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50代からの知的冒険|切手と国家の物語⑩海を渡った軍神、占領下で追放切手に

前回は、乃木希典の2銭切手が、通常葉書料金に対応して発行され、やがて戦時標語の消印をまとっていく過程を見た。

今回は、日中戦争、太平洋戦争を経て敗戦後に至る乃木切手の歩みを見ていきたい。

劣化していく昭和切手

昭和12年(1937年)5月10日に発行が始まった第1次昭和切手には、乃木、東郷以外にも、すでに日本の統治下にあった台湾のオーロワンピ灯台(6銭)、朝鮮の金剛山(7銭)も登場している。帝国日本の版図を示す風景も普通切手の図案に組み込まれていたのだ。

左が台湾のオーロワンピ灯台
右が朝鮮の金剛山(印刷に上下のズレがある)

第1次昭和切手発行から約2ヶ月後の7月7日、盧溝橋事件が発生して日中戦争は本格化。やがて泥沼化していく。

太平洋戦争勃発後の昭和17年から発行が始まった第2次昭和切手でも、乃木は2銭と3銭、東郷は5銭と7銭に使われる。戦時下の料金改定に応じて、陸軍の乃木、海軍の東郷という二人の軍神が、普通切手として繰り返し使われたのだ。

目打の劣化が目立つ第2次昭和切手の乃木3銭
左の第1次昭和の東郷4銭は平時の品質を維持している
真ん中・右が第2次昭和の東郷5銭・7銭。印刷、目打、共に劣化が激しい

第2次昭和切手には、筥崎宮の勅額(敵国降伏)(10銭)、少年航空兵(15銭)、靖国神社(17銭、27銭)も登場する。

左から第2次昭和の筥崎宮の勅額(10銭)、少年航空兵(15銭)、靖国神社(17銭)

敵国降伏と書かれた10銭切手は、敗戦後、GHQを刺激する危険な存在とされ、日本政府の判断で在庫は早々に処分された。

昭和20年5月以降に発行された第3次昭和切手は、さらに劣化が激しい。特攻に用いられた飛燕が5銭切手として発行されたのは、終戦の直前の7月1日のことだ。

第3次昭和切手の印刷は荒く、目打も裏糊もない粗末さ

第1次昭和切手から、第2次、第3次と進むにつれ、紙質は落ち、印刷は荒くなり、ついには目打や裏糊も省かれていく。戦争末期の物資不足は、切手の質に直に表れている。

海外へ渡った乃木切手

国内葉書用に発行された乃木2銭切手だが、現実には海も渡っている。私の手元には、太平洋戦争前、米国へ送られたエンタイアがいくつかある。

最初に紹介するのは、1937年(昭和12年)12月21日、大阪から米国ニューハンプシャー州ダンバリー宛に差し出された外信便だ。

差出人は Geo. S. Takeshita。Geo. は George の略だろうか。大阪・船場の私書箱を利用しており、米国と日本の双方にルーツを持つ人物が、頻繁に米国と通信をしていたことをうかがわせる。

上のエンタイアから抜粋
赤丸が2銭寄付と愛国の表示

右上に貼られた二枚は、同年6月に発行された寄付金付きの愛国切手だ。その他、名古屋城10銭、右下の御朱印船5厘二枚とともに、乃木2銭が貼られている。

業務上の郵便であれば、寄付金付きの愛国切手を、しかも目に留まる場所に貼る必然性はない。米国の宛先人に、日本を愛する気持ちを伝えようとした可能性もある。

あるいは、米国にルーツのある人物が日本国内で生活を続けるために、日本への愛国を演じる同調圧力を感じていたのかもしれない。

もう一通は、真珠湾攻撃から遡ること一年、1940年(昭和15年)11月16日、神戸から米国アイオワ州デモイン宛に差し出された外信便だ。

英文の筆跡から、差出人は日本人だろう。手紙を取り出した際に封筒が破られているのは残念だが、異なる切手の10枚貼りは極めて珍しい。

稲刈り(1銭)、乃木(2銭)、東郷(4銭)、上高地(5銭)、オーロワンピ灯台(6銭)、陽明門(10銭)、航研機(12銭)、富士と桜(20銭)、厳島神社(30銭)、鹿苑寺金閣(50銭)

このエンタイアに貼られている切手の意匠と額面

10枚の切手の額面を合計すると1円40銭。封筒上に"AIR MAIL"の表示は見えないが、この金額は航空郵便の料金にあたる。主流だった船便なら20銭で済むにもかかわらず、航空便で送った手紙の中身は何だったのか。また、高額切手を貼らずに、10枚もの切手を並べた意図は何だろうか。

この手紙が出されたのは、昭和15年9月27日に日独伊三国同盟が締結された直後にあたる。すでに、日米関係は悪化の一途をたどっていた。乃木、東郷、オーロワンピ灯台、航研機などの切手を並べることで、差出人は何かを伝えようとしたのかもしれない。

日本が米国の圧力に屈しないという決意だったのか。あるいは、日本の強さを印象付けて、日米開戦を避けたいという願いだったのか。

米国宛郵便が止まるのは、真珠湾攻撃直後の1941年(昭和16年)12月11日だ。その一年前に、陸軍の軍神が米国に届けたメッセージに想像は広がる。

追放切手となる乃木切手だが…

敗戦後、乃木切手の評価は180度転換し、軍国主義的意匠にあたるとして使用禁止となる。いわゆる追放切手だ。

ただ、敗戦直後に昭和切手が一斉に追放されたわけではない。日本政府が自ら在庫を処分した「敵国降伏」10銭を除けば、乃木や東郷の切手は、昭和22年9月1日に使用禁止となるまでは、使うことができたのだ。

追放切手となる前に、乃木切手には、もう一つ大きな役割があったのだ。

復員郵便に込められた思い

乃木切手は、敗戦後に外地や戦地に残された日本の軍人・軍属、民間人との連絡のために設けられた復員郵便に数多く貼られている。

終戦時、海外には軍人と民間人を合わせて約660万人もの日本人が残された。軍人の復員と民間人の引揚は、占領軍にとっても最優先の戦後処理業務だった。

復員郵便は、日本政府が支配権を失う中で、米軍のサポートで国内料金(葉書は5銭)で出すことができた。

私の手元にある2通の復員郵便は、わずか1ヶ月の差でありながら、激変するGHQ占領下のわが国の状況を雄弁に語っている。

一通目の葉書は、復員郵便制度が始まった昭和20年11月16日に出されたものだ。

宛先は比島派遣部隊、すなわちフィリピンの日本軍関係者だ。台湾の高雄を中継して届けられている。

楠木正成の肖像が描かれた楠公2銭葉書に、乃木3銭、大東亜共栄圏地図の10銭切手が加貼されている。復員郵便に貼られた大東亜共栄圏10銭の存在は、二つの面で興味深い。

上の葉書から左端の切手を抜粋
ヤシの木も南国を思わせる

第一に、この切手の意匠に、台湾とフィリピンが日本の勢力圏として描かれていることだ。敗戦から3ヶ月後、すでに崩れ去った大東亜共栄圏の地図が、フィリピンに残された日本軍関係者への復員郵便に使われているのは、歴史の皮肉だと思う。

第二に、郵便料金の混乱がある。5銭で出すことができる復員郵便に、10銭切手が加貼されているのは、戦後の混乱の中で料金の周知が十分でなかったか、外地の家族に確実に届けてもらいたいという切実な気持ちが込められていたかのどちらかだろう。

この葉書が、復員郵便が開始された日に、待ちわびていたかのように出されていることを考えると、私は後者ではないかと思う。

裏面は私信なので公開は控えるが、両親が息子の無事を確認する内容となっている。弟、あるいは兄の名前も記されていて、息子二人が戦地から帰っていないことがわかる。

葉書は、次の一文で締めくくられている。

「双方共に無事で帰ることを待っております」

復員郵便が、外地に残された家族の消息をたどる切実な手段だったことが伝わってくる。宛先の本人がすでに亡くなっていたり、部隊の所在が分からなくなっていたりして、届かなかった葉書もあっただろう。

二通目は、約1ヶ月後の昭和20年12月22日の消印がある、大野町から差し出された復員郵便だ。こちらは、弟が兄の無事な帰還を心待ちにする文面が記されている。

赤丸はGHQの検閲印。通称「金魚鉢」

楠公3銭葉書に乃木2銭を合わせた合計5銭で、比島(フィリピン)派遣軍宛に直接差し出されている。また、一通目の葉書にあった「台湾高雄局気付」の記載もなくなっている。わずか1ヶ月の間に、復員郵便の料金体系やフィリピンへの直行ルートが確立したことがうかがえる。

最大の変化は、葉書の右側に残る、通称金魚鉢と呼ばれるGHQの検閲印だ。 GHQによる検閲は、昭和20年9月10日に書籍などを対象に始まっていたが、11月16日に出された一通目の復員郵便には、この印は見られない。

日本の敗戦処理が進む中、この1ヶ月ほどの間に、GHQの監視の目が個人の手紙にまで及んだ生々しい証拠なのだ。

新昭和切手が映す、戦後日本

昭和21年8月1日、戦後最初の普通切手である第1次新昭和切手の発行が始まった。乃木や東郷など戦前・戦中の昭和切手に代わって、郵便の現場で使われるようになっていった。

敗戦後2カ月半後から行われた公募には、3,600点もの応募があり、その中には平和の象徴であるハト、民主主義の象徴である国家議事堂が数多く含まれていたという。公募によって選ばれた新昭和切手には、五重塔、富士山、清水寺、金魚などの平和的な意匠が用いられた。

国の価値観は一変したが、敗戦直後の物資不足はそのままだった。紙質・印刷は粗末で、目打・裏糊もない。

戦後日本は、国家の価値観も、国民生活も、郵便も、文字通りゼロから再出発したのだ。

第1次新昭和切手の発行から約1年後の昭和22年9月1日、乃木切手は東郷切手など他の昭和切手とともに追放切手となり、その役割を終える。

第1次昭和切手は平時の品質を保っていた
銘板には内閣印刷局製造とある

乃木切手は、戦前・戦中の高揚、戦争末期の疲弊、敗戦後の価値の転換までを映し出す、小さな歴史資料だ。

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