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指定難病になっちゃった話「クリッペル・トレノネー症候群」


    「クリッペル・トレノネー症候群」という病気をご存知だろうか?
    私は自分がかかるまで、一切耳にしたことがなかった。

    今日は、日本で1500人くらいしかいない激レア病に当たってしまった話をしたいと思う。
    どうせ当たるなら、宝くじにしてくれ。頼むよ。


    I.昔馴染みの新しい病気


    ここらで一番、かかった病名多いの誰だ選手権とかやったら、一番になれるくらい、かかった病気の数が多い。
    日本一とまではさすがに言わない。
    でも、学校一とかくらいの単位だったら、一番になれるくらいの数だと思う。
    こんなにも自慢にならない一番というものがあるものか……。

    なぜか片脚にだけ色んな病気が発生し、その都度手術を繰り返した。
    例えば、左右で脚の長さが違ったり、足に腫瘍が出来たりしていた。

    だから、今度の病気との出会いも、新鮮なものではなかった。

    トイレに座った時、太腿の裏に痛みが走る。
    手で触れてみると、ポコリと血管が盛り上がっていた。
    アーモンドチョコレートくらいのサイズ感だ。

    実はこの症状自体、初めてのことではなかった。
    幼い頃に医者に行ったこともあったが、その時は「手術後にできることがあって、自然に治る」程度の説明で帰されていたのだ。
    小さい頃から手術を繰り返していた私は、そんなものかと思っただけだった。

    だけど、今回はなかなか腫れが引かなかった。
    触れていなくても、じくじくと痛むようになってしまった。
    それどころか、破裂しそうにパンパンに膨らんでくるではないか。
    血管が爆発してしまうと焦った私は、かかりつけ医に血管外科への紹介状を書いてもらうのだった。


    Ⅱ.耳慣れぬ診断


    何回か通って、ぬるぬるのジェルを塗りたくられるエコー検査と、寝っ転がって動かずにいるだけのCT検査をやった。

    その間にも、「弾性ソックス」という、普通の靴下が10足以上買えるような値段の、締め付けのキツ〜い靴下を渡され、毎日履くように言われていた。

    しかし、この靴下、履くのが大層面倒なのである。
    足の甲から、太ももまでの長いソックス。
    薄手とはいえ、夏は暑い。

    何より、締め付けがめちゃくちゃ強いため、普通には履けず、引っくり返して、足先から順に捲っていく。
    慣れたら大したことないが、慣れるまでは五回くらい試行して、やっと履けるみたいな状態だった。

    なので、ついついサボってしまっていたのだ。

    正直、当初、靴下なんかで本当に治るのか懐疑的だったのもあった。
    どうせ気休め程度で、何も変わらないんじゃないかと思ってしまっていたのだ。


    病名がつくまでは、少し時間が掛かった。
    診断が難しい病気であるようで、権威の先生に回してもらったようだ。

    告知というほど大袈裟なもんじゃなく、さらりと告げられる。

    「クリッペル・トレノネー症候群です」

    「えっ?」
    なんて?
    書いてもらってようやく聞き取れる。
    耳馴染みのなさすぎる言葉だった。

    生まれつきの静脈の奇形、と言われる。
    生まれつき、血管が変な形をしているってことなんだろうが、正直よくわからなかった。

    続けて、先生が言う。

    「5割くらいの人は問題なく生きていきます」

    えっ!? 5割!?
    5割って半々じゃん! 少なくねぇ!?
    口にはしなかったが、内心、ひどく動揺していた。
    問題ある場合は、どういう問題が起きるの!?
    動揺し過ぎて何も聞けなかった。

    けれど、先生の口調はとても落ち着いたもので、口にはしないものの、「大丈夫だよ」というポジティブなニュアンスを勝手に感じた。

    「次は一年後に経過を見ましょう」

    5割の不安は消えないが、一年後の経過観察で良いなら、おおごとじゃないのかもしれない、と思った。
    病院に来るのも大変だから、次まで間があることにも安堵した。

    そう思っていると、先生が看護師さんに何かを話し掛けながら、振り向いた。

    「指定難病なので、申請が受けられます」

    !?? 指定難病だって!?
    突然の展開に驚いた。
    色々病気にはなってきたが、指定難病は初めてだった。

    大変であることが公に認められている病気、なのかな?
    一瞬、ちょっとお得だと思った。
    どうせ完治しない病気なのに、”大変だと認められていない”病気にたくさん掛かってきた。
    だったら、認められているほうがまだマシだろう、なんてくだらないことを思った。

    そんなの虚勢だった。
    指定難病という言葉の重みに殴られる。
    本当は、とてもショックだった。


    帰る前に区役所に難病申請に寄ったが、説明を聞くと、補助は非常に少額だった。

    申請に掛かる費用と手間、それから実際、免除される額が噛み合わなかったのだ。

    毎年5000円くらいの診断書を医師に書いてもらう必要があり、大量の頭の痛くなる書類を捌いて申請すれば、関連医療費が3割から2割負担になる。

    手術が必要になった時などは助かるだろうが、年一程度の診察で暮らしていく分には必要のない出費だった。

    結局、申請はせずに帰った。


    もう病気になることには慣れて、病名が新しくついたからって、ショックなんか受けないと思ってた。
    そんなの、全部、全部、嘘だった。

    帰ってから思いきり泣いた。


    Ⅲ.真実と一筋の光


    指定難病にショックを受けた私だったが、事の重大さをまだ受け止めてきれていなかった。
    どこかこの病気を軽視していた。

    弾性ソックスを履く頻度は上がっていたものの、まだ毎日は履いていなかったのだ。

    それでも、どこかに不安を感じていた私は、クリッペル・トレノネー症候群を改めて調べてみることにした。

    「クリッペル・トレノネー症候群(KTS)
    体の片側の手足などが異常に大きく成長し、同時にその部分に血管やリンパ管の奇形(アザや静脈瘤など)を伴う、生まれつきの難病」

    私が悩まされていた左右の脚の長さの差は、この病気から来ていたのだ、と初めて知った。
    人生の伏線回収である。

    そんな悠長なことを思っていた私は、次の情報を見た瞬間、凍りついた。

    「血管の構造的な問題があるため、進行した場合、肺塞栓症、心不全、感染、出血などにより、致死的な病態に至ることもある」

    進行した場合、死に至る病だった。

    そして、指定難病というのはこういう意味だ。
    治療法が確立されていない。
    完治しない病気。

    “苦労の可視化”なんて話じゃなかった。
    症状が悪化してからでは、手遅れになるリスクを知った。

    他にも文献を調べていくと

    「命に関わらなくても、日常生活の質には大きな問題(身体の痛み、身体機能の低下など)を抱えている人が多い」

    といった記述に行きあたる。
    先生の言った5割は問題なく生きていく、の”問題”はたぶんこういったものだろう。

    私は病気を軽視して、医師の言いつけを守らなかったことを、ひどく後悔した。
    真剣に向き合えていなかったことに、その時になって初めて気付いたのだ。

    しかし、どん底の情報の奥には、一筋の光もあった。

    「基本的には寿命の長さは、健常者と変わらない」

    という記述だ。
    適切な治療を続け、合併症のリスクを管理すれば、平均寿命まで生きられる。
    軽視から一転、病気の重篤さばかりに目がいっていた私にとって、その事実は希望になった。

    それから毎日弾性ソックスを履くようになって、1ヶ月経った頃。
    ──嘘のように症状が引いた。
    みみず腫れのように血管がボコボコしていたのが、すっかりなくなったのだ。
    太もも裏の痛みもしっかり消えた。

    ああ、弾性ソックス、舐めて悪かった。君はただの靴下じゃない!
    こいつを履くのが、今では歯磨きと同じく、しないと落ち着かない毎朝のルーティンになった。
    面倒でたまらなかった靴下は、私にとって「血管と命を守る鎧」へと変わっていた。


    IV.これからの私と靴下


    病気と向き合うことは怖い。
    たくさんの病気になってきても、決して慣れることはない。

    クリッペル・トレノネー症候群になった5割の人が問題なく生きていく、と聞いた時、シビアだと感じた。
    けれども、その残り5割の真実(致死性のリスク、生活の質の低下)を知った時に初めて、本当の恐怖がやってきた。

    しかし、情報は恐怖だけを与えはしなかった。

    毎日履くのが面倒だった弾性ソックス。
    これは本当は私の生活と命を守ってくれる、魔法の靴下だった。

    お医者さんの言い付けをちゃんと守るのは、自分を大切にするということだ。

    これからは、正面から病気に向き合い、自分を大事に暮らしていく。
    私は締めつけのキツい靴下と共に生きていくことを誓ったのだった。


    【参考文献】

    難病情報センター

    clevelandclinic

    maastrichtuniversity


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