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ほんわりパンを通して、本当に作っていたもの 【ほんわりパンの始まり ︳第11章】

    ほんわりパンを始めて、
    気づけば17年が経っていた。

    こうして振り返ってみると、
    私はずっと、
    パンを作っていたようで、

    本当は、
    別のものを作ろうとしていたのかもしれない。

    最初はただ、
    「食べた人が、
    ふっと緩んでくれたらいいな」
    と思っていた。

    疲れている人が、
    少し元気になったらいい。

    張り詰めている人が、
    少し安心できたらいい。

    私は、
    人と話すことが得意だとは思っていなかった。

    誰かを励ましたり、
    うまく言葉をかけたり、
    そういうことができるタイプだとは
    思っていなかった。

    だからこそ、
    食べ物だった。

    食べることで、
    ほっとする。

    お腹が満たされると、
    少し安心する。

    なんだかわからないけど、
    「また頑張ろうかな」
    って思える。

    そういうものを、
    作れたらいいなと思っていた。

    だから、
    ほんわりパンは、
    最初から
    “売れるパン”
    を目指していたわけじゃなかった。

    “元気になるパン”
    を作りたかった。

    そして、
    私は昔から、
    作る時の気持ちが、
    そのまま食べ物に入る感覚があった。

    まだパン屋になる前、
    玄米酵母でパンを作っていた頃のこと。

    ものすごく腹が立つことがあって、
    怒りながら、
    力いっぱい生地をこねたことがあった。

    すると、
    一晩でパン生地が腐った。

    本来、
    そんなことは起きない。

    でも、
    明らかに、
    おかしくなった。

    その時、
    私はすごく怖くなった。

    「ああ、
    自分の状態って、
    こんなに入るんだ」

    って。

    逆に、
    「なんかわからないけど、
    食べると元気が出る」
    と言われることもあった。

    だから私は、
    パン屋になってから、
    自分の状態をすごく気にするようになった。

    イライラしたまま作らない。

    焦ったまま作らない。

    でも、
    子育て中に、
    いつも完璧でいられるわけじゃない。

    子供が熱を出す日もある。

    泣き止まない日もある。

    自分だって疲れている。

    それでも、
    お金をもらって作る以上、
    そのまま流し込むのは違うと思った。

    だから、
    ある時から、
    イメージするようになった。

    手から入る感覚を、
    くるぶしのところで止める。

    入れたい時は入れる。

    でも、
    流したくない時は止める。

    そう意図して作るようになったら、
    パンが安定した。

    その時、
    私は初めて知った。

    “込める”
    だけじゃなく、

    “込めない”
    もできるんだって。

    これは、
    パンだけじゃなく、
    今思うと、
    すごく大事なことだった。

    昔の私は、
    パンそのものに、
    自分の思いを込めていた。

    でも今は、
    少し変わってきている。

    コロナをきっかけに、
    生き方そのものを、
    深く見直す時間が増えた。

    マーケットもなくなった。

    直接お客さんと会うことも減った。

    そして、
    自分の内側を見つめる時間が、
    長くなった。

    その中で、
    少しずつ、
    表現の形が変わっていった。

    昔は、
    “物”
    を通して表現していた。

    今は、
    “言葉”
    や
    “気づき”
    や
    “視点”
    を通して、
    表現するようになってきた。

    でも、
    振り返ってみると、
    やっていることは、
    ずっと同じだった。

    天然酵母を観察していた時も、

    月とパンの関係を見ていた時も、

    「食べたいのに食べられない」
    を形にしていた時も、

    私はずっと、

    “その人に合う形”

    を探していた。

    そしてそれは、
    今、
    自分自身に対しても、
    同じことをしている気がする。

    以前の私は、
    限界までパンを作っていた。

    マーケットのたびに、
    大量に焼いていた。

    でも今は、
    販売数も減らした。

    自分が無理なく、
    ちゃんと心地よく作れる量に変えた。

    それは、
    情熱がなくなったわけじゃない。

    “どう生きたいか”

    が変わってきたんだと思う。

    だから、
    ほんわりパンも、
    これからまた、
    形が変わっていくと思う。

    パンをたくさん作る、
    という形ではなくなるかもしれない。

    でも、
    ほんわりパンを通して、
    私がずっとやってきたこと。

    でも、
    ほんわりパンを通して、
    私がずっとやってきたこと。

    それは、
    もう、
    私の生き方そのものになっている。

    そして、
    今になって、
    やっとわかった。

    私は、
    パンを作っていたようで、

    本当は、

    “安心して、
    その人がその人のままでいられる場所”

    を、
    作りたかったのかもしれない。


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    「ほんわりパン」は店舗を持たない小さなパン屋。パン生地に乳製品・卵・油脂を使わず、国産小麦と自家製フィリングで天然酵母パンを焼いて17年。「食べたいけど食べられない」から生まれたパンを、独学で17年試行錯誤してきた観察と探求の記録を綴っていきます。

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