
「ある朝、気持ちが冷めていた」その理由。
私は自分だけを見ていてくれないと、嫌みたいだ。
そんな独占欲は、もう無いと思っていたのに。
けれど、この歳になった今も、恋人が他に興味を持つ時、どこか寂しく思ってしまう。
家族が友達と楽しんでいるのを嬉しく見ていられるのに、この違いって一体なんだろう。
二回りも年下の恋人。
それなのに私は、"対等"と呼べないほどに、きっと身勝手だ。
この前、久しぶりに彼が仲良しのコミュに遊びに行って、私も一緒に遊んだ。
彼はそこであるゲームにハマり、3日ほど続けて遊びに行った。私はたまに参加したり、自分の気分で離れたりしていた。
ただ、それだけの事だった。
それなのに。
ある朝、目が覚めた時、気持ちが冷めていた。
彼を嫌いではない。
けれど、好きでもない気がする。
前にも何度か、同じことがあった。
いつも突然、急に何も響かなくなって、自分で理由もわからない。
冷めたように感じる自分の心が、不安になった。
そんな時はいつも、一人きりの時間を作る。
自分の「空っぽ」のような心を、ただ黙って傍観するだけ。
この気持ちの「終わり」が見えなくて、そのうち私は「彼にとって自分は必要ないかも」なんて考え出す。
全く意味不明。
けれど、この突然やってくる「空っぽ」の正体を、私は40代も半ばになった最近、初めて知った。
「もう好きじゃないのかもしれない」
冷えた心に不安になることも、たまにある。このよく分からない「空っぽ」を、そうやっていままで流してきた。
けれどこの「空っぽ」は、時に相手を突き放したり、優しい言葉を選べなくなることがある。
なにせ、心は「冷めて」いる。
いつもは気にしないようなことまで「嫌」と感じる。
その正体は、「我慢」だった。
私は人の感情に鋭い所がある。だから、不慣れな相手との他愛ない会話でさえ空気を読んでしまう。
私は彼が、自由に楽しくいて欲しいと思っている。だから、コミュにも一緒に行くし、彼を送り出す事もある。
その時、少し寂しいと感じる自分も知っている。
今回「冷えた」のは、自分でその寂しさを認めなかったからだと思う。
「大丈夫」だと思ってしまった。
「気にしてない」と思った。
それが数日続いた時、
私の心はシャットダウンした。
「もう、嫌です」と。
自分に文句も言いたい。そんな急に、無言で心を閉ざすのをやめてほしい。
でもそれは、私が「頑張った」という証拠でもあった。
彼が楽しんで笑っている。
それを喜んであげたいと思う。
その私の「優しさ」が、「我慢」を隠した。
自分を全て分かっている気になっていた。
けれど、私の心は、私よりずっと素直だった。
頑張って「我慢」してでも、彼に優しくしたいと思った自分を、少しだけ褒めてあげたいと思った。
ただ、私が私を分かっても、突然フェードアウトされた彼からしたら、「なぜ?」しか浮かばないだろう。
これはまた別の問題で、私は自分の冷えた心が少し温まるまで時間を貰ったら、彼に何かを伝えないといけない。
今まで、このせいで誰かと何度も関係を壊してきた。
私も自分が分からなかったし、ただ「冷えた」気持ちで言葉は強くなる。相手は、理不尽に感じて攻撃を返す。
そんなつまらないケンカをよくした。
けれど、今回は違う。
凪くんは多分、理不尽だと思いながらも、なぜ私が怒るのか、離れるのかを考えるだろう。
何が私を悲しくさせたのかを、きっと探すだろう。
そして、私はもう自分が「冷えた」理由を知っている。
この寂しさを、今度はちゃんと伝えたいと思っている。
上手く言葉にできるか、まだ分からないけれど。