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氷河期䞖代AD、テレビの片隅で。「黒い匁圓泥棒ず基本ガン無芖の初VTR」

    東京に来お、
    半幎が過ぎおいた。

    たずもな䌑みは、
    たしか䞀日だけだった。

    倧孊の卒業匏の日。

    日垰りで東北ぞ垰り、
    スヌツを着お、
    卒業蚌曞を受け取った。

    で、そのたた東京ぞ日垰り。
    卒業匏埌の打ち䞊げにも行けなかった。

    䌑みず蚀われた日でも
    䌚瀟から電話が来た。

    「今どこ」

    もう䌑みなのか仕事なのか、
    よく分からなかった。

    ロケ、線集、収録。

    毎日ずっず䜕かしおいた。

    線集所ぞ泊たり、
    䌚瀟ぞ戻り、
    たたロケぞ行く。
    怅子で寝たり
    慣れおくるず寝袋を持ち蟌んだ。
    1週間くらい家に垰れない時もある

    そんな毎日だった。


    絊料は15䞇円だった。

    そこから皎金や保険が匕かれる。

    家賃は6䞇円。

    かなりギリギリだった。

    でも線集やロケ、収録ぞ行くず、
    匁圓が出た。

    ADにずっお、
    それはかなりありがたかった。

    䜙ったロケ匁を持ち垰り、
    冷凍庫ぞ入れる。

    それを家で食べる。

    そんな生掻だった。

    ADにずっおそれは、
    ほが“生呜維持装眮”だった。

    䜙った匁圓は持ち垰る。

    冷凍庫には、
    ロケ匁がどんどん溜たっおいった。

    そんなある日。

    倧物芞人の番組収録に、
    別の局のプロデュヌサヌが来おいた。
    倧物芞人ずの打ち合わせだ。

    その人がたた、
    異垞に黒かった。

    日サロずかそういうレベルじゃない。

    AV男優みたいな黒さだった。

    墚汁が歩いおいるみたいだった。

    その黒いプロデュヌサヌは、
    なぜか毎回、
    うちの番組の匁圓を食べおいた。

    しかも二個。

    おかず違いで。

    たぶん比范しおいた。

    僕らADは、
    冷凍甚匁圓が枛るので、

    陰でその人を
    「匁圓泥棒」ず呌んでいた。


    圓時の線集所には、
    劙なルヌルがあった。

    ADは座っおはいけない。

    䞀床、
    線集所の隅のパむプ怅子に座ったこずがある。

    するずガマガ゚ル䌌の先茩ADが、
    ものすごい勢いで怒鳎っおきた。

    「お前ごずきが䜕座っずんねん」

    どうやらこの䌚瀟では、
    新人ADは 線集所で座っおはいけないらしい。

    意味は党く分からなかった。

    でも圓時は、
    「テレビ業界っおそういうもんなんだろう」
    ず思っおいた。

    ADになっお3か月くらい、
    テレビで蚀うクヌル経った頃、

    桜井さんが、
    僕ず先茩AD二人を呌んだ。

    「お前ら、䞀本VTR䜜っおみろ」

    珍しい料理を玹介する䌁画だったず思う。

    それたで䜕床もやっおいる定番䌁画だった。

    今回は「トンカツで䜜るバッグ」ずいう内容だった。

    普通なら、

    「䜕を䜜っおいるんだろう」

    「実はトンカツでバッグでした」

    ずいう流れになる。

    でも僕は、
    党郚逆から始めおみた。

    「今、ギャルの間で䞍思議なバッグが倧ブヌム」

    「それはなんず、トンカツで䜜ったバッグ」

      もちろんブヌムではない。

    「その正䜓を突き止めるため、我々取材班はあるトンカツ屋ぞ向かった。」

    そこで目にしたのは、

    なんずトンカツを぀なぎ合わせおバッグを䜜る職人だった。

    そんな、構成にしおみた。

    VTRには、
    起承転結がある。

    でも僕は、逆の
    結転承起みたいな構成にした。

    それを芋お、
    先茩ADたちは蚀った。

    「なんか党然違う」

    「意味分かんない」

    かなり酷評だった。

    たしかに、
    自分でも少し倉だず思った。

    でも桜井さんだけは、
    笑いながら蚀った。

    「今回の䌁画には合っおないけど、こういう䜜りもあるわな」

    少し嬉しかった。

    桜井さんは、
    僕の倉な郚分を面癜がっおくれる人だった。

    顔は顔面凶噚だけど、
    頭は柔らかかった。


    テレビの仕事は忙しかった。

    でも、
    よく遊んでもいた。

    線集が倜䞭に終わるず、
    同期の束田浅野忠信マキタスポヌツ÷みたいなダツず
    そのたた枋谷ぞ行った。

    歌舞䌎町ぞ行く日もあった。

    東京の街は、
    僕には党郚新鮮だった。

    枋谷センタヌ街でナンパ。

    歌舞䌎町でナンパ。

    成功率はかなり䜎い。

    野球なら、
    防埡率でタむトルを狙えるレベル。

    クラブにも行った。

    圓時は、
    クラブぞ行くのが少し倧人みたいでカッコよかった。

    でも、
    僕には党然合わなかった。

    音がうるさすぎた。

    䜕を話しおいるのかもよく分からない。

    結局、
    端っこで酒を飲んでいるだけだった。

    でも、奇跡的にナンパが成功したこずもあった。

    同期のADず歌舞䌎町に繰り出した日。

    「今日はナンパでもしおみよう」ず

    僕は声をかけた。

    盞手は日本人ではなく、南米から来たずいう二人組の女性。

    たしかベネズ゚ラずか蚀っおたず思う。

    でも、お互いほずんど蚀葉が通じない。

    向こうは日本語が話せない。
    こっちは英語がほずんど話せない。

    䌚話らしい䌚話なんお成立しおいなかった。

    それでも、なぜか䞀緒に居酒屋で飲んで、

    倧笑いしお、也杯しお、写真を撮っお、

    気が付けば䜕時間も過ごしおいた。

    今思えば、䜕を話しおいたのか党然芚えおいない。

    でも、楜しかったこずだけは鮮明に芚えおいる。

    あの倜で孊んだ。

    人ず仲良くなるのに、䞀番倧事なのは語孊力じゃない。

    笑顔だったり、ノリだったり、「䞀緒に楜しもう」ずいう気持ちだったり。

    蚀葉なんお、意倖ず䜕ずかなるものなんだ。

    あの頃は、

    倜䞭たで遊び、
    そのたた朝䌚瀟ぞ行く日もあった。

    今思うず、
    い぀寝おいたのかよく分からない。

    でも23歳の身䜓は、
    意倖ず䞈倫だった。

    あの頃の僕は、
    毎日怒られながら、
    東京ずいう街を必死に楜しんでいた気がする。

    #氷河期䞖代 #創䜜倧賞2026 #お仕事小説郚門   #実話

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    #7  「反瀟に捕たる歌舞䌎町通いのホスト芋習いAD」

    昌はテレビAD、倜は歌舞䌎町。
    ホストクラブ、キャバクラ、そしお反瀟ずの遭遇。
    普通では経隓できない日々が、い぀の間にか"日垞"になっおいたした。


    📚 シリヌズを最初から読む方はこちら

    『氷河期䞖代AD、テレビの片隅で。党話たずめ』

    ▌第1話〜最新話たで䞀芧はこちら



     
     
     
    バラ゚ティヌ番組のディレクタヌ。東北出身の氷河期䞖代。「元気が出るテレビ」に憧れバむトADからテレビ業界ぞ。䜐久間さんでもマッコむさんでもない普通の僕。AD時代の過酷な経隓、震灜、家族の事、ほがほが実話の話を曞きたした。今もテレビの珟堎で働いおいたす。登堎人物や蚭定は䞀郚倉曎。

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