリギリだった。

    それでも僕は、

    なんずかテレビの䞖界にしがみ぀いおいた。

    #テレビ業界    #創䜜倧賞2026  
    #お仕事小説郚門 #実話


    👉 続きはこちら

    #17  「29歳無職、父からの100䞇円。これで最埌にしよう」

    29歳、仕事はなく、貯金も底を぀きたした。
    そんな僕の異倉に気づいおいたのは、䜕も聞かなかった父でした。
    あの日、僕は倢の終わりを考え始めたした。


    📚 シリヌズを最初から読む方はこちら

    『氷河期䞖代AD、テレビの片隅で。党話たずめ』

    ▌第1話〜最新話たで䞀芧はこちら


     
     
     
    バラ゚ティヌ番組のディレクタヌ。東北出身の氷河期䞖代。「元気が出るテレビ」に憧れバむトADからテレビ業界ぞ。䜐久間さんでもマッコむさんでもない普通の僕。AD時代の過酷な経隓、震灜、家族の事、ほがほが実話の話を曞きたした。今もテレビの珟堎で働いおいたす。登堎人物や蚭定は䞀郚倉曎。

    あなたぞのおすすめ