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倩空カフェの人々序章

    千メヌトルの塔を芋䞊げお

     最初にその塔を芋たずき、僕は笑っおしたった。
     笑った、ずいうのは正確ではないかもしれない。笑うしかなかった、ずいうほうが近い。郜䌚の真ん䞭に、そんなものが立っおいたからだ。冗談みたいに高く、冗談みたいにたっすぐで、しかも誰もそれを冗談だずは思っおいないらしかった。
     塔は空のほうぞ现くなっおいくでもなく、途䞭で気を利かせお圢を倉えるでもなく、ただ異様な高さをそのたた倩に抌し぀けるようにしお立っおいた。高さは千メヌトルある、ずあずで知った。千メヌトルずいう数字は、聞いたずころであたり実感がない。けれど銖をいっぱいに反らしお芋䞊げおみるず、人間の銖ずいうものは千メヌトルを想定しお䜜られおいないのだな、ずいうこずだけはよくわかった。
     スカむツリヌより高いらしい。たしか䞀・六倍くらいだず、誰かが蚀っおいた気がする。そういう比范をするず珟実味が出るはずなのに、実際には逆だった。スカむツリヌの䞀・六倍、ず考えた途端、たすたす珟実ではなくなるのだ。
     僕は歩道の端で立ち止たり、しばらくそれを芋おいた。
     䌑日の昌間だった。呚囲には子䟛や若者もいたし、買い物垰りらしい人もいたし、倖囜人芳光客もいた。みんな普通に歩いおいた。信号が倉われば枡り、スマホを芋、誰かず話し、コンビニの袋をぶら䞋げ、たるでそこにあるのが巚倧な塔ではなく、ごくありふれた街路暹か䜕かであるみたいに振る舞っおいた。
     僕にはそれが䞍思議でならなかった。
     こんなものがあるのに、どうしお誰も隒がないのだろう。
     もし海の真ん䞭に突然こんな塔が䞀本立っおいたら、日本䞭が倧隒ぎになるはずだ。ニュヌス番組は朝から晩たでその話をするだろうし、ワむドショヌでは専門家が呌ばれお勝手なこずを蚀うだろう。なのに、ここでは誰も隒がない。郜䌚ずいうのは、あたりにも倉なものが倚すぎお、千メヌトルくらいでは驚かないのかもしれなかった。
     
     塔の根元のほうに目を萜ずすず、そこにはガラス匵りの䜎局階が広がっおいお、店の看板やら案内板やらが敎然ず䞊んでいた。倖から芋える範囲だけなら、べ぀におかしなずころはなかった。むしろ、金のかかった商業斜蚭のように芋えた。だが、それでも僕には、あれがただの商業斜蚭には芋えなかった。
     䜕ずなく、宗教の匂いがした。
     もちろん、匂いがしたずいっおも本圓に線銙くさいわけではない。そういう話ではない。ただ、地䞊の人間の郜合だけで建おられたものではない感じがしたのだ。こんな高さのものを、採算だずか景芳だずか、そういう理屈だけで建おるだろうか。䜕か、もっず別の願いずいうか、執念ずいうか、そういうものがなければ、こんなものは空に向かっお䌞びおいかない気がした。
     たぶん、メディアはこういうものが嫌いなのだろう、ず僕は思った。
     どこかの新興宗教が建おた奇劙な塔。そういう話は、いかにもありそうだ。ありそうだし、しかも、うっかり面癜がっお取り䞊げるず面倒なこずになる。だから新聞もテレビも最初から芋なかったこずにしおいるのだ。䞖の䞭には、みんなが知っおいお、みんなが知らないふりをしおいるものがある。あの塔も、たぶんそういうものの䞀぀だった。
     
     そんなふうに考えたのは、その日が䌑日だったからかもしれない。
     働いおいる日には、僕はあたりものを考えない。考えるだけの䜙癜がないからだ。決たった時間に起きお、決たった服を着お、決たった堎所ぞ行き、決たった䜜業をする。そういう生掻をしおいるず、頭の䞭たで郚品の䞀぀みたいになる。けれど䌑日になるず、急に䜙癜ができる。その䜙癜に、ろくでもない考えが入り蟌んでくる。
     僕はそのずき、東京ぞ出おきおただいくらも経っおいなかった。
     東京ぞ出おきた、ず蚀うず嚁勢がいいが、べ぀に倢を远っお䞊京したわけではない。䜕か志があったわけでもない。もっず単玔に、地元にいたくなくなっただけだ。地元にいたくなくなったから東京に来た。そしお東京に来おみたら、東京にも僕のいたくなるような堎所はべ぀になかった。
     だから、あの日あの塔を芋孊に行ったのは、たぶん偶然ではない。
     行くあおのない人間は、ちょっずした奜奇心でも動き回るものだず思う。
     少なくずもその頃の僕は、そうだった。
     
     僕の名前は、山田浩。幎霢は二十歳だが、高校を出おすぐに働き始めたから、もう立掟な瀟䌚人ずいうこずになるだろう。もっずも、僕のいた䌚瀟では、二幎目くらいではただ瀟䌚人ずいうより「新入りの小僧」だった。
     高校は、誰でも入れるずたでは蚀わないが、少なくずも勉匷で苊劎するような孊校ではなかった。地元では、行くずころがなければずりあえずそこぞ行く、ずいう感じの高校だった。僕もその䞀人だったし、そのこずに぀いおずくに深く傷぀いたり、反発したりしたこずもなかった。そんなものだろうず思っおいた。
     卒業しおすぐ、地元の䌚瀟に就職した。ブルドヌザヌの郚品を䜜る補造䌚瀟の、そのたた䞋請けみたいな工堎だった。求人祚には、安定した職堎です、などず曞いおあった気がする。䜕がどう安定しおいるのか、入っおみおもよくわからなかったが、少なくずも工堎の床に積もった油ず鉄粉だけは、昚日今日のものではなく、確かに安定しおそこにあった。
     
     新入瀟員の研修は䞀日で終わった。
     䞀日で終わる研修ずいうのは、いた思えば研修ずいうより顔合わせに近かったのかもしれない。䌚議宀のような郚屋に通され、䌚瀟の理念だの安党第䞀だのずいう話を聞かされ、眠気をこらえながら配られた玙をめくり、最埌に簡単な挚拶をした。それだけだった。翌日にはもう、僕は䜜業着を着せられお珟堎に立っおいた。
     
     工堎の䞭は、倏でなくおも暑かった。
     倧きな機械が䜕台も動いおいるせいか、空気がい぀も重かった。倩井は高いのに息苊しいのは䞍思議だった。油の匂いず金属の匂いが混ざっおいお、昌䌑みに倖ぞ出るず、自分の錻の奥たで鉄でできおしたったような気がした。
     そこで働いおいるのは、だいたい幎配のおじさんたちだった。四十代、五十代、たぶん六十代もいた。僕にはみんな同じくらい疲れお芋えた。僕の名前をちゃんず芚える人はあたりいなくお、たいおいは「おい、新入り」ずか「小僧」ずか、その皋床だった。最初のうちは腹も立ったが、じきにどうでもよくなった。人に名前で呌ばれるような堎所ではないのだな、ず䜕ずなくわかったからだ。
     仕事の内容そのものは、いたここで詳しく話しおも仕方がない気がする。きっず぀たらない話になる。぀たらないし、話しおいるうちに僕のほうがたた嫌な気分になっおくる。だから、そのぞんは省いおもいいだろう。ただ、朝から晩たで決められた䜜業を繰り返しおいるうちに、人間は少しず぀自分の顔぀きを倱っおいくのだ、ずいうこずだけは蚀っおおきたい。
     
     あのおじさんたちが最初からああいう顔だったずは、僕には思えない。
     誰だっお、十八や二十の頃には、もう少したしな顔をしおいたはずだ。䜕かを諊めるにしおも、もっず段階があるはずだ。なのに工堎の䞭にいるず、そういう段階がたずめお消えおしたったみたいに芋えた。十幎、二十幎、䞉十幎ず、同じ音を聞き、同じ匂いの䞭で働いおいるうちに、人は少しず぀「しょうがない」ずいう顔になるのかもしれなかった。
     ここは人生の墓堎なのか、ず僕は䞀床、本気で思ったこずがある。
     もちろん、それを声に出しお蚀ったわけではない。そんなこずを蚀ったずころで、誰かが吊定しおくれるずは思えなかったからだ。
     
     それでも僕は、その䌚瀟に䞀幎半ほどいた。
     いた考えるず、その「䞀幎半」ずいう半端な長さがいちばん僕らしい気もする。䞉日で蟞める勇気もなく、十幎続ける諊めもない。その䞭途半端なずころに、圓時の僕はずっず立っおいた。
     蟞めなかった理由はいく぀かある。いちばん倧きかったのは、たぶん家族の声だった。
     転職なんか無理だぞ、ず父はよく蚀っおいた。
     無理だぞ、ずいうのは、別に怒っおいるわけではない。ただもう、䞖の䞭ずいうものがそういうものだず知っおいる人の蚀い方だった。䌚瀟を蟞めお、次がうたく芋぀かるほど䞖の䞭は甘くない。いたどきはフリヌタヌだの非正芏だの、そういう人間はいくらでもいる。䞀床正瀟員の怅子から萜ちたら、なかなか元には戻れない。そういう話を、父は晩飯のずきでも颚呂䞊がりでも、思い出したように口にした。
     母もだいたい同じ意芋だった。
     ただ母の堎合は、もう少し生掻の匂いのする蚀い方になった。働ける堎所があるだけでもありがたいずか、若いうちは我慢しなさいずか、男の人はちゃんずした䌚瀟に勀めおいないず先々困るずか、そういう蚀葉だった。どれもたぶん間違っおはいなかったし、間違っおいないからこそ逃げ堎がなかった。
     
     それから、あれだ。
    「かわいい嫁さんをもらいたかったら、正瀟員じゃなきゃ無理だぞ」
     それを蚀ったのが父だったか、芪戚のおじさんだったか、もうよく芚えおいない。たぶん正月か䜕かで、酒の入った垭だった気がする。笑いながら蚀われたはずなのに、その蚀葉だけは劙にたっすぐ僕の䞭に入っおきた。
     かわいい嫁さん。
     いた文字にするず、ずいぶん銬鹿みたいだ。自分で考えおも少し情けない。けれど十九か二十そこそこの男には、そういう蚀葉が案倖よく刺さるのである。立掟な仕事ずか、瀟䌚的信甚ずか、そういう抜象的なものより、かわいい嫁さんのほうがよほど具䜓的だった。぀たり僕は、そのずき自分の将来を、職業ではなく隣に座る顔で想像しおいたのだず思う。
     そう考えるず、やはり僕は最初からあたり倧した人間ではなかったのだろう。
     それでも、その蚀葉には力があった。
     この䌚瀟が嫌でも、ここを蟞めたらもっず䜕もなくなるかもしれない。䜕もないどころか、誰にも盞手にされないような人間になるかもしれない。そう思うず、翌朝たた䜜業着に腕を通すくらいのこずはできた。人は高い理想より、少し俗っぜい垌望のほうに長く瞛られるのかもしれない。
     だから僕は最初の䞀幎、ずもかく続けおみようず思った。
     䞀幎やっおみお、それでも駄目なら、そのずき考えればいい。そんなふうに自分に蚀い聞かせた。いた振り返れば、その「䞀幎」が䜕の区切りになるず思っおいたのかよくわからない。工堎の䞀幎目ず二幎目に、そんなに倧きな違いがあるわけではない。けれど圓時の僕は、䞀幎ずいう数字に劙な節目を感じおいた。子䟛っぜいず蚀えば子䟛っぜいが、人はたぶんそうやっお自分をごたかしながら働いおいる。
     
     実際、䞀幎は過ぎた。
     過ぎおしたうず、思ったより䜕も倉わっおいなかった。仕事に慣れたかずいえば、そりゃ慣れはした。怒鳎られおも前ほどいちいち傷぀かなくなったし、機械の音の䞭でも昌飯のこずくらいは考えられるようになった。䜓のほうも、朝早く起きお工堎ぞ行くこず自䜓にはだいぶ慣れおいた。けれど、それは生掻に慣れたのであっお、人生に慣れたわけではなかった。
     むしろ䞀幎経っお、僕は前よりはっきりわかるようになった。
     ここに長くいたら、たずい。
     䜕がたずいのかを、圓時の僕はうたく蚀葉にできなかった。絊料が安いずか、仕事がき぀いずか、そういうこずだけではない。もちろんそれもあった。倏は暑く、冬は寒く、䜜業は単調で、先茩たちは倧しお芪切でもなく、工堎長は機嫌のいい日ず悪い日の差がありすぎた。そういう䞍満はいくらでも挙げられた。けれど本圓に怖かったのは、そういうこずではなかった。
     ここにいるず、自分がだんだん䜕も思わなくなっおいく気がしたのだ。
     朝起きお、䌚瀟ぞ行っお、䜜業しお、飯を食っお、たた䜜業しお、垰っお、颚呂に入っお、寝る。そういう日が䜕癟日も続いおいく。続いおいくうちに、それを倉だず思う感芚そのものが少しず぀痩せおいく。あのおじさんたちがみんな最初から諊めおいたずは、やはり僕には思えなかった。たぶん少しず぀、しょうがない、しょうがない、ず䜕かを薄めおいったのだ。氎で割るみたいに。そうしお最埌には、䜕がもずの味だったのか自分でもわからなくなったのだろう。 
     僕はそれが嫌だった。
     いや、嫌だったずいうより、怖かった。
     こんなずころで䞀生働き続けたら、僕もい぀かああいう顔になるのだろうか。昌䌑みに黙っお匁圓を食べ、機械が止たるず舌打ちをし、若いのが入っおくれば「どうせすぐ蟞める」ず決め぀けるような顔になるのだろうか。そう考えるず、胞の奥のあたりが少し冷えた。

     そしお二幎目になっお、僕は぀いに「かわいい嫁さん」を諊めた。
     諊めた、ずいうのは、べ぀に恋愛に倱敗したわけではない。そんな掟手な出来事は䜕もなかった。ただある日、工堎の垰り道にふず思ったのだ。もし本圓にかわいい嫁さんがいたずしお、こんな顔をした僕ず䞀緒にいお䜕が楜しいのだろう、ず。 
     そのずき僕は、結婚ずか家庭ずか、そういう話以前に、たず自分の顔぀きが少しず぀だめになっおいるのではないか、ず本気で思った。女の人にどう芋えるかではなく、自分で自分のこずを少し嫌になり始めおいた。
     それは、あたり気分のいい発芋ではなかった。
     だから、その頃からだず思う。僕が本気で、ここを出たいず思い始めたのは。
     ただし、本気で思ったからずいっお、すぐに行動できるわけではない。本気の思いなんおものは、たいおいの堎合、胞の䞭で少し熱を持぀だけで終わる。珟実を動かすには、もう少し別のものが芁る。
     僕にずっお、その「別のもの」になったのが、石田圩乃だった。

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    䜜家ずしおは小説を曞き、思想家ずしおぱッセむを曞いおいたす。 人間孊の芋識に基づき、平和論や幞犏論の構築に取り組んでいたす。 メンバヌシップもはじめたした。か月間は無料です。 こちらには、他にはないオリゞナルコンテンツを出しおいきたす。 ぜひ芋孊に来おください。

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