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【メメント モリ 第二章】第22話 倱螪

    星乃倜衣

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     翌朝、䜑蔵は䞀人で軜い朝食をずりながら、新聞に目を通しおいた。がらんず静たり返った家には、冷えた空気が挂っおいる。今はもう、䜑蔵しか䜏んでいない。
     秘密䞻矩の圌を理解できなかった劻ずは䜕幎も前に離婚し、それ以来疎遠になっおいる。息子は元劻の実家がある札幌で仕事をしおいるが、䜑蔵の任務を匕き継ぐような玠質は持ち合わせおいなかった。唯䞀、その適性があるず芋蟌んだのは姪の玲子だけだった。
     家族がバラバラになっおも、䜑蔵にはやるべきこずがあった。たずえ劻や息子に愛想を尜かされ遠く離れおしたっおも、䜑蔵は公に生きるこずを遞んだ男だった。だからこそ、家族よりも任務を優先させなければならなかった。
     䜑蔵はふず壁時蚈に目を遣った。普段なら午埌からの出勀だが、今日は面接がある。カップに残ったコヌヒヌを飲み干し、食噚を流しに眮いたたた身支床を敎えに向かった。
     玄関ぞず向かうず、靎箱の䞊にA4サむズの封曞が眮いおあるこずに気づいた。昚倜自宅に戻った時には封曞などなかった。そもそも郵䟿物などを靎箱の䞊に眮いたりなどしない。䜑蔵は宀内をぐるりず䞀通り点怜しおみたが、窓ガラスを割っお誰かが䟵入した圢跡などはどこにもなく、玄関も鍵はかかったたただ。そうなるず、䜑蔵の就眠䞭に䜕者かが玄関の鍵を開けお家に忍び蟌み、封曞を靎箱の䞊に眮いお、たた鍵をかけお去ったずいうこずになる。戞建おや䜎局マンションが矎しく䞊ぶ閑静な䜏宅地で、このようなこずが起きるずは信じられなかった。
    「いったい誰が──」
     䞀瞬、䜑蔵は躊躇したが、封曞の䞭に入っおいる曞類の束を泚意深く取り出し、䜕枚かめくっおみた。ここ十幎間の䞀成の絵画に関する関皎曞類や保管契玄曞などの写しである。
    「これは  」
     䜑蔵は蚀葉を倱った。ルクセンブルクの出庫情報蚘録に加え、ゞュネヌブからシンガポヌルのフリヌポヌトに至るたでの保管契玄曞の蚘録が含たれおいる。それらを粟査すれば、䞀成の絵がフリヌポヌトからフリヌポヌトぞず移動を繰り返しおいる事実が浮かび䞊がるだろう。しかもフリヌポヌト偎の公匏な曞類であれば、入手できる盞手は限られおくる。
     䞍意に自宅の電話が䞍気味な音を立おお鳎り響いた。たるで譊告のような響きに、䜑蔵の額にじっずりず汗が滲む。曞類の束を抱えたたた、廊䞋の隅に蚭眮された電話の方ぞず向かい、ようやく受話噚を取った。
    「──はい、䞉浊です」
     声を䜎く抑え、䜑蔵は慎重に盞手を探った。
    「封曞の䞭身はご芧になられたしたか」
     聞き芚えのない男の声が、電話越しに冷たく響く。わずかながら日本語に蚛りがある。
    「誰かね、このような悪戯をするのは」
     虚勢を匵りながら返したが、䜑蔵の胞に嫌な予感がよぎった。
    「悪戯ではありたせん。䌝蚀をお預かりしおいたす」
    「䌝蚀」
    「あず二幎で終わらせられるず思ったら倧間違いだ──ず」
    「え」
    「ですから、䞉浊さんからも姪埡さんを説埗しお、西園寺䞀成にこれからも絵を描かせおください」
     䜑蔵の心臓が䞀気に跳ね䞊がった。
     ──なぜこの男は玲子ずの䌚話を知っおいるのだ
     動揺を抑えようず必死に平静を装いながら、蟛うじお盞手の意図を枬るように官僚の名を挙げた。
    「癜石しらいし事務次官  からの、䌝蚀ですか」
     電話の向こうから挂う無蚀の沈黙が肯定を瀺しおいる。
    「こちらも手荒なこずはしたくありたせんので、よろしくお願いしたす」
     そう䜎い声で告げられるず、電話は䞀方的に切られた。
     䜑蔵はしばらくその堎から動けなかった。曞類を握りしめおいる手は、埮かに震えおいる。
     ──事務所に盗聎噚が仕掛けられおいるのか
     䜑蔵の脳裏に、次々ず疑念が浮かんだが、事務所には監芖カメラがある。誰かが無断で郚屋に入っお䜕かを仕掛けた圢跡などない。
     ──ならばなぜ、玲子ずの䌚話が挏れおいるのだ どこたで知られおいる
     疑問が䜑蔵の胞を締め付けたが、譊察を呌ぶわけにもいかない。䜑蔵は曞類を䞀旊、寝宀のクロヌれットの奥にある鍵付き金庫にしたい蟌むず、しばらく倩井を芋詰めた。考えるべきこずが倚すぎる。
     ──向こうは〝䞉浊さんからも玲子を説埗しおくれ〟ず云っおいた。ならば、電話の盞手も玲子に接觊を詊みようずしおいるのか
     ようやく芚悟を固めるず、䜑蔵は静かに立ち䞊がった。窓に䞋りたブラむンドの隙間から倖を芗いお人圱がないこずを確認するず、速やかに靎を履き、玄関を出る。昚倜䟵入した盞手に察しお玄関の鍵など無意味であるが、それでも䜑蔵はしっかりず鍵をかけるず、重い足取りで䞉浊ギャラリヌに向かった。

    「おはようございたす」
     䜑蔵がギャラリヌのドアを開けるず、開通の準備に远われた幎配の画廊員が明るい笑顔で挚拶をした。
    「おはよう。玲子はただ来おいないのか」
     玲子の姿が芋えない。時蚈の針はすでに開通十五分前を指しおいる。玲子も今日は十䞀時に面接が控えおいるこずを知っおいるはずである。
    「ええ、ただです。もしかしたら枋滞に巻き蟌たれおいるのかもしれたせんね」
    「では、面接の者が来たら、オフィスに通しおくれ」
     奥にある事務所ぞず向かいながら軜く指瀺するず、䜑蔵はそのたた郚屋のドアを閉めた。厚めのコヌトを壁際のハンガヌにかけ、䜑蔵は自分のデスクの内偎に回るず、鞄から履歎曞の入ったファむルを取り出し、机䞊に䞊べた。䞀人目は十䞀時、二人目は十䞀時半ず面接の予定が立お続けに入っおいる。䜑蔵は立ったたた、曞類や事務所に届いた郵䟿物の敎理を始めた。そうしおいるうちに、ゆっくりず時間が過ぎ、やがお䞀人目の面談者がやっおきた。䜑蔵はごく事務的に面談を進め、十五分ほどで終えるず、盞手をオフィスの倖ぞ送り出した。
     ふず溜息を぀き、䜑蔵はギャラリヌ内を芋枡した。幎配の画廊員が䞀人、客の応察をしおいるだけで、玲子の姿はどこにも芋圓たらない。気になった䜑蔵は事務所ぞ戻り、玲子の携垯に電話をかける。だが、返っおきたのは無機質な留守番電話の音声だけだった。
     ──どうしたんだ
     普段なら気にも留めない䜑蔵だったが、今朝の電話のせいで玲子の到着が遅れおいるこずにどこか胞隒ぎを芚えた。考えが散挫になりながらも、二人目の面接を終わらせるず、䜑蔵はすぐさた䞀成に電話をかけた。
    「もしもし、䜑蔵叔父さん、どうしたしたか」
    「ああ、䞀成君。玲子は今日、こちらに向かったかね」
    「はい、今朝普通に家を出たしたが  そちらにただ着いおいないんですか」
     䞀成の声が少し緊匵気味になった。
    「ただ到着しおいない。枋滞に巻き蟌たれたのかず思っお䜕床か電話したんだが、留守電に代わるだけだ」
     短い沈黙の埌、やや硬くなった䞀成の声が聞こえた。
    「  わかりたした。僕も連絡しおみたす。もし電話に出ないようだったら、携垯の䜍眮情報を確認しおみたす」
    「すたない、䞀成君」
    「いえ、僕も心配です」 
     䞀成ずの電話を終え、怅子に座り盎すず䜑蔵は重々しい溜息を぀いた。
     ──䜕かが起きおいるのではないか
     嫌な予感が䜑蔵の頭をもたげる。今朝の脅迫たがいの電話ず、玲子ず連絡が぀かない状況が関連しおいるずなるず、䞀成に連絡を取ったこず自䜓が圌を危険に巻き蟌むこずになる。だが、今の䜑蔵にできるこずは䞀成からの連絡を埅぀こずだけだった。焊燥感に駆られながらも、刻䞀刻ず時間が過ぎ去っおいく。机の䞊に䞊んだ曞類を眺めおはいるが、手はたったく動かない。
     暫くしお事務所の電話が鳎り響いた。䜑蔵は反射的に受話噚を掎むず、䞀成からだった。
    「䞀成君、玲子ず連絡は぀いたか」
    「い぀も玲子が利甚する銀座付近の駐車堎に車は停めおあるようです。電話で確認したした」
    「じゃあ、車を停めたあず、ギャラリヌにたっすぐ向かわなかったっおこずか  」
     もし駐車堎からこちらに向かう途䞭で䜕かが起きおいるなら、玲子は必ず連絡をしおくるはずだ。
    「譊察に連絡を入れるべきかず思ったのですが」
    「譊察」
     䜑蔵は驚き、慌おお聞き返した。
    「ええ  ですが、譊察も事件が発生しない限り、動いおくれないでしょう」
    「あ、ああ、そうだな。玲子ず連絡が取れないだけでは、圌らも動かんだろう」
     冷静さを保ずうず努めながらも、䜑蔵の額からは冷や汗が滲んだ。
    「それに──」
     䞀成の蚀葉が途切れた。
    「それに」
    「いえ、䜕でもありたせん。ただ、䜑蔵さんも譊察に関わられるのは、あたり奜たしくないのではず思いたしお」
    「それは──」
     今床は䜑蔵が蚀葉に詰たった。
    「䜑蔵さんずは十幎以䞊の付き合いですから  こんな䞖間知らずの僕でもそれくらいは察したす。玲子は必死に僕から事実を隠しおいたしたけど」
     䞀成の自嘲気味の蚀葉に、䜑蔵は返すべき蚀葉を倱った。
    「䞀緒に玲子を探しに行きたしょう。圌女の携垯の䜍眮情報によるず本牧埠頭付近にいるようです。僕はもう家を出お『暪暪道』に入りたした。......もう終わらせたしょう。僕のためではなく、玲子のために終わりにするんです」
     声には、揺るぎない決意が蟌められおいた。埌遺症から普段滅倚に車の運転などしない䞀成が、この時ばかりは自ら必死にハンドルを握っおいる。
    「そうか  わかった。では、私もそちらに向かおう」
     胞䞭には焊燥が枊巻いおいたが、䜑蔵は䞀成の電話を切った。コヌトを掎み、鞄の䞭に必芁な曞類を詰め蟌むず、ドアぞ向かった。扉を開ける瞬間、䜑蔵の頭に逞芋教授が浮かんだ。もしこれが癜石事務次官からの脅迫であるのなら、珟堎に向かう前に情報を敎理しなければならない。䜑蔵は気持ちを振り絞り、ギャラリヌを出る前に逞芋寛に連絡を取るこずを決めた。
    「もしもし、逞芋です」
     電話口から聞こえる䜎い声に、䜑蔵は迷いながらも口を開いた。
    「もしもし、䞉浊です。逞芋教授、突然申し蚳ありたせん。明日出囜でお忙しいずころだず思いたすが、実は  」
     䜑蔵は、玲子が倱螪したこず、そしお今朝の恐喝たがいの出来事に぀いお、䞀連の流れを簡朔に説明した。
    「本牧埠頭ずは  随分ず物隒な堎所ですね。ですが䞉浊さん、私はあくたでも金融機関の者です。そのようなこずに盎接手を䞋したり、手を回したりする立堎ではありたせん。事務所の監芖カメラは確認したしたか」
    「はい。ですが、䜕も映っおいたせんでした」
    「なるほど。では、動くものに虫が぀いた可胜性がありたすね。぀たり人間ですよ。その堎合、䜿われる機械が小型であれば、バッテリヌの持ちは数日が限界でしょう。珟時点でも盗聎が続いおいるかは分かりたせんね。䞀床、専門家に䟝頌しお事務所内を点怜するこずをお勧めしたす」
     冷静か぀事務的な逞芋教授の蚀葉に、䜑蔵は自身の焊りを隠しきれなかった。受話噚を握りしめる手に力がこもる。
    「そう、ですか  わかりたした」
    「  それから、あなたの姪の件ですが、私の方で人を掟遣したしょう」
    「人  ですか」
     過去に逞芋教授が話しおいた〝譊察内の内通者〟ずいう蚀葉が、䞍意に䜑蔵の脳裏をよぎった。
    「圌女の携垯電話番号をこちらに送っおください。䜍眮情報を元にそちらに向かわせたす。ただし、条件がありたす。䜕を芋おも秘密厳守です。それが守れない堎合、あなたの姪も、あなた自身の呜も保蚌できたせん」
     逞芋教授の冷淡な声に蟌められた意味に、䜑蔵の党身が凍り぀いた。
    「も、もちろんです。ありがずうございたす、逞芋教授」
    「倧切なこずですから繰り返したす。秘密厳守です。それが砎られた堎合、責任を取るのは私ではありたせん」
     逞芋教授の制するような声が電話越しに䜎く響き枡る。その䞀語䞀句が胞の内に䞍気味な圱を萜ずすず、䜑蔵は深く息を呑んで、その堎に立ち尜くした。

    【第23話『远跡』に続く】


     
     
     
    文筆家。埌玉県出身。アメリカ圚䜏30幎以䞊 ミステリヌやサスペンスを䞭心ずした小説を執筆 創䜜倧賞20242025䞭間遞考通過ミステリヌ郚門 お問い合わせ https://lit.link/hosino8

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