
見えてきた輪郭
彼を推して、そろそろ一年が経つ。 最初は見えなかった彼の人物像が、時間の経過とともに、はっきりとした輪郭を帯びてきた。
初めて同担と食事をしたときのことだ。 一番歴の長いファンから、釘を刺すようにこう言われた。
「彼は虚言癖で、モラハラ気質ですよ」
はじめは、そんなものだろうと思った。 かつて芸能の道を歩んでいた私にとって、嘘とは自分を守るための術であり、仕事に繋がる道具でもあったから。ファンとの距離がこれほど近い場所なら、ある程度の「ボロ」が出るのは自明のことだ。しかし、実際は違った。 彼は嘘を子供のように使っていた。
自分を誇示しどれだけ大きい存在か。どれだけモテていたのか、どれだけ尊敬されていたのか。はっきり言って自慢話を嘘という塗装をするだけの行為だった。それがどれほど愚かな行為であるかを自覚していなかった。
他の話を聞くたびに矛盾が彼の輪郭がはっきりしてくる。そのせいで話の面白さで新規のファンを獲得できても継続したファンはつかない。
簡単なロジックすら理解できない彼に私は愛想を尽かすどころか、より深い愛を感じるようになった。
何もできない。何も成し遂げていない。 そんな彼が嘘を重ねるたび、私は彼をまるで愛玩動物のように思った。野生を忘れ、自らケージに入り、牙を剥くこともしない。 ただ愛されるために、そこに存在している――そんな気がしたのだ。
彼を知れば知るほど、その事実が浮き彫りになり、私のなかの支配欲は日々増していった。
「ファンは推しの鏡」という。
ならば、彼が嘘で塗り固めた自尊心は、私の中にある「誰かを支配したい」という飢えた渇望の裏返しなのだろうか。彼は今日もケージの中で、偽りの栄光を語る。私はそれを微笑んで眺めながら、彼が一生そこから出られないように「えぇ~すごい。こんなこと○○くんにしかやれないよ」とは外れることのない鍵をかけ続けるのだ。