閉じこもっていた自分
昨年の夏、演劇鑑賞会の例会で上演された、劇団俳優座の『猫、獅子になる』を観て、とても心に残ったことがありました。
観劇直後、勢いのままこの思いをどうにか言葉にして残せないかと思っていたのですが、結局うまく言語化できず、気づけば年をまたいでいました。半年以上経った今も、ふとした時にあの舞台のことが心に浮かびます。やっと少しだけ形にできそうな気がしたので、忘れないうちに書いておこうと思います。
私は演劇鑑賞会に入会しています。日頃よりお世話になっている方から紹介していただいて入会したこともあり、入会金を払っていながらも、「観られるものだけ観に行く」という、かなりゆるい参加の仕方をしていました。仕事を理由にしていましたが、本当に仕事の時もあれば、なんとなく気が乗らないこともありました。
『猫、獅子になる』については、サークル内のLINEで「今回かなり良かったらしい」という噂を聞いていて、少し気にはなっていました。でも例会当日、どうしようかなと思いながら、その日は結局見逃してしまいました。
すると後日、サークルの代表の方に「あら、ぴよちゃんさん仕事で観れなかったの? 今回すごく良かったから、三日後に別会場で上演するし、ぜひ行ってみたら?」と声をかけてもらいました。
もともと気になっていたこともあり、結局、別会場で観ることになりました。今思うと、あれも何かの縁だったのかもしれません。
演劇鑑賞会で上演される作品は楽しいものも多いですが、現代社会の問題や歴史など、深いテーマを扱った作品も多いです。
『猫、獅子になる』も、寓話のようなタイトルですが、ひきこもりや介護、8050問題を扱ったヒューマンドラマでした。
あらすじについては、他の方の感想がとても分かりやすかったので、そちらをおすすめします。
※もし問題があればリンクは削除するかもしれません。
私が特に強く心に残ったのは、50歳になっても部屋に閉じこもり続けるミヤコが、なぜ引きこもることになったのか、そのきっかけが描かれる過去の回想シーンでした。
かなり前に観劇したので記憶違いもあるかもしれませんが、できるだけ当時感じたままを書いてみます。
ミヤコは演劇部の部長で、宮沢賢治と読書が好きな、正義感の強い女の子でした。クラスには、いじめを受けている外国人の男の子がいて、「なぜ同じ人間なのに差別するのか」と彼女は考えます。
そして彼を演劇部に誘い、文化祭の劇で、宮沢賢治の『猫の事務所』を題材にしたオリジナル劇を上演しようとしていました。たしか、彼には“かま猫”役をやってもらう予定でした。全校生徒に、人種差別について考えてもらいたかったのです。
けれど、文化祭が近づくにつれ、その男の子は学校に来なくなってしまう。練習は進まず、部長であるミヤコに非難が集まります。
それでも彼女は、「かま猫役は彼じゃないと意味がない」と譲りませんでした。
そんなミヤコに、顧問の教師がこう言い放ちます。
「社会運動をしたいなら学校の外でやれ」
「ロドリゴが学校に来なくなった理由を知っているか。お前が毎晩家まで押しかけ、大声で呼び続けたせいで、彼は仕事中に親指を怪我した。教師になりたかった彼は、もうチョークを持てない指になった」と。
細部は違うかもしれませんが、おおよそそんな内容でした。
私はその場面を観ながら、気づけば拳を強く握りしめていました。腕が震えるほど力が入っていて、自分でも驚いたくらいです。
その顧問教師は、いかにも「昔の学校に一人はいそうな先生」という絶妙なリアルさがありました。
物語自体は最後、ミヤコが過去から1歩踏み出せたような、希望を感じる終わり方でした。
でも私は、その回想シーンだけがずっと頭から離れませんでした。
そして同時に、自分の高校時代のことも思い出していました。
私は高校時代、不登校で引きこもりでした。
ミヤコみたいに強い正義感があったわけではありません。情熱を注げるものも、人生をかけて好きだと言えるものもありませんでした。
みんな高校に進学するから、自分もなんとなく高校に行った、そんな感じでした。
小さい頃から、周りよりワンテンポ遅い子どもでした。周りになじめず、小学生の頃は親同伴で通学したり、保健室登校をした時期もありました。今思えば、かなり社会不適合気味だったと思います。
なんとか高校には進学しましたが、入ったのは進学校でした。やりたいことも、行きたい大学もない。しかも中学時代の知り合いは一人もいない学校で、どこかずっと孤独感がありました。
ただ、クラスメイトには恵まれていたと思います。友達と呼べる子は一人だけでしたが、いじめもなく、みんな優しかったです。
高1の頃、進路希望調査を書いていた時のことです。目標のない私は、「大学志望校を書け」と言われても、本当に何も分かりませんでした。分厚い大学一覧を見ながら、私は純粋に驚いて「こんなに大学ってあるんですね」と先生に言いました。
すると先生は、「当たり前でしょ?」と返しました。
その瞬間、足元が崩れるような感覚になりました。
え、みんな知ってるの?
これって当たり前なの?
私は無意識に、「義務教育を終えたら高校へ行って、その次は大学で、そのあと就職して……」という一本道のエスカレーターみたいな人生を想像していました。
でも現実には、膨大な選択肢があった。
その時の私は、自分がどこへ向かえばいいのか、本当に分からなかったのだと思います。
小さい頃から絵を習っていたので、美術系に進みたい気持ちはぼんやりありました。でも、その先にどんな道があるのか、自分に何が必要なのか、何ひとつ分かりませんでした。
難しく苦しく感じる勉強。人間関係で大きな問題はないけれど、どこかなじめない感覚。見えない未来。みんなの“当たり前”ができない自分。
たぶん、そういう小さなことが積み重なって、キャパオーバーしてしまったのだと思います。
朝起きられなくなり、自分の殻に閉じこもっていきました。
ミヤコは、自分の信念が崩れ、自責の念で閉じこもりました。
私は、社会とうまく適合できない自分に押しつぶされて、動けなくなりました。
全然タイプは違います。むしろ、自分の好きなものや信念にまっすぐだったミヤコのことを、少し尊敬しています。まっすぐすぎて危うい部分もありましたが。
でも、「引きこもる」という行為そのものは、自己防衛だったのだと思います。
理由は人それぞれです。
容姿、話し方、家庭環境、人間関係、社会不適合感。いろんなきっかけがある。
でも私の場合、周りの大人たちや、いろんな出会いが、自分の存在価値を少しずつ教えてくれました。社会との接点や役割を与えてくれる人たちがいました。
そうやって、なんとか大人になってきました。
「あの時こうしていたら」
「あの選択は間違っていたんじゃないか」
でも、その時の自分には、その生き方しか選べなかったとも思います。
もし、あの文化祭がうまくいっていた世界線なら、ミヤコは優秀な教師や社会活動家、あるいは文学に関わる人間になっていたのかもしれません。
でも、あの出来事があったからこそ、彼女は立ち止まり、人の痛みを知ることができた。40年近くかかったとしても。
……だからといって、あの顧問はやっぱり嫌な役だなあとは思うけど。
私もまた、あの頃の苦しさがあったからこそ、今の自分があるのだと思います。
後悔することはあります。もっと違う生き方ができたんじゃないかと思うときもあります。しょっちゅう。
でも結局、自分には自分の人生しか歩けないんだと思います。
引きこもることで、周囲を心配させたり、振り回したりすることもあると思います。私自身、あのころの私に「あの時どうしてあげればよかったのか」「何が最善だったのか」は今でも分かりません。
それでも、『猫、獅子になる』は、周囲の家族や社会問題以上に、ミヤコという一人の人間に深く感情移入し、自分自身の過去まで考えさせられた、とても印象深い例会でした。
私を信じて、外の世界へ連れ出してくれた母親。
呆れながらも、戸惑いながらも、生活を支えてくれた父親。
そして、社会との接点や活動の場、チャンスを与えてくれた方々へ。
感謝を込めて。