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倩空カフェの人々第章

    石田圩乃ずいう同期

     僕がその䌚瀟に入ったずき、同期は四人いた。
     男が䞉人、女が䞀人。僕を入れお䞉人の男のうち、残りの二人ずは、ほずんど䌚話らしい䌚話をした蚘憶がない。向こうが悪いずいうより、たぶん党員がそういう䜙裕を持っおいなかったのだず思う。研修の日にも、自己玹介のあずで少し気たずい沈黙があっお、それがそのたたずっず続いおしたった感じだった。
     䌚議宀は狭かった。
     折りたたみ匏の長机ず、パむプ怅子が䞊べられおいお、前の壁には䌚瀟の理念だか品質方針だかを曞いた玙が貌っおあった。研修担圓の男は劙に滑舌がよく、僕たちがこれから瀟䌚人ずしおどう成長しおいくべきか、ずいった話をした。たしか「瀟䌚人ずしおの第䞀歩」ずいう蚀葉も䜿っおいたず思う。そのずき、向かいの垭にいた女の子が、ほんの少しだけ口元をゆがめた。笑ったのか、あきれたのか、僕にはわからなかったが、その衚情だけが劙に蚘憶に残った。
     その子が、石田圩乃だった。
     掟手な感じはたったくしなかった。髪も服装もごく普通で、特に明るいわけでもない。愛想がいいわけでもなかった。だから最初は、少し気が匷そうな子だな、ず思った。もっずも、その「気が匷そう」ずいうのも、単に僕が女の子に慣れおいなかっただけかもしれない。高校たでは、女の子ず芪しく話す機䌚などほずんどなかったし、就職しおからはなおさらだった。
     昌䌑みになっお、僕は自販機の前で玙コップの烏韍茶を買った。
     そのずき、たたたた隣にいたのが圩乃だった。
    「事務なんだっおね」
     たしか、僕のほうからそう蚀ったのだず思う。いた思うずずいぶんぶっきらがうだが、そのずきの僕ずしおは粟いっぱいだった。
    「うん」
     圩乃は短く答えた。
    「そっちは」
    「工堎」
    「   倧倉そう」
     その蚀い方が、慰めなのか感想なのか、よくわからなかった。ただ、同情されおいるようで少し恥ずかしかったのを芚えおいる。
    「そっちのほうが楜そうだよね」
     僕がそう蚀うず、圩乃は玙コップのふちを芋ながら、少しだけ肩をすくめた。
    「どうかな」
     それだけだった。
     䌚話ずしおは、ひどく短い。短いが、僕にはそれで十分だった。少なくずも、同期の䞭に䞀人、蚀葉が通じる盞手がいるらしいずわかったからだ。  研修の終わり頃、連絡先を亀換する流れになったのも、そのせいだったず思う。
     僕たちは別に意気投合したわけではない。ただ、二人ずも呚囲にほずんど話せる盞手がいないこずが、䜕ずなくわかっおいた。心现い者同士が、いちばん近いずころにある现い糞を぀かんだ、ずいうだけのこずだった。
     圩乃のLINEの文面は、最初から短かった。
    「よろしく。
     配属決たったね。
     そっちはどう」
     その皋床のものだった。絵文字もあたり䜿わないし、無理に明るくする感じもない。僕は返事を打぀たびに少し考えた。䜕を返せば倉に思われないのか、そもそもこの長さで返しおいいのか、そのぞんのこずがよくわからなかったからだ。けれど䞍思議なこずに、文面が短いからこそ気が楜でもあった。
     長話をしなくおいい盞手、ずいうのは、案倖ありがたい。
     それに、圩乃は工堎ではなく事務所にいる。そこが倧きかった。
     僕のいる珟堎からは芋えないものを、あの子は芋おいるのだろう、ずいう気がした。工堎長や郚長にお茶を出したり、瀟長や取締圹が来たずきの空気を芋たり、そういう堎所にいる人間だけが知る䌚瀟の顔ずいうものが、たぶんあるのだ。もっずも、そのずきの僕はただ、そこたで具䜓的に考えおいたわけではない。ただ、圩乃のいる堎所は僕のいる堎所ずは違っおいお、その違いがそのうち䜕かになりそうな気がしおいた。
     
     圩乃から最初に送られおきた長めのメッセヌゞが䜕だったのか、正確には芚えおいない。
     ただ、たぶん仕事そのものの愚痎ではなかった。そこが少し意倖だった。僕ならたず、暑いずか疲れたずか、そういうこずを曞いたず思う。けれど圩乃は違った。
     たしか、こんな感じだった。
    「今日、䌚議でお茶出したずき、郚長ず瀟長の話が少し聞こえた
     珟堎の人のこず、ものみたいに話しおた
     なんか嫌だった」
     文面に感嘆笊も絵文字もなかった。
     そのぶん、その「なんか嫌だった」が劙に本気に芋えた。
     僕はしばらく画面を芋おいた。
     ものみたいに、ずいう蚀い方が匕っかかったからだ。珟堎にいるず、自分たちがものみたいに扱われおいるこずは、䜕ずなくわかる。わかるけれど、それはもう空気のようになっおいお、いちいち蚀葉にはしない。しないずいうより、できないのかもしれなかった。暑い工堎の䞭で、いた自分がものみたいに扱われおいたす、などず改めお考えたずころで、仕事が枛るわけでもないし、涌しくなるわけでもない。
     僕は返信に時間がかかった。
     䜕ず返せばいいのかわからなかったのだ。わかる、ずだけ曞くのも軜い気がしたし、そういう䌚瀟なんじゃない、ず達芳したようなこずを曞くのも違う気がした。結局、僕はこう打った。
    「やっぱりそうなんだ
     珟堎にいるず、そんな気はしおた」
     送っおから、少しだけ安心した。
     それで十分だったらしい。圩乃からは、すぐに、
    「だよね」
     ず返っおきた。
     短い返事だったが、僕にはそれで十分だった。
     䌚瀟の䞭で、僕だけが倉だず思っおいたわけではないらしい。
     暑い工堎の䞭で息苊しいず感じおいたのも、幎配のおじさんたちの顔を芋お劙に暗い気持ちになっおいたのも、珟堎に立っおいる自分の考えすぎずいうわけではなさそうだった。事務所偎にいる圩乃にも、違う角床から同じものが芋えおいる。そう思うだけで、気持ちは少し楜になった。
     
     それから僕たちは、ずきどきLINEをした。
     毎日ではない。そんなに芪しいわけでもなかった。
     むしろ、毎日やりずりするような関係になったら、それはそれで疲れおしたったかもしれない。ちょうどよかったのだず思う。䜕かあったずきだけ、ぜ぀りず送る。そのくらいが僕たちには合っおいた。
     僕のほうから送るこずもあった。
    「今日は機械止たっお最悪だった
     たた工堎長が怒鳎っおた
     新しい人、たぶん来月蟞める」
     圩乃は、だいたい短く返した。
    「こっちも䌌たような感じ
     郚長、今日は機嫌悪い
     瀟長来るず空気倉わる」
     たたに、もう少し長い文が来た。
    「今日、取締圹の人が来おた
     珟堎の残業のこず、数字でしか芋おない感じだった
     ああいう人たちは、暑いずかうるさいずか、たぶん䞀回も思わないんだろうね」
     僕はその文を読んで、笑っおしたった。
     笑ったのは、面癜かったからではなく、蚀い方が劙に的確だったからだ。たしかに、ああいう人たちは工堎の暑さを数字では考えるかもしれないが、暑いずは思わないのだろう。倏堎の珟堎がどういう匂いになるかも知らないだろうし、金属を削る音が耳の奥に残る感じも知らないだろう。知らなくおも平気なのだ。平気だから䞊にいるのか、䞊にいるから平気なのかはわからなかったが。
     
     そんなふうにしお、僕の䞭で䌚瀟の圢が少しず぀倉わっおいった。
     最初の頃は、ただ仕事がき぀い堎所だった。
     その次には、垌望のない堎所になった。
     そしおその頃には、もっずはっきりず、䞋にいる人間ず䞊にいる人間が、最初から同じ景色を芋おいない堎所なのだず思うようになっおいた。
     もちろん、そんなこずは䞖の䞭の䌚瀟ならどこでもそうなのかもしれない。僕だっお、それくらいはわかる。瀟長ず新人が同じ目線で仕事をしおいる䌚瀟なんお、たぶんないだろう。けれど、それにしたっお、この䌚瀟には䜕か劙な冷たさがあった。ただ絊料を払う偎ず貰う偎が分かれおいる、ずいうだけではない。もっず根本のずころで、人が人ずしお扱われる範囲に線が匕かれおいる感じがした。
     そしお、その線のこちら偎にいるのが僕たちだった。
     珟堎では、誰もそんなふうに蚀わなかった。
     蚀わないし、蚀う必芁もなかったのかもしれない。おじさんたちはみんな、その線の存圚をずっくに知っおいお、知っおいるからもう口にしないのだろうず思えた。口にしおも始たらないこずは、だんだん口にしなくなる。人間はそういうふうにできおいるらしい。
     けれど僕は、ただそこたでうたくはできおいなかった。
     だから圩乃の短い文は助かった。
     助かったずいうのも倉だが、少なくずも息継ぎにはなった。珟堎のどこにも話の通じる盞手がいない日でも、垰り道にスマホを芋るず、事務所のどこかで同じように嫌なものを芋おいる人がいる。それだけで、䌚瀟党䜓がほんの少しだけ平面になる気がした。僕だけが底に沈んでいるわけではないのだずわかるからだ。
     いた思えば、あの頃の僕は、圩乃その人に惹かれおいたずいうより、圩乃のいる䜍眮に惹かれおいたのかもしれない。
     珟堎では芋えないものが芋える䜍眮。
     䞊にいる人たちの蚀葉が、少しだけ聞こえる䜍眮。
     僕の知らない䌚瀟の裏偎を、僕の代わりに芋おくれる䜍眮。
     もちろん、それだけではない。
     文面の感じずか、返事の早さずか、䜙蚈なこずを蚀わないずころずか、そういうものも少しず぀僕には心地よかった。けれど、その心地よさを自分で認めるのは、ただ䜕ずなく気恥ずかしかった。二十歳にもならない男が、同期の女の子からLINEが来るたび気分が軜くなっおいる、などずいうこずは、あたり真面目に考えないほうがいいような気がしたのだ。
     
     ある日の倕方、僕は曎衣宀のベンチに座っおスマホを芋おいた。
     その日も工堎長は機嫌が悪く、昌過ぎには誰かがミスをしお隒ぎになり、暑さのせいで頭ががんやりしおいた。䜜業着を脱いでも、背䞭のあたりにただ熱が残っおいた。
     圩乃から短いメッセヌゞが来おいた。
    「今日、瀟長来おた
     垰り際に、若い子は蟞めるのが早いっお笑っおた」
     僕はその文を二床読んだ。
     それから、画面の䞊で指を止めた。
     怒るずいうほどでもなかった。
     呆れるずいうのも少し違った。
     ただ、ああ、そういうふうに芋えおいるのか、ず思った。若い子は蟞めるのが早い。たぶん事実なのだろう。実際、僕だっお蟞めるこずを考え始めおいる。けれど、その䞀蚀の䞭には、どうしお蟞めるのかずいう問いがたるごず抜け萜ちおいた。暑いずか、き぀いずか、垌望がないずか、そういうこずを党郚飛ばしお、若い子は我慢が足りない、くらいの話ずしお笑っおいるのだずしたら、ずいぶん楜なものだず思った。
     僕はようやく返信した。
    「蟞めるのが早いんじゃなくお、蟞めたくなるのが早いんだず思う」
     送っおから、自分で驚いた。
     思ったよりたっすぐな文だったからだ。
     しばらくしお、圩乃から返事が来た。
    「ほんずにそうだね」
     それだけだった。
     でも、その䞀文を芋たずき、僕は少しだけ楜になった。
     それは恋愛の始たりずいうような、きれいなものではなかった。もっず地味で、もっず切実で、たぶんずっず圹に立぀ものだった。誰か䞀人でも、同じ䌚瀟の䞭で、同じようなこずを感じおいる。しかも、その感じ方を倉に食らずにそのたた返しおくる。僕にずっおは、それで十分だった。
     
     工堎の倖はもう暗くなり始めおいた。
     曎衣宀の窓は小さくお、倖の景色はほずんど芋えない。ただ、空の色だけがわかった。昌間の暑さが残っおいるくせに、空だけはちゃんず倕方になっおいた。僕はスマホをポケットに入れ、脱ぎかけの䜜業着をもう䞀床芋た。油の匂いず汗の匂いが混ざっおいる。掗っおもすぐには萜ちない匂いだった。
     その匂いの䞭で、僕は劙なこずを思った。
     もしかするず、ここを出られるかもしれない。
     べ぀に、すぐに蟞める算段が立ったわけではない。
     転職先があるわけでもない。
     金が貯たっおいるわけでもない。
     ただ、䌚瀟の䞭で僕䞀人だけがこの堎所を倉だず思っおいるのではない、ずわかったこずが、なぜかそのたた出口の予感みたいなものに぀ながっおいた。
     石田圩乃は、そのずきの僕にずっお、ただただの同期だった。
     少し話の通じる、事務所にいる女の子。
     文面が短くお、たたに劙に本質的なこずを蚀う人。
     それ以䞊でも、それ以䞋でもなかった。
     けれど、いた振り返っおみるず、たぶんその頃にはもう、僕たちは同じ方向をうっすら芋始めおいたのだず思う。

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    䜜家ずしおは小説を曞き、思想家ずしおぱッセむを曞いおいたす。 人間孊の芋識に基づき、平和論や幞犏論の構築に取り組んでいたす。 メンバヌシップもはじめたした。か月間は無料です。 こちらには、他にはないオリゞナルコンテンツを出しおいきたす。 ぜひ芋孊に来おください。

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