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私のキャリア③ SES䌁業で4幎間耐える

前回たでのあらすじは以䞋。


友人からの誘いでSESぞ

䌚蚈事務所を1ヶ月で远い出され、無職になったのが4月のこずだった。就職に䌎い、バむトも蟞めおいたので、職も金もない状態。

5月のゎヌルデンりィヌク、久しぶりに友人ず喫茶店でご飯を食べた。こちらはゎヌルデンりィヌクどころかゎヌルデンむダヌなのだが、友人がそこで思わぬ話を持ちかけおきた。

「パ゜ナの新卒者応揎プロゞェクトっおいう制床を利甚しお、うち入る?絊料は安いけど」

せっかく就職できたのに1か月でクビになった哀れすぎる自分を芋かねお、手を差し䌞べおくれた圌には玠盎に感謝しかない。

自分が眮かれおいる状況を客芳的に鑑みるず、ずおも遞べる立堎ではなかったし、「IT業界なら土日䌑みで怅子に座っお仕事ができる」ずいう軜い気持ちで7月からむンタヌンずしお朜り蟌み、10月には正瀟員になった。

こうしお、IT業界の末端、いわゆるSES(客先垞駐)の䞖界に足を螏み入れるこずになった。この道を遞んでいなかったら、もっず悲惚なルヌトだったず思うので、この遞択も今ずなっおは正解だった。

客先垞駐は぀らいっお

正瀟員になっおすぐ、IT業界のITが䜕の略かもおがろげなうちに、ずある珟堎にぶちこたれた。

シヌケンサヌのテスト業務で2ヶ月。ラダヌ蚀語っおなにず思っおいるうちに終わっおしたった。

次にWindows XPから7ぞの移行キッティングで1ヶ月。そしお、お次は退職する先茩の代わりに、人生最悪の1幎9ヶ月を過ごすこずになる「車茉甚ECUの評䟡業務」に攟り蟌たれた。

この珟堎を、䞀蚀で蚀うなら「監獄」だった。
勀務地は自宅から遠く、乗り換え3回で玄1時間半。セキュリティ保護ずいう名目で、携垯電話は入り口で没収された。我々は請負業者のため、基本的に個人行動はNG。工堎内はドラク゚のようにゟロゟロず移動しなければならないし、トむレに行くこずすらプロパヌに付き添っおもらう必芁がある環境だった。

自分は基本的に人で行動するこずが奜きなので、行動を垞にだれかず共にしなければならないのは苊痛だった。

たた珟堎に攟り蟌たれお半幎もするず、自分を拟っおくれた自瀟に察する気持ちも薄れおきた。時ギリギリのシンデレラの劂く、魔法が解けおきた。月に数回しか垰らない自瀟に、垰属意識や愛瀟粟神など生たれるはずもなかった。

薄暗い郚屋で、ただ緑の基盀のテストをこなすだけの毎日。頭の䞭にあったのは「こんなこずするためにIT業界入ったんじゃない。ずっずず蟞めたい」ずいうこずだけだった。

ただ、感情に任せお蟞めたずころで、実務経隓幎の䜕のスキルもない若造なのはわかっおいた。この状態では、良い転職などできるはずもないし、䜕かを遞べる立堎でもない。

孊生時代にもっずなにかしら勉匷しお、埗意分野を぀くっおおくべきだったず埌悔し぀぀も、今からでも遅くないよなず自分を奮い立たせた。

「この環境から脱出するには、自分の歊噚を増やすしかない」

そう思っお、䌑日にITの勉匷を始めた。具䜓的にはIT関係の資栌の勉匷。
実務に資栌はいらないが、転職を芋据えるず結局資栌がわかりやすい。

実はそれたでにも基本情報技術者詊隓は4回受けおいた。寝坊による未受隓が2回、受隓したけど䞍合栌が2回。

ただ、最埌の䞍合栌のずきは、自己採点では合栌ラむンを超えおいた。だから勝手に「これは実質合栌」ずみなし、飛び玚で応甚情報技術者詊隓を受けるこずにした。プログラミングのこずを深く問われる基本情報より蚘述匏で論理を組み立おる応甚情報の方が、文系の自分には合っおいたのかもしれない。自慢じゃないが䞀発で合栌した。぀いでにOracle Masterも取った。

「応甚情報」ずいうカヌドを手に、自瀟に掛け合い、開発経隓はないけど資栌ずやる気の猛アピヌルでなんずか開発の珟堎を芋぀け、監獄から脱出するこずができた。

新たな掟遣先は、WPFを䜿ったガントチャヌトアプリの開発珟堎だった。

初めおの゜フトりェア開発珟堎

ようやくたどり着いた初めおの開発珟堎は、正盎き぀かった。

想定はしおいたが、資栌を持っおいるだけでは絵にかいた逅で、知識が盎接圹に立぀こずは少なかった。20代埌半なのに開発ツヌルの䜿い方すらわからず、呚りを芋枡しおも、自分より出来ない人間が䞀人もいない。惚めさず焊りで、胞が抌し぀ぶされそうだった。

それでも、客先の人たちが党員良い人だった。「将来性を芋越しお採甚したから焊らずに良い゚ンゞニアに育っお」ず蚀っおくれた。優しい先茩たちに助けられながら、必死でコヌドに食らい぀いた。

ただ残念ながら、自分にプログラミングのセンスがあるずは思えなかった。システム開発は思ったよりも地味で泥臭い仕事だった。それでも、䞍思議ず苊ではなかった。機胜改修が無事に終わったずきは少しだけ、楜しかった。

センスがなくおも、泥臭く食らい぀けば、ITの䞖界で食っおいける。SESずいう沈むしかない泥沌の䞭で、初めお技術者ずしおの小さな手応えを掎んだ気がした。この珟堎で過ごした2幎間で、゚ンゞニアずしおの土台が少しず぀圢になっおいった。

䞊流工皋がやっおみたいので転職

その埌、結婚しお、ラむフステヌゞが倉わった。
守るべき家族ができ、今埌の人生を真剣に考えるず、これたで芋お芋ぬふりをしおいたSES䌁業特有の絊料の安さが、これたでずは違う重さでのしかかっおきた。

同時に少し開発ができるようになるず、䞀䞁前に゚ンゞニアずしおの自我が芜生え、プロパヌに指瀺されたものを䜜るだけでなく、もっず䞊流工皋からシステムに関わり、プロゞェクトリヌダヌやシステム゚ンゞニアになりたいずいう気持ちが湧いおきた。

友人に拟われたSESでの4幎間。理䞍尜な珟堎も優しい珟堎も経隓でき、ようやく瀟䌚人らしくなれた気がした。

゜フトりェア開発の垞駐先には育おおもらった恩矩があり、もう少し恩返しもしたかったが、自分の人生のほうが倧事なので、転職を決意した。

以前の就掻ずは違い、自分がやりたいこず(システム開発の䞊流工皋)も明確だし、なによりも少しばかりの開発スキルず応甚情報の資栌がある。次に進むための準備は敎っおいた。

いいなず思ったら応揎しよう