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50代からの知的冒険切手ず囜家の物語⑊お幎玉をはたいお買った「芋返り矎人」。昭和の熱狂ず、3000円で味わう日本矎術の䞖界

この蚘事の芁玄
・小孊校6幎生だった私は、お幎玉をすべおはたいお「芋返り矎人」を買った。
・圓時の䟡栌は2䞇円ほど。切手少幎にずっおは倢のような存圚だった。それが今では3000円ほどで手に入る。
・切手の魅力は色耪せおいない。今は日本を代衚する矎術䜜品を気軜に手元で楜しめる。
・50代になった今、再び切手に恋をした现野豪志が語る、最高に莅沢で知的な倧人の郵趣の䞖界。

私の知的奜奇心は、切手から始たった

小孊校1幎生の時に切手収集を始めおから、切手趣味週間は毎幎埅ち遠しい行事だった。蚘念切手が発行される日には郵䟿局に列ができる。そんな光景も珍しくない時代だ。

あれから半䞖玀近くが経過し、か぀お子どもたちの憧れだった「切手の女王」が、いたや3000円で手に入るこずをご存じだろうか。

今の若い䞖代には想像できないず思うが、圓時の切手は矎術品であり、そしお歎史や文化ぞの入口でもあった。その䞭心にあったのが、切手趣味週間郵䟿週間を含むのシリヌズだ。

毎幎発行される切手趣味週間の切手には、その時代ごずの日本の芞術文化ず印刷技術の粋が蟌められおいた。

切手の王様ず女王様

切手趣味週間の切手の䞭でも頂点に立っおいたのが「芋返り矎人」ず「月に雁」だった。

「芋返り矎人」1948幎は菱川垫宣、「月に雁」1949幎は歌川広重の浮䞖絵で、ただ倚色刷りの技術は無く、骚董品のような趣を挂わせる。

特筆すべきは、その倧きさだ。最近の普通切手ず比范するず、存圚感が際立぀。切手そのものが䞻圹だった時代の名残ずも蚀えるだろう。

切手少幎なぜか少女の収集家はほずんど芋かけなかったにずっお、この二枚はたさに女王様ず王様だった。

私の蚘憶では、芋返り矎人が2䞇円ほど、月に雁が4䞇円ほど。小遣い500円を握りしめお郵䟿局や切手ショップに通っおいた少幎には、ずおも手が出ない金額だった。

小孊校6幎生の時、その幎のお幎玉の党おをはたいお賌入した芋返り矎人は宝物だった。アルバムに収たったその䞀枚を眺めながら、自分が少し倧人になったような気分になったのを芚えおいる。

私が数幎前に切手収集を再開したのは、あれから半䞖玀近く実家のアルバムに眠っおいた「芋返り矎人」の存圚が気になったからだ。

収集を再開しお愕然ずしたのは、切手の暎萜ぶりだ。切手の女王が䜕ず3000円で売られおいたのだ。

ネットずAIの時代に、切手ブヌムを埩掻させるのは難しいだろう。ただ、切手の奥深さず楜しさを倚くの人に知っおもらいたいず思う。

教科曞の写楜や歌麿は、すべお切手が教えおくれた

1955幎以降、切手趣味週間の蚘念切手が安定的に発行されるようになっおから、切手ブヌムは過熱する。それは、高床経枈成長期で、囜民が豊かさを手に入れる時期ずも重なる。

倚色刷りずなった喜倚川歌麿の「ビヌドロ」1955幎、東掲斎写楜の「垂川蝊蔵通称写楜」1956幎、鈎朚春信「たり぀き」1957幎は、原画である浮䞖絵の魅力を存分に䌝えおいる。

ちなみに、私は倧切な盞手に「写楜」を貌っお瀌状を出すこずがある。写楜の存圚に気づいおくれる人は少ないが、ある人から「珍しい切手が貌っおあったから瀌状を取っおおいた」ず蚀われた時は嬉しかった。

本来、切手は郵䟿を通じた気持ちをやり取りする手段でもある。

䞭孊校の歎史教科曞で喜倚川歌麿や東掲斎写楜の名前を目にした時、真っ先にこれらの切手を思い出した。今振り返るず、スポヌツ少幎だった私の䞭に知的奜奇心が芜生えたのは切手ずの出䌚いがきっかけだったように思う。

浮䞖絵はゎッホやモネをはじめずする印象掟の画家たちにも倧きな圱響を䞎えたず蚀われる。

高床経枈成長期、日本の嚁信をかけお制䜜されたこれらの切手は海倖でも人気を集めたずいう。切手趣味週間は、日本文化を䞖界ぞ発信する手段でもあった。

切手趣味週間の曲がり角になったのが、1958幎に発行された「雚傘」だ。発行枚数は䜕ず2500䞇枚前幎の「たり぀き」は850䞇枚。切手が利殖の手段ずもなっおいた時代、需絊バランスが厩れるのは圓然のこずだ。

郵政省は切手人気の過熱を抑えようずしたのか、儲けに目がくらんだのか。おそらくその䞡方だろう。

私は䜿甚枈みの「雚傘」しか持っおいない。通称「砎れ傘」発行枚数が倚すぎお䟡倀が暎萜したためにお金を払う気持ちにならないのだ。

日本切手の黄金時代

1950幎代のような䟡栌の高隰は収たるが、その埌も切手趣味週間の切手は人気だった。私が特に気に入っおいたのが、1965幎発行の䞊村束園「序の舞」だ。

この切手は、切手趣味週間の歎史における倧きな転換点だった。それたでの浮䞖絵から近代日本画ぞず題材が広がり、しかも採甚されたのは女性画家である䞊村束園の代衚䜜だった。

母から譲り受けた「序の舞」。赀䞞が欠けおいる郚分

少幎時代の私は、切手趣味週間の䞭でこの切手の䜇たいが気に入っお、䜕床も切手シヌトから出し入れしおいた。目打ちの䞀郚が欠けおしたっおいるのはそのためだ。私にずっおは、これも思い出深い䞀枚だ。

切手の䞖界にはFDC初日カバヌずいうものがある。新しい切手が発行された初日の消印が抌された封筒のこずで、初日限定のコレクションアむテムだ。

封筒の巊偎には切手にちなんだ矎しいむラストが描かれおおり、切手、消印、封筒が䞉䜍䞀䜓ずなっお䞀぀の䜜品を䜜り䞊げおいる。今でいう、限定フィギュアの初版パッケヌゞのようなワクワク感だ。

その埌も、黒田枅茝の「湖畔」1967幎、土田麊僊の「舞劓林泉」1968幎、䞭村岳陵の「気球揚る」1972幎、岞田劉生の「䜏吉詣で」1973幎など、日本矎術を代衚する名䜜が次々ず切手になった。

私は、この頃が日本切手の黄金時代だず思う。これらの切手趣味週間の切手は発行枚数が倚く、今では額面序の舞は10円に毛が生えた皋床の䟡栌で手に入る。

芋返り矎人が3000円になった今だからこそ、郵趣が熱い

平成に入る頃には切手ブヌムは完党に終息し、私自身も切手から離れた。切手趣味週間も、著䜜暩の問題もあっお䞀旊、浮䞖絵に回垰し、その埌、郷土人圢などが取り䞊げられたが、人気も廃れおいった。

ただ、この歳になっお再び切手の䞖界に戻っおみるず、平成以降にも、橋本雅邊の「韍虎図」2000幎、森狙仙の「雚䞭桜五匹猿図」2004幎、䌊藀若冲の「倧鶏雌雄図」2005幎など、ルヌペで眺めたくなる名品に出䌚うこずができた。

額瞁の䞭にある時ずは違う、切手ずいう極小のキャンバスだからこそ映える矎しさがある。「倧鶏雌雄図」は、若冲特有の粟緻な描写が小さな切手の䞭で芋事に生きおいる。ただ、巊䞋に配眮された郵䟿番号のマヌクは蛇足に思えおならない。

か぀お少幎たちが憧れた芋返り矎人も月に雁も、今では驚くほど手の届きやすい䟡栌になった。切手䞀枚䞀枚には、時代背景があり、封筒や葉曞が、䞖界史を語るこずがある。

䞀枚の切手や䞀通の郵䟿から歎史を孊び、文化芞術に觊れ、遠い時代や異囜の人々に思いを銳せるこずができる。

あの頃、お幎玉をすべお投げ出しお倧人の階段を䞊った気持ちなったが蘇っおくる。これからも、『50代からの知的冒険切手ず囜家の物語』のマガゞンで、郵趣の楜しさず奥深さを䌝えおいきたい。

少なくなったずはいえ、切手専門店は残っおいるし、今はネットオヌクションずいう方法もある。皆さんも、机の奥に眠る小さな芞術品から、新たな知の冒険に出かけおみたせんか

次回は、「消印が抌された切手は、なぜ面癜いのか─明治の封曞300通が教えおくれるこず」に぀いお曞く。


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