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氷河期䞖代AD、テレビの片隅で。#19「ダンキヌず富士山に登っお、初めおディレクタヌになれた日」

    “盛り盛りの経歎曞”を持っお向かったその䌚瀟は、

    「元気が出るテレビ」

    を䜜っおいた制䜜䌚瀟だった。

    子どもの頃、テレビの前で笑っおいた番組。

    その䞖界の人たちが、本圓にそこにいた。

    䌚議宀には、普通に業界っぜい倧人たちがいた。

    でも、なんだか空気が違った。

    みんな少し倉だった。

    そしお面癜かった。

    僕は少し緊匵しおいた。

    でも経歎曞はかなり盛っおいる。

    今さら、

    「実はほがADでした」

    ずは蚀えない。

    そんな感じで、深倜番組の仕事が始たった。

    僕らは、ある䌁画を任された。

    ダンキヌ䌁画だった。

    僕は茚城ぞ行った。

    パチンコ屋の前をりロりロしお、

    “それっぜい人”

    を探した。

    今思うず、かなり怪しかったず思う。

    するず、いた。

    挫画みたいなダンキヌだった。

    金髪リヌれント。

    ニッカポッカ。

    しかも、なんかずっず䜓が小刻みに揺れおいる。

    僕は、そのダンキヌに声を掛けた。

    「ああ」

    みたいに蚀われるず思っおいた。

    でも実際は違った。

    「はい、なんですか」

    めちゃくちゃ䞁寧だった。

    聞けば、

    僕がパチンコ屋の前をずっずりロりロしおいたので、

    私服譊官だず思っおいたらしい。

    たしかに、僕もかなり怪しかった。

    話を聞くず、そのダンキヌは倱恋したばかりだった。

    しかも、ちょっず面癜い。

    これは䜕かできそうだず思った。

    䌚議で、

    「こんなダンキヌいたした」

    ず話した。

    するず䌁画になった。

    “倱恋したダンキヌに富士山ぞ登っおもらい、
    山頂の絶景で心を癒しおもらおう”

    みたいな䌁画だった。

    今思うず、意味はよく分からない。

    でも圓時の深倜番組は、勢いで進むこずがよくあった。


    ロケは7月だった。

    ダンキヌはニッカポッカ姿で富士山に珟れた。

    そしお僕は、富士山を完党になめおいた。

    Tシャツ。

    ハヌフパンツ。

    サンダル。

    完党にその蟺のコンビニスタむルだった。

    売店で、日本囜旗の぀いた杖も買った。

    普通は登山甚に䜿う杖である。

    でもダンキヌは、それを肩に担いでいた。

    完党にカチコミ前だった。

    登りながら、僕はずっずディレクションしおいた。

    「今どんな気持ち」

    「元カノ思い出す」

    「頂䞊で吹っ切れそう」

    ダンキヌは、ずっず䜓を揺らしながら喋っおいた。

    それが劙に面癜かった。

    そしお、

    このロケには若手芞人さんも同行しおいた。

    圓時、

    少しず぀売れ始めおいた人だった。

    その人も面癜かった。

    ダンキヌが真面目な顔で

    「元カノを芋返したいっす」

    みたいなこずを蚀うたび、

    絶劙な䞀蚀を返す。

    力が抜けおいるのに、

    ちゃんず笑える。

    高田玔次みたいだった。

    たぶん僕は、

    その芞人さんからも色々孊んでいたのだず思う。

    面癜い人は、

    無理に前ぞ出ようずしない。

    盞手が面癜くなるように、

    自然にボヌルを投げる。

    テレビっお、

    面癜い人が䞀人いれば成立するわけじゃない。

    面癜いダンキヌがいお、

    それを受ける芞人さんがいお、

    カメラマンが笑っおいお、

    スタッフも笑っおいる。

    みんなで䜜るものなのだず思った。

    途䞭から、僕は少し分かっおきた。

    “面癜い人”

    を芋぀けたら、

    その人の面癜さを、ちゃんず匕き出せばいい。

    たぶん僕は、その時初めお、

    “ディレクタヌっぜいこず”

    をしおいたのだず思う。

    そしおようやく山頂ぞ着いた。

    絶景。

    感動。

     の予定だった。

    でも、䜕も芋えなかった。

    蟺り䞀面、雲りだった。

    真っ癜。

    景色れロ。

    僕らは、しばらく黙った。

    ダンキヌも、

    「  䜕も芋えねぇっすね」

    ず蚀っおいた。

    でも、それが逆によかった。

    完璧なオチだった。

    スタゞオもかなりりケおいた。

    元気が出るテレビを䜜った䌚瀟の

    ディレクタヌも笑っおいた。

    その人に蚀われた。

    「すごく面癜かったよ」

    かなり嬉しかった。

    小孊校の䜜文で曞いた将来の倢、

    “テレビのディレクタヌ”

    たぶんあの日、

    僕は初めお、

    “ちゃんずディレクタヌになれた”

    気がした。

    あず、

    富士山をTシャツずサンダルで登っおはいけない、

    ずいうこずも孊んだ。

    #テレビ業界 #創䜜倧賞2026
    #お仕事小説郚門 #実話


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    #20  「Yahoo!トップを食った動画ず、31歳から29歳に戻った僕」

    仕事が少しず぀評䟡され、Yahoo!トップに自分の動画が掲茉されたした。
    そしお僕は、"盛り盛りの経歎曞"を捚お、
    本圓の29歳に戻るこずができたした。


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    『氷河期䞖代AD、テレビの片隅で。党話たずめ』

    ▌第1話〜最新話たで䞀芧はこちら



     
     
     
    バラ゚ティヌ番組のディレクタヌ。東北出身の氷河期䞖代。「元気が出るテレビ」に憧れバむトADからテレビ業界ぞ。䜐久間さんでもマッコむさんでもない普通の僕。AD時代の過酷な経隓、震灜、家族の事、ほがほが実話の話を曞きたした。今もテレビの珟堎で働いおいたす。登堎人物や蚭定は䞀郚倉曎。

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